-11-




「あなたのご両親は…10年前に亡くなったのですよね」
オラクルのシャツのボタンを外しながら、クォータは言った。
「確か、交通事故で」
「…どうしてこういう時に、そういう事を言うんだ?」
幽かに眉を顰めたオラクルに、クォータは喉を鳴らす様にして笑った。
「こういう時だからこそ…ですよ。身近な人間の死というのは、何よりも性欲をかきたてる――ご存知ないのですか?」
「それは目の前で人が死んだりした場合の話しだろう。どっちにしろ……」
不快そうに言うオラクルを、クォータは手と口とで愛撫し始めた。
男を悦ばせる事には慣れている。増してや、相手が自分の好みであれば、より熱心にもなろうというものだ。
女性とは身体の関係を持っても、心からは愉しめない。
もっと言えば、自分の肉体に苦痛を与えられて始めて、快楽を感じられるのだ。
「いずれにしろ…嘘では無いと思いますよ。経験が――ありますから」
「経験…?」
「身近な人の死と…それを目の当たりにした時の…背筋が震える程の――昂ぶりを」
うっとりと紡がれた言葉に、オラクルは溜息を吐きたい気分だった。

自分が孤児だった事を告白してから、クォータは碌な話をしない。特に、施設にいた頃の思い出話は陰惨だった。そしてそんな話を、クォータはむしろ愉しそうに話すのだ。
「…私の親権者が亡くなったのは――」
「止めてくれ」
言って、オラクルはクォータを遮った。
「…聞きたくないよ、そんな話」
クォータの話など聞きたくない。
クォータになど会いたくも無い。
それなのに、また会って欲しいと懇願されると何故か断れない。1度は断っても、2度目には断り切れなくなる。
その理由は、自分でも判らない。
身体の熱に反比例するように心が冷えてゆくのを、オラクルは感じた。
何故、クォータとこうして一緒にいるのかが判らない。一瞬の快楽など、気晴らしにもならないのに。
「…判りましたよ、オラクル。何なりと、お望みのままに」
言って、クォータは行為に専念した。

やがてクォータはオラクルに跨り、猛らせたオラクルを自らの内部に包み込んだ。
「…っく……あ…うっ…」
身体を貫かれる痛みに、クォータの唇から低く声が漏れた。
それでも無理に身体を動かしているうちに、苦痛が快楽に変わる。苦痛のうめきは隠微な甘さに変わり、一気に身体が熱くなる。
その甘い熱に浮かされながら、クォータは思った。
オラクルの透けるように白い肌には、さぞかし血の色が似合うだろう…と。





翌日。
「…何を言い出すかと思えば」
半ば呆れたように、オラクルは言った。
ここ暫く会っていなかった『従兄弟』。どうしても話さなければならない事があると電話をかけて来たのは一昨日の事だ。平日は仕事が忙しくて時間が取れないと断ると、土曜の午後に会おうと言って一方的に電話を切った――今まで、そんな真似をした事が無いのに。
そのせいで、実際にオラトリオの話を聞くまで、オラクルは幾分か不安を感じていた。
「この前も言ったけど、私が誰と付き合おうと、お前には関係無いだろう?」
「相手が他の奴だったら、俺だってこんな事は言わねえぜ」
「……余程、クォータが嫌いなんだな」
溜息と共に言って、オラクルは視線を逸らした。
そのクォータとは、2時間ほど前まで一緒にいたが。
「嫌いだとかそういう問題じゃねえぜ。あの男は危険だ」
オラトリオの言葉に、オラクルは改めて相手を見た。
「このままあんな野郎と付き合ってたら――取り返しのつかない事になり兼ねねえ」
オラトリオの言葉も表情も酷く真剣だった。それが、オラクルの不安を煽った――同時に、反発心も。
「何が…言いたいんだ?」
「奴と係わった人間が少なくとも3人、”自殺”してる。それも、3年の間に…だ」
オラトリオは、偶然クワイエットに会った事、その後、クォータの過去に関して調べた事を話した。
「調べた?どうしてそんな余計な事を」
「余計な事だと?」
思わずきつい口調で言ってしまってから、オラトリオは後悔した。こんな言い方をしたら、オラクルの機嫌を損ねてしまうだけだ。
「俺はただ…お前の事が心配で…」
「何が?私が、自殺するかもしれないって?」
むしろ挑発するように、オラクルは言った。オラトリオは、まっすぐに相手を見つめた。
「俺が心配してるのは、お前が――あの野郎に、殺されちまうんじゃないかって……」

身近な人の死と…それを目の当たりにした時の…背筋が震える程の――昂ぶりを

オラクルは、すぐには答えなかった。クォータの言葉と、陶然とした表情を思い出す。
「……大袈裟だ…な」
「偶然にしちゃ、出来過ぎてるぜ。3年の間に3人だぞ?もしかしたら、もっと死んでるかも知れねえ」
オラクルは、視線を逸らした。不安で、喉が締め付けられる様だった。
「……そんな風に中傷してまで、私とクォータを別れさせたいのか?」
「そんなに…あの野郎が良いのか?」
逆に、オラトリオは聞いた――美しい暁の瞳に、傷ついた色を浮かべて。
何故、オラトリオがそんな表情をするのか、オラクルには判らなかった。
「…関係無いだろう、お前には。私が――どうなろうと」
「関係はあるぜ。俺は――」
「ただの従兄弟だよ私たちは。それ以上は何も――」
「お前が、好きだ」
幽かに、オラクルは眉を顰めた。オラトリオの言葉が、すぐには呑み込めない。
「お前が好きだ――」

愛している…

「――何…を、言っているんだ…?」
暫くの沈黙の後、漸くオラクルは言った。
「お前が好きなんだ。ずっと前から、お前の事だけ想ってた。お前だけを見てた。お前だけを――」
「考えられないよ。私たちは……」
血の繋がった兄弟だなどと、今更言える筈も無い。オラクルは、口を噤んだ。
「…お前が、俺を嫌ってるのは知ってる。だがそれでも…」
視線を逸らしたオラクルに、オラトリオは静かに言った。
誰もが賞賛する美声。
うっとりするような、穏やかな口調――
その落ち着きが、却ってオラクルを苛立たせた。
殺されるかも知れないなどと言って、そして予想もしていなかった言葉で混乱させておきながら、当のオラトリオは冷静でいる。その冷静さに、オラクルは苛立った。

からかっているのか?
クォータに対する嫌がらせ?
それとも…コードとの事に対する仕返し…?

いずれにしろ、とても信じられないと、オラクルは思った――オラトリオが、自分を愛しているなどと。

「クォータが本当にお前の言っているような人間なら」
煩そうに前髪をかきあげ、オラクルは言った。
「別れたいなんて言ったら、却って危険じゃないのか?」
逆上して、何をするか判らない――オラクルの言葉に、オラトリオは心臓を鷲づかみにされたように感じた。
確かに、オラクルの言う通りだ。
別れ話など持ち出せば、クォータに”きっかけ”を与える事になり兼ねない。
そして既に何人も殺している人間なら、ひとを殺す事を、躊躇いなどすまい……
「お前は俺が護る」
内心の不安を何とか抑え――彼が動揺したら、オラクルの不安を煽るだけだろうから――オラトリオは言った。
「どうやって?番犬みたいに、四六時中、側にいる気か?」
そんな事、無理だろうと、オラクルは言った。
「私は会社に行かなきゃならないし、お前だって仕事がある」
「だが、このままあんな野郎と付き合ってたら――」
「だったら、私にどうしろって言うんだ?クォータを中傷して私を不安がらせて……お前の本当の目的は何なんだ?」
「――オラクル……」
オラクルの言葉は、オラトリオにはショックだった。けれども、オラクルが信じられない気持ちでいるのは当然だろう。
「…二心なんかねえぜ。俺は本当に…お前を愛している。お前の為なら、何だってするぜ」
自分をまっすぐに見つめる相手に、オラクルは幾分かヒステリックに笑った。
「口先だけなら、何とでも言えるさ」
「口先だけなんぞじゃねえ」
「だったら……クォータを何とかしてくれ」
優しいヘーゼルブラウンの瞳に、冷たい光が浮かぶ。
「別れたいって言ってもきっと付きまとわれる。本当に――殺されるかもしれない。だから、お前が私を護ると言うなら……」
背筋にざわりと緊張が走るのを、オラトリオは覚えた。
そして、奇妙な歓びも。
「――ああ……。お前の為なら」




next/back