特別休暇命令

(5)



翌日は天気が崩れ、あいにくの雨となった。
それでも外に出たいとセフィロスは主張し、遠征の時ならば雨天行軍は当たり前だと言ったが、「絶対に駄目だ」とアンジールに言い切られ、渋々、同意した。
前日、羽目を外しすぎて悪かったと、セフィロスもある程度は自覚しているのだ。
夏とは思えないほどに気温が下がり、リビングの暖炉に火を入れる。
朝食の後、のんびりとリビングで寛ぎながら、トランプで時間を潰す。
そうしながらジェネシスとアンジールはとりとめもない昔話に花を咲かせ、セフィロスはそれを黙って聞いていた。
やがて話題は、2人がソルジャーになったばかりの頃にの話に移る。

「魔晄を浴びせられた後、暫くは、酷かったよな。吐き気と耳鳴りがが収まらなくて、苦労した」
「俺はそれほど酷くなかったが、地に足がついていないような感覚が、いつまでも続いていた」
アンジールの言葉に、ジェネシスは言った。
それから、あんたはどうだったんだ?と、セフィロスに訊く。
「魔晄を浴びせられるのは好きじゃないが……もう、馴れた」
その言葉に、アンジールもジェネシスもセフィロスを見た。
ソルジャーが魔晄を浴びせられるのは、一度きりだ__普通ならば。
「馴れたって……今までに何度くらい、魔晄を浴びたんだ?」
「何度?さあ……週に一度は浴びせられているが」
ジェネシスの問いに、セフィロスは答えた。
それから、ジェネシスたちの方を見る。
「お前たちも、同じじゃないのか?」
一瞬、何と答えるべきか迷ってから、いいや、と、ジェネシスは首を横に振った。
「初めにソルジャーの適性があるかどうか、様々なテストを受けさせられる。それにパスすると、7日から13日の間、低濃度魔晄に漬けられる。何日になるかは、事前テストの結果による」
「…それから4週間、科学技術部門の監視下に置かれて、問題なしとお墨付きが貰えて初めてソルジャーとして認められるんだ」
ジェネシスに続いて、アンジールも言った。
幽かに、セフィロスは眉を顰める。
「だったら俺はどうして、未だに毎週、魔晄を浴びせられなければならない?俺はもう、ソルジャーな筈だ」

初めてこの世にソルジャーとして送り出されたのがセフィロスだ。
だから他のソルジャーとは異なる部分があっても当然なのかも知れないが、自分が特別だと看做されるのが嫌いなセフィロスに、それをどう、説明したものか……

「魔晄を浴びるのは、嫌いか?」
アンジールが悩んでいると、そう、ジェネシスは訊いた。
子供の頃は嫌いだったと、セフィロス。
「別に苦痛は無い。お前たちが言ったような吐き気とか、そんなものもない」
ただ……と、セフィロスは言い淀んだ。
それから、口を開く。
「魔晄を浴びせられている間、いつも必ず夢を見るんだ。長い……永い夢だ。まるで…永遠に続くかと思われるほどの」
アンジールとジェネシスは黙って、セフィロスが続けるのを待った。
「夢と言っても、それはただの暗闇でしか無い。無限に続くかのような暗闇__その中で、俺はたった一人だ」
「一人で……何をしているんだ?」
そう、ジェネシスは訊いた。
セフィロスは暫く口を噤み、それから答える。
「…旅だ」
「旅……?」
「どこが目的地なのか、そこで何をしようとしているのかは判らない。だがそれでも、俺はどこかに行こうとして、その闇の中に漂っていたのだと思う」
言って、セフィロスは視線を落とし、自分の指先を見つめる。
「子供の頃には、それが無性に怖かった。いつか自分が、その闇に呑み込まれてしまいそうで……」

奇妙な話だ、と、ジェネシスは思った。
旅どころか、セフィロスは任務以外では神羅カンパニー本社ビルから出ることすら殆ど無い。
かろうじて『旅』と呼べるのは、今回のこの休暇が初めてだろう。
それにその夢には、暗闇しか無いのだ。
それなのにセフィロスは何故、自分が旅をしていると思うのだろうか?
それに何故、魔晄を浴びせられる度に同じ夢を見るのだろう……



昼になっても雨は止まず、3人は別荘に閉じ込められたままだった。
アンジールが昼食の支度を始めようとすると、「俺も何かやりたい」と、セフィロスが言い出す。
それまで食事の支度は基本的にアンジールがやり、ジェネシスはその手伝い。セフィロスは2人のやりとりを見ながらただ待っているだけだった。
「そうか?じゃあ……これの皮でも剥いてくれ」
言って、アンジールはセフィロスに玉葱を手渡す。
刃物を持たせるのは何となく不安だし、万が一、指でも切ったら宝条に怒鳴られそうなので、とりあえず一番、簡単そうな事を頼んだのだ。
「昼のメニューは何だ?」
期待した表情で訊くジェネシスに、メインは白身魚のトマト煮だ、とアンジール。
「それに玉葱とほうれん草のキッシュ、人参のポタージュスープ、あとはサラダだ」
「何だか野菜ばっかりだな」
ジェネシスの軽い不満に、アンジールは肩を竦めた。
「仕方ないだろう。肉や油ものの量は制限されているんだ。って言うか、お前いつも太りたくないからとか言って、あっさりした料理しか食わないじゃないか」
「いつもがそれだから、たまにはこってりした物も食べたいんだ」
「まあ、俺もそれは__セフィロス。何をやっているんだ?」
アンジールの問いに、皮を剥いている、とセフィロス。
「お前がやれと言ったんだろう」
「…てか、中まで全部剥いてどうする__笑いすぎだ、ジェネシス…!」
アンジールは、きょとんとした表情で不思議そうにしているセフィロスと、腹をかかえて笑い転げるジェネシスを見た。
ゴミ箱の中で無残な姿を晒す玉葱を見、軽く溜息を吐き、それから笑った。






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