-15-





眼が覚めた時、オラトリオは酷い気分を味わった。
オラクルを力ずくで奪おうとした夜と同じ、激しい後悔と、惨めな罪悪感。
それらは身体の欲求が満たされたと同時にオラトリオを襲い、少年のオラクルの側にいるのが酷い苦痛に感じられた。それで少年が寝付くのを待ってベッドを出、ソファで寝たのだ。
「…くそっ…」
起き上がると首筋が痛み、オラトリオは低く毒づいた。
自分の浅ましさが情けない。
少年のオラクルには親しみを感じるが、それは彼が亡くなった従兄弟に似ているのと人懐こい性格のせいで、それ以外には何もない。何より、何も知らない子供を自分の肉欲のはけ口に利用した事が、吐き気のするほどの罪悪感をオラトリオに味あわせていた。
オラトリオはバスルームに入り、熱いシャワーを浴びた。
心に浮かぶのは、オラクルの事。
亡くなった従兄弟でもなく、少年のクローンでも無い。
1年半を共に過ごし、一緒に食事をし、買い物に行き、時にはケンカをした。
プラネタリウムや美術館にオラクルを連れて行き、オラクルが絵を描いている姿を眺めて過ごした。
それだけで、幸せだった。
オラクルに触れ、肌を交わしたいという欲望があったのは事実だ。だがそれが叶えられなくても、不満では無かった。
夜勤明けで疲れて帰った時には、出迎えてくれるオラクルの笑顔に癒された。
病院で子供の患者が亡くなった時、以前のように自棄酒を呷る必要も無くなった。オラクルにはそんな事は話さないが、ただ側にいるだけで、気持ちが和らいだ。
「__俺を…赦してくれるか……?」
低く、オラトリオは呟いた。
嫉妬に駆られ乱暴をした上に、自分がクローンだと気づいたオラクルの苦しみをどうしてやることも出来なかった。それどころかコードの策に乗り、オラクルを研究所に追いやるような真似までしたのだ。
それでも、と、オラトリオは思った。
やり直せるものならやり直したい。もしオラクルが赦してくれるなら、やり直せる筈だ。
手遅れになる前に、もう一度……


「オラトリオ…?」
オラトリオが身支度を整えてリビングに行くと、少年のオラクルが寝室から出て来た。
「起きたか。今、飯を作ってやるから顔洗って来いよ」
優しく言って、オラトリオは少年の腕に軽く触れた。
「エモーションの事は知ってるな?コードの妹だ」
「知ってるよ。おばあ様とエララと一緒に住んでるんだ」
「それでな……」

オラトリオは急病で休むと病院に連絡すると、エモーションに電話をかけた。朝食を済ませ、少年と自分の荷物を手早くまとめるとすぐに、少年のオラクルを連れてカシオペア家を訪れた。
「オラクルさんをうちでお預かりするのは構いませんけれど、もう少し、詳しく事情を聞かせて下さいませ」
オラクルをエララに託し、リビングでオラトリオと二人きりになるとエモーションは言った。オラトリオは少年のオラクルが突然、現れたこと、そのせいでオラクルがアパートを出てしまい、今は研究所にいるらしい事を話した。
「それで…オラトリオ様はどうなさるお積りですの?」
「あいつを迎えに行きます。自分の居場所が無いと思い込んで出て行っただけで、望んでコードの元に戻った訳じゃない」
エモーションは幽かに眉を顰めた。
「そう、言い切れますの?」
オラトリオはすぐには答えられなかった。
この2週間ほどの間、オラクルとの関係は酷く気まずいものになってしまっていた。研究所に戻ったのがオラクルの本意でないとしても、自分の元に戻る意思があるかどうかは判らない。
「…無理やり連れ戻そうって訳じゃない。ただ俺はあいつに謝らなきゃならない事があるし、もう一度、ちゃんと話し合いたい」
だから、研究所の場所を教えてくれ__まっすぐにエモーションを見つめて、オラトリオは言った。
翠の瞳で、エモーションもオラトリオを正面から見返した。
「その前に、何があったのか教えて下さいませ。オラクル様がうちに逃げてらした時に__ケンカをしたとおっしゃってましたけど」
エモーションの口調は穏やかだったが、詰問されているようにオラトリオは感じた。
「ただの口論ではなく、暴力を振るわれたんですのね?」
オラトリオは視線を逸らし、首を縦に振った。
そして、もう一度、エモーションを見る。
「こんな男の元に、オラクルを連れ戻すのは反対か?」
「__それは…オラクル様ご自身がお決めになる事ですわ」
「ああ…。その通りだ」
オラトリオが再度、研究所の場所を尋ねると、エモーションは席を立った。
「支度をして参りますから、少々お待ち頂けますか?」
「支度って……」
「オラトリオ様お一人でいらっしゃっても研究所には入れませんわ。私が一緒に参ります」









オラクルが研究所に戻って来た翌日、コードはオラクルに精密な健康診断を受けさせた。
かつてオラクルが研究所にいた頃は、月に一度の定期健診をしていた。さすがにX線撮影はそう頻繁には行わなかったが、簡単な血液検査は毎週行い、オラクルの健康状態を徹底的に管理していた。
「…コード」
別の実験をしていたコードの元に、オラクルの健診を担当した研究員が歩み寄って来た。
「結果は出たのか?何も問題ないだろうな」
光学顕微鏡を覗きながらコードは訊いた。
相手は答えない。
「…どうした」
「……信じられないわよ、こんな事って……」
女性研究員は言って、検査結果の入った袋をコードの近くのデスクに投げた__まるで、それ自体が何かの病原菌で、手に持っているのもおぞましいと言わんばかりに。
コードは袋の中身をデスクの上に開けた。
何枚かのX線写真が眼に飛び込んで来る。
「__そん…バカな……」
「赦せないわよ、こんなの。7年の間、あんなに気を遣って大切に育てて来たのに、私たちの手を離れている間にこんな事になるなんて……!」
女性研究員はヒステリックな言葉を並べ続けたが、コードの耳には彼女の声は届いていなかった。眼を逸らすことも出来ず、ただじっとレントゲン写真を見つめ続けた。








next/back