
-13-
二度と戻ることは無いと思っていた研究所の前に佇み、オラクルは途方に暮れていた。
7年間、オラクルはここで過ごした。
ここで育ち、ここで生まれたのだ__或いは、造られたと言った方が良いかも知れない。
それでも一人で研究所の外に出る事はなかったので、どうやって入って良いのか判らないのだ。
鉄の門扉が堅く閉ざされ、訪問者を拒む。
研究者たちはICカードで鍵を開けていたが、オラクルはそんな物は持っていない。
オラクルは、軽く溜息を吐いた。
引き返そうかとも思ったが、戻っても行く宛ては無い。オラトリオのアパートに戻っても、あの少年がいる限り、自分の居場所は無い。
迷った末、オラクルはインターフォンがあるのを見つけ、チャイムを押した。
暫くの、間。
『__オラクル…か?』
思いがけず、名を呼ばれ、オラクルは驚いて何度か瞬いた。インターフォンにテレビカメラがついているせいなのだが、そんな物があることを知らないオラクルは、自分がここに戻って来るのを待ち構えられていたように感じた。
『鍵は開けたから、入って来なさい』
男の言葉と同時に、ガチャリと音がして、門扉が幽かに開いた。
暫く躊躇ってから、オラクルは門を開け、研究所の敷地に足を踏み入れた。
前庭を通って研究所の入り口に辿り着くと、すぐに中からドアが開いた。
「よく戻って来たな、オラクル」
「待ってたのよ」
年配の研究員と女性研究員が、笑顔でオラクルを出迎えた。
「__私……」
オラクルは戸惑い、その場に立ち竦んだ。
「オラクル」
名を呼ばれ、オラクルは声のした方を見た。
コードだ。
「待っていたぞ、オラクル」
以前と変わらない優しい口調で、コードは言った。
「今日は疲れているだろうから部屋で休むと良い。お前の部屋は、あのままにしてある」
戸惑いながら、コードに促されるままに、オラクルはかつての自分の部屋に戻った。
コードの言ったとおり、部屋はオラクルが出て行った時のままだった。
「食事は済ませたのか?」
コードに訊かれ、オラクルは咄嗟に頷いた。
実際は食欲が沸かず、アパートを出てから口にしたのはお茶とジュースだけだったが。
「本当に、良く帰って来たな…。お前には色々と辛い思いをさせてしまったが、俺様を赦してくれるか?」
コードに優しく聞かれ、オラクルは戸惑った。
以前の自分は、何も知らず何も判らずにコードの言葉を信じ、コードに従っていた。
そして、それで幸せだった。
自分が何者か、知らなかったから。
「……コード。私に戻って来いって言ったのは__」
「俺様にはお前が必要だ。他の誰でもなく」
澄んだ琥珀色の瞳でオラクルを見つめ、コードは言った。
幽かに、オラクルの指先が震える。
オラトリオが大事に思っているのは亡くなった従兄弟だけ。
身代わりなら、どのクローンでも同じこと。
だったら、コードは……?
「どうして……私…を?」
実験や、研究の為?__その言葉を、オラクルは口にしなかった。
敢えて言わなかったのではなく、とても口に出せなかった。
「お前が、俺様にとって誰よりも大切な存在だからだ」
まっすぐにオラクルを見つめたまま、穏やかな口調でコードは言った。
「7年の間ずっと慈しみ、大切にして来た。俺様は過ちを犯したが、お前がそれを赦してくれるのなら……これからもずっと、俺様たちはうまくやっていける筈だ」
俺様を赦してくれるか?__もう一度、コードが問うと、オラクルは躊躇いながら、頷いた。
その時、一筋の涙が白い肌の上を伝って落ちた。
「…何か欲しいものがあったらすぐに言うが良い。俺様は研究室に戻っている」
オラクルの華奢な手を宥めるように優しく撫でて、コードは言った。
暫くそうしてから部屋を出、後ろ手にドアを閉める。
そして、酷い罪悪感を味わった。
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