特別休暇命令
(4)
昼近くになって、3人は別荘に戻った。
昼食メニューは新鮮な野菜たっぷりのサラダにシーフードのパスタと枝豆のスープ。デザートには、セフィロスの買ったスモモだ。
午後からはバイクで遠乗りをしようとジェネシスが言うと、セフィロスが自分も運転したいと言い出した。
「お前は駄目だ。免許を持っていないだろう?」
「免許?」
アンジールの言葉に、セフィロスは鸚鵡返しに訊き返す。
「車やバイクを運転するには、許可がいるんだ」
「許可なら取れば良い」
言って席を立とうとしたセフィロスを、アンジールは止めた。
「もしかしてプレジデントに電話する積りなら無駄だぞ?運転免許を発行する権限は、プレジデントには無い」
「プレジデントに権限が無い?」
ある意味、神羅の外の世界を知らないセフィロスは、アンジールの言葉が納得できないようだった。
「だったら……誰にあるんだ」
「いやまず、運転免許っていうのは、一定期間の講習が義務付けられているから、すぐに取れるもんじゃないんだ。何日もかかる」
アンジールの言葉に、セフィロスは残念そうに表情を曇らせた。
「…私有地内なら、構わないんじゃないか?」
そう、口を挟んだのはジェネシスだ。
この別荘のある一帯は或る企業が所有する土地で、その中に別荘が点在している。
敷地はフェンスで仕切られ、入り口ゲートには、冬の間、管理人の常駐する管理小屋がある。
「敷地内なら……まあ、そうかもな」
「今、ここに滞在しているのは俺たちだけだと管理人も言ってたし、問題ないんじゃないか?」
アンジールとジェネシスの会話に、セフィロスは期待しているように2人を見る。
「……しかし__」
「行こう、セフィロス。俺が乗り方を教えてやる」
アンジールの困惑を無視して言ったジェネシスの言葉に、セフィロスは幽かに笑って頷いた。
セフィロスはすぐにバイクを自在に乗りこなせるようになり、別荘地内を疾走した。
セフィロスだけにするのは不安なので、アンジールはもう一台のバイクでジェネシスを後部座席に乗せて並走する。
他の別荘を眺めながら敷地内を2周ほどすると、セフィロスは外に出たいと言い出した。
「同じところばかりぐるぐる回っていても面白くない」
「そう言うだろうと思ったから俺は気が進まなかったんだ」
外に出るならば運転は駄目だとアンジールが言うと、セフィロスはあからさまに不満そうな表情を見せた。
それから、哀しげに視線を落とす。
「……山だし、他に誰もいないんだから良いじゃないか、アンジール」
昨日だって誰にも会わなかったと、ジェネシスは言った。
が、アンジールは首を横に振る。
「それで万が一の事があったらどうする積りだ?俺たちじゃ、責任を負いきれんぞ」
「責任なら、俺が取る」
セフィロスの言葉に、アンジールは幽かに溜息を吐いた。
ここには神羅の権力は及ばない。
セフィロスが知っているのとは、別の世界なのだ。
だが神羅の外の世界を知らないセフィロスに、それをどう説明すれば良い?
「なあ…セフィロス。お前は確かに英雄だし、会社では別格として扱われている。だがいくらお前の望みでも、全てを叶えてやる訳には行かないんだ」
「まるで宝条みたいだな」
アンジールから視線を逸らしたまま、セフィロスは言った。
「いつだって宝条は俺のやりたい事を邪魔して、俺の嫌いな事を押し付ける」
「…宝条博士だって、それにはきっと理由が__」
いきなりジェネシスに咽喉に手刀を叩き込まれ、アンジールは呻き声も上げずにその場に倒れた。
「すぐに目を覚ますだろうから、その前に行くぞ」
言って、ジェネシスはアンジールの身体を引き摺って脇に除けると、バイクにまたがった。
「……大丈夫なのか?」
「問題ない」
幾分か心配そうに訊いたセフィロスに、軽く笑ってジェネシスは答えた。
その日、日が暮れる頃になって別荘に戻ったセフィロスとジェネシスの2人が、アンジールからこっぴどく油を絞られたのは言うまでも無い。
尤も、いくら怒っていてもちゃんと夕食の支度をして待っているあたりが、アンジールらしいと言えばらしい。
それに、小言は夕食の後だ。
「国中の少年たちがお前に憧れていると言うのに、英雄のお前がこんな子供っぽい理由でルールを破ってどうする」
「俺は別に、なりたくて英雄になった訳じゃない」
アンジールの言葉に、セフィロスは言い返した。
「だったら昔の王族と同じだと思え。好き好んでその身分に生まれた訳では無くとも、高い身分にある者には、それなりの義務がつきまとうんだ__好むと好まざるとにかかわらず、な」
「王族と言うのは、昔話に出てくる王様とかの事か?」
セフィロスに訊き返され、アンジールは幾分か、意外に思った。
セフィロスの知識はとても偏っていて、ソルジャーとして必要な事や高度に専門的な知識は豊富だが、一方では信じられないくらいに物を知らない。
この世に貨幣経済がある事も知らなかったくらいだ。
だからそのセフィロスの口から『昔話』などという単語が出て来るとは、思っていなかった。
「まあ……そうだ」
「昔話と言うのは、現実には存在しない架空の作り話じゃないのか?」
そうとも限らない、と、ジェネシスが言葉を引き継いだ。
「昔話の殆どは民間伝承が元になっていて、大幅に脚色されている事が多いからそのまま史実だと考える事は出来ないが、一部には確かに真実を含んでいる。例えば俺の愛読する『LOVELESS』という叙事詩の場合__」
滔々と語り始めたジェネシスに、やられた、と、アンジールは思った。
ジェネシスにはセフィロス以上に言うべき事があったのに、まんまと話題を摩り替えられた。
『LOVELESS』の話を始めたジェネシスを遮ると烈火のごとく怒るし、セフィロスが興味ありげに聞いているので尚更、分が悪い。
俺の友人たちはどうしてこうも我儘なんだと、内心で溜息を吐く。
だが2人とも、我儘なだけに放っておけないのだ。
それからアンジールは、ジェネシスの話に熱心に耳を傾けているセフィロスを改めて見た。
そしてお前も俺たちを友人だと思ってくれているか?と、期待と不安を込めて、内心で訊いた。
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