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「故殺を認めて減刑取引に出るのが一番だろうな――君の弟にも言ったが」
同僚弁護士の言葉に、ラヴェンダーはすぐには答えなかった。
証拠もあるし、何より本人が自首したのだからと、彼は続けた。
「保釈は勝ち取ってみせるさ。それだけは、安心して良い」
つまり、無罪評決など諦めろという意味だ――内心、ラヴェンダーは思った。が、口にはしなかった。
「済まんな。世話をかける」
ラヴェンダーの言葉に、同僚は軽く頷いた。
犯行の動機は怨恨。
クォータは3年前からずっとオラトリオの担当編集だったが、オラトリオの仕事を酷評したり、きつい納期の仕事ばかり回すなどして厭がらせをされていた。それを恨みに思って殺したのだと、オラトリオは供述していた。
「後はどれだけ陪審員の同情を集められるかだが……」
途中まで言って、彼は声のトーンを落とした。
「ここだけの話だが…計画的犯行なのに、何であっさり自首なんかしたんだろうな。さもなければ、容疑をかけられる可能性だって薄かったのに」
ラヴェンダーが答えないので、男は肩を竦めた。
「…つまらない事を言った。忘れてくれ」
「――あれは」
表情も変えず、ラヴェンダーは言った。
「不器用な男だからな」
数日後。
保釈が認められ、オラトリオは自宅に戻った。姉弟たちに会うのは気が引けたが、保釈期間中は勝手に街を出る事もできない。
ちびには何も知らせないようにと、家族の間で話が決められた――隠し通せるかどうかは判らなかったが。
外国にいる両親は、すぐに帰国すると電話してきた。が、オラトリオはそれには及ばないと断った。そして、両親や姉弟に迷惑をかけた事を詫びた。
両親や姉弟たちの事を考えれば酷く心苦しい。
が、それでもこれでオラクルを護れるのだと思えば、オラトリオに後悔は無かった。
何よりも誰よりも大切なたった一人の為ならば、他の何を犠牲にしても構わなかった。
独りになって自分の部屋に落ち着くと、オラトリオはオラクルに電話をかけた。
携帯の電源は切られ、家の電話は留守番電話が応答した。
「…一度、会いたい」
静かに、オラトリオは言った。
「一度だけで良い。どうしても…会いたい」
電話からは何の反応も無かった。が、オラトリオにはオラクルの息遣いが感じられた。
「なあ…いるんだろう?今から――会いに行く」
それだけ言って、オラトリオは電話を切った。
「よう」
訪ねて来た『従兄弟』は、いつものようにそう言った。何事も無かったかのように、幽かに笑顔を浮かべて。
その冷静さが、オラクルには信じられなかった。
きつく握り締めても、指先の震えが収まらない。
「…顔色が良くねえな」
リビングに落ち着くと、オラトリオは心配そうに言った――それも、いつも通りだ。
オラクルには、全てが信じられなかった。
クォータを何とかしてくれ――そう言ったのは、確かに自分だ。
クォータの住所を教え、日曜の午後に独りで部屋にいるようにさせるとも言った。
そしてクォータは殺され、オラトリオが警察に自首した――
「――大丈夫…か?」
眼を伏せ、口を噤んでいる相手に、オラトリオは穏やかに聞いた。
「……どうして……」
あんな事をした?――言いかけた言葉を、オラクルは呑み込んだ。
唆したのは自分なのだ。
けれども、オラトリオが本当にクォータを殺すだなどと、思ってもいなかった。
「言っただろ?お前の為なら、何だってするって」
微笑して、オラトリオは言った。
見蕩れる程、魅力的な笑顔。
けれども、これは殺人者なのだ。
オラクルが予想していたよりずっと不安そうにしている事が、幽かにオラトリオを傷つけた。
それでも、彼がここに来たのはオラクルの不安を鎮める為だ。
「お前は何も心配しなくて良いんだぜ?」
宥めるように優しく、オラトリオは言った。
「何もかも、俺が一人で勝手にやった事だ。だから、お前は何も心配しなくて良い」
オラトリオの言葉に、オラクルは目を上げて相手を見た。
赦されるものなら抱きしめて不安を鎮めてやりたいと、オラトリオは思った。だがそんな事をすれば、却って怯えさせてしまうだけだろう。
「お前があの野郎と付き合ってた事は、誰も知らねえんだろ?」
オラクルは頷いた。同性との関係など、大っぴらにできる筈もない。
無論、クォータがそれを誰かに喋ったかどうかは判らないが。
「だから、お前は本当に何も心配しなくて良いんだ。俺が――」
途中で、オラトリオは言葉を切った。
僅かに躊躇い、それから続ける。
「俺が…お前に見返りを期待してるんじゃないかなんて心配も無用だ。俺が勝手にお前を好きになって、お前を護りたくて――だが、お前が俺の気持ちに縛られる必要なんぞない」
言いながら、胸の奥が鈍く疼くのを、オラトリオは覚えた。
期待していないなんて、嘘だ――強要する積もりは無いが。
かけがえのないたった一人の為なら、何を犠牲にしようとも構わない。
自分を犠牲にした事で、オラクルの心を縛りたくもない。
それでも――
想いが報われるのを望む気持ちは、抑えようが無かった。
「――でも……有罪になったら……」
オラクルの声が、幽かに震えた。
「俺はどうなったって良い。だから…お前は心配するな」
それに、罪はあるのだと、オラトリオは思った。
あの日、クォータの部屋に行ったのは、殺す為だった。その積もりで凶器を忍ばせてクォータの部屋を訪れたのだから、自分も無実では無い。
悔やまれるのはただ、オラクルが自分を完全には信じてくれなかった事だけだ。お前の為ならば何でもすると、その言葉を信じてくれさえすれば、オラクルがクォータに手を下す必要など無かったのに――
数ヶ月後。公判初日。
「クリス…?」
裁判所の近くで呼び止められ、クリスは振り向いた。
「お久しぶりね。4年ぶり…かしら」
そう言われてやっと相手が誰だか判った。それ程、かつての友人は変わって見えた。
「もしかして、あなたも裁判を傍聴しに来たの?」
クリスの問いに、友人は首を横に振った。
「あの男が裁かれるのであれば絶対に見届けるけど……。被害者ってことになってるのよね」
抑揚の無い口調で、友人は言った。
4年前に彼女の妹が自殺した時の事を思い出す。
二人はとても仲の良い姉妹で、それだけに何の相談も無く妹が自殺してしまった事が、彼女には信じられないらしかった。それで、妹は恋人のクォータに殺されたに違いないと警察に訴えたが、証拠は無かった。クリスは友人の嘆きぶりを黙って見ていられずクォータの過去を調べたが、クォータを起訴する役には立たなかった。
「あの男は殺されて当然なのに…殺した人が裁かれるなんて、間違ってるわ」
クリスは、改めて友人を見た。4年前には、彼女の妹が自殺だったのかクォータに殺されたのか、クリスには見当もつかなかった。オラトリオの話を聞いて気持ちが動いたが、何も出来なかった。
ニュースでオラトリオがクォータを殺したと聞いた時はショックだった。
「裁く相手を…間違っているわよ」
独り言のように呟く友人の姿に、クリスは幽かに眉を顰めた。妹が死んでしまって以来、彼女が精神に少し、異常を来したらしいと、人づてに聞いてはいたが。
「――あなたは…妹さんがクォータに殺されたんだって、今でも信じてるのね」
「そうよ。私には…判るもの」
言って、友人は幽かに笑った。
背筋がぞくりと震えるのを、クリスは覚えた。
「あの男も認めたわよ――最期には」
クリスと別れ、一人道を歩きながら、彼女は呟いた。振り向き、裁判所の建物を仰ぎ見る。クリスが建物に入るのを見届けてから、再び歩き出した。
虚ろな瞳に、狂気の光が過ぎる。
「…間違っているわ――裁く相手を……」
数ヶ月後。
評決が下され、オラトリオの有罪が決まった。
裁判には特に争点も無かったので、結審が早かった。
オラクルは1度も傍聴に現れなかった。あれ以来、1度も会っていない。
その事が不満で無いと言えば嘘になる。
だが、これで良いのだと、オラトリオは思った――少なくとも、今は。
オラクルが誰にも告げずに密かに街を出ていた事を、オラトリオは知る由も無かった。
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コメント
1712を踏まれた文明堂壱番さまに捧げる『Ot×Cで、下敷きは酸素』と、11000を踏まれたさくらさまに捧げる『IFのクルコーで暗めのお話』の合体バージョンです;
二つのリクをまとめてしまった上に、何やらたらたらと長くなってしまいました;;
途中から登場人物が増えた関係もあって、クルコー&オラコーの枠に収まり切れなくなってしまいましたが……
因みに舞台はアメリカの架空の某州なので、裁判制度はアチラ風です。
こんなんで赦してやって頂ければ幸いですm(_ _)m
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