特別休暇命令

(2)



ミッドガルからアイシクル・ロッジまで、ヘリで7時間はかかる。
そしてセフィロス、アンジール、ジェネシスの3人とも、アイシクルは初めてだ。
3人はジェネシスが用意したガイドブックでアイシクル・ロッジの周辺情報をチェックしたり、トランプでゲームなどして時間を潰した。
輸送用ヘリでの移動は任務の時と同じだが、3人とも私服なので寛いだ雰囲気だ。
それにしても、と、ゲームが一区切り付いた時、アンジールは言った。
「お前の荷物、多すぎないか、セフィロス?」
ジェネシスは大き目のボストンバッグ、アンジールは遠征時に使う軍嚢に身の回りの品を詰めて来たのだが、セフィロスの荷物は大きなスーツケース2つだ。
「そうか?休暇に何が必要かよく判らなかったから、プレジデントの秘書に頼んだんだが」
それに、と、セフィロスは続ける。
「遠征の時も、1週間ならこの位だろう?」
「嫌…遠征の時は、これを使う」
自分の軍嚢を指差して、アンジールは言った。
「それで足りるのか?」
「ああ、まあ…な」
不思議そうに訊くセフィロスに、曖昧にアンジールは答えた。
1週間でも軍嚢一つで足りるのは、途中で洗濯して着回すからだ。
だがセフィロスが自分で洗濯するだろうとは、到底、思えない。

2人の会話を聞きながら、以前、遠征に同行した時、神羅兵がセフィロスのテントに大荷物を運び込んでいたのをジェネシスは思い出した。
テントとは言ってもかなり大型な物で、机と椅子、折り畳み式ベッド、それに簡易シャワーも設えられている。
1st昇進後はジェネシスとアンジールも同様の待遇となったが、彼ら2人用のテントより、セフィロスが一人で使うそれの方が明らかに大きくて立派だった。
尤も、完全に一人だった訳では無いようだと、内心でジェネシスは思った。
表には出てこないが、セフィロスには女の影がある__それも複数の。
恐らくは神羅カンパニーがセフィロスを懐柔する為の方策の一環として用意し、あてがっているもので、それを考えると一種の憤りすら覚える。
今回、セフィロスが休暇にその女達を同行させなかった理由は判らない。
恐らくセフィロスは用意されたものをただ受け入れているだけで、それに溺れている訳では無いのだろう。

夕方、別荘に着くと、管理人が待っていた。
掃除を済ませ、指定された通りの食料も用意してあると説明する。
そして新鮮な野菜や果物は山を下りた麓の村の朝市で手に入る事、夏でも夜は冷え込むので窓を開けたまま寝ない方がよい事などを親切な態度で説明し、何かあったらいつでも連絡してくれと、麓の村にある自宅の電話番号を置いて帰って行った。
別荘は2階建ての山荘風の造りで、1階には暖炉のあるリビングと本格的な調理道具の揃ったキッチン、サンルームに隣接したダイニングと寝室があり、2階にも2つ、寝室がある。
そして3つの寝室それぞれに、バスルームが付属していた。
3部屋とも2つずつ、ベッドがあるから2人で使えないことも無いが、部屋数は充分なので1人1部屋、使う事にする。

「さっき、管理人が言ってた『指定された通り』って、どういう事だ?」
ジェネシスが訊くと、アンジールは肩を竦めた。
「昨日、宝条博士に呼び出されて、セフィロスに食べさせて良い物と悪い物のレクチャーを延々と受けさせられてな」
肉は鶏のささ身だけ、魚は白身のみなんて信じられるか?__アンジールの言葉に、ジェネシスも呆れる。
「じゃあ、今まで何度かお前の家で食べたあれはどうなるんだ」
「今までは例外として認めてたんだそうだ。だが今回は1週間、それも3食だからな。妥協は出来んと言われた」
「1週間、鶏のささ身と白身魚だけなんて冗談だろう?」
取りあえず、鴨の胸肉と少量のチーズは認めさせた、と、アンジール。
「あと、カニとエビ、ホタテの貝柱もOKだそうだ」
「…別に馬鹿正直に従わなくても、村の市場でラムか何か仕入れないか?」
「だが禁じられているものを食べさせて、またセフィロスの具合が悪くなっても困るしな…」

初めてアンジールの手料理を振舞った時は、後からアンジールとジェネシスの2人とも、宝条のラボに呼び出され、こってりと油を絞られた。
2人とも何故、宝条がそこまで神経質になるのか理解できなかったが、セフィロスを食事に招待する事自体は禁じられなかったので、甘んじて叱責を受けた。
そしてそれ以降、セフィロスを食事に呼ぶ時はアルコール厳禁、あらかじめメニューを宝条にチェックさせることを約束させられたのだ。
そして今回は、材料指定だ。

献立作りをアンジールに任せてジェネシスがリビングに戻ると、セフィロスはスーツケースを床に置いたまま、ぼんやりと窓から外を眺めていた。
ラフな私服でただそこに立っているだけでも絵になる男だと、ジェネシスは思った。
が、横からだと前髪が邪魔して殆ど顔が見えないせいか、どことなく人を寄せ付けない雰囲気を感じさせる。
「…2階の右の寝室が一番、広いようだから、あんたはそこを使ってくれ」
「…ああ」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは振り向きもせずに言った。
ここに来る事は楽しみにしていた筈なのに、着いてからは殆ど口を利かない。
長旅で少し、疲れているのかも知れないと、ジェネシスは思った。

「明日はピクニックだ」
「ピクニック…?」
少しでもセフィロスの気持ちをかき立てようと言ったジェネシスの言葉に、セフィロスはようやくこちらを向き、そして訊き返した。
そうだ、と、ジェネシス。
「バスケットにサンドイッチやら果物やらを入れて持って行って、外で昼飯を食べるんだ。ここから山を少し登ると、景色のいい場所があるらしい」
「外で食べるなんて、遠征の時みたいだな」
「そうじゃない、全然違う__とに角、明日になれば判る」
荷物を解くのを手伝おう、そう言って、ジェネシスはセフィロスのスーツケースを手にした。

いかにも馴れていなさそうな手つきで服をクローゼットのハンガーにかけるセフィロスを横目で見ながら、いつも誰がセフィロスの身の回りの世話をしているのだろうと、ジェネシスは思った。
本社ビル67階にある広すぎるほどに広い私室は掃除が行き届いていて、塵一つなかった。
本社ビルの清掃を請け負っている業者が、セフィロスの私室の掃除もしているのだろうか。
食事は宝条がラボで用意しているらしい。
では洗濯は?
会社がセフィロスに用意している女たちがいるのなら、今回の荷物を詰めたのがプレジデントの秘書というのはどういう訳だろう…?
疑問に思いながらスーツケースを開けたジェネシスの目についたのは、シャンプーとリンス__それも神羅カンパニー製の、最高級品だ。
余りに高価なので普通はクリスマスや誕生日のプレゼントに用いられ、ミッドガルにある直営店でしか手に入らない。
ジェネシスも女性への贈り物にした事はあるが、自分で使った事は無い。
そしてその超高級品が7セット、当たり前のようにセフィロスのスーツケースに入っている。

「…もしかしてセフィロス。あんたはこれを普段使いにしているのか?」
セフィロスはこちらを瞥見し、シャンプーの事だと判ると「そうだ」と短く答える。
「そ…れは凄いな。でも、何で7セットもあるんだ?」
「ここに泊まるのが1週間だからだ」
------は…?
セフィロスの言葉の意味がすぐには理解できず、ジェネシスは改めてセフィロスの後姿を見遣った。
腰を覆って余りあるほどに長い白銀の髪が、セフィロスが動くたびに幽かに揺れる。
「ま…さかこれ、1回につき1本ずつ、使い切る訳じゃないよな?」
「その通りだ」
さも当たり前の事であるかのように、セフィロスは答えた。
確かにその長さを考えれば当然なのかもしれないが、これが1本、幾らすると思ってるんだ__言いかけて、ジェネシスは止めた。
セフィロスならば、その程度の贅沢はむしろ当然だ。
「……じゃあこれは、バスルームの戸棚に入れておくな」

言って、ジェネシスはバスルームに入った。
別荘のバスルームらしく、大きな窓があって開放的な作りだ。
戸棚に並べながら、シャンプーとリンスに含まれている香料__無論、合成品ではなく、天然のエッセンシャル・オイルだ__の名を、何とはなしに見る。
バラ、バニラ、ジンジャー・リリー、サンダル・ウッド、ホワイト・ムスク__

「……まさか」
小さく、ジェネシスは呟いた。
どれもセフィロスが幽かに香らせていた薫で、それを女性の香水の移り香だと、ジェネシスは思い込んでいたのだ。
そしてまだ純粋な少年をそんな手段で篭絡しようとする神羅カンパニーのやり方に憤りを覚えると共に、セフィロスの最もプライベートな面に触れる事の出来る女たちに、一種の嫉妬を感じていた。
だがどうやら、全ては単なる誤解だったようだ。
「セフィロス、あんたって……最高だ」
神羅の誇る最強のソルジャーが戦場で不似合いな甘い香を漂わせる真の理由に、ジェネシスはひとしきり、笑った。






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