特別休暇命令

(1)



「アイシクル・ロッジに行くぞ」
その日、アンジールとジェネシスがセフィロスの執務室を訪れると、そう、神羅の英雄はのたまった。
「アイシクル・ロッジって……任務でか?」
「休暇だ」
アンジールの問いに、短くセフィロスは答えた。
まるで、それで全てが判っただろうと言わんばかりに。
「アイシクル・ロッジに、お前が休暇で行くのか?」
「俺たち3人が、だ」
更に訊いたアンジールに、やはり短くセフィロス。
ジェネシスは口元が綻ぶのを隠せなかったが、話が見えないのはアンジールと一緒だ。
「…どういう事なのか、順を追って説明してくれないか、セフィロス?」
そう、ジェネシスは言った。
「この前、お前たちが俺のポスターの話をしていただろう。身体測定の時の写真を、俺に無断で勝手に使った奴だ」
「あ…ああ」

駅で盗んだポスターは、今もジェネシスの寝室に飾ってある。
ついでに言えば、そのポスターを元にセフィロスの非公式ファンクラブが作ってアングラで売り出した1/4スケールの高価なフィギュアも。
やはり自分の家にセフィロスは呼べない、と、ジェネシスは思った。

「それで宝条に文句を言ったら、あれはプレジデントが勝手に宣伝広告部門に横流ししたんだと言われて」
だから今度はプレジデントに文句を言った、と、セフィロス。
プレジデントはセフィロスに何でも欲しいものを買ってやるから機嫌を直せと宥めたが、元々セフィロスは欲しいものは全て手に入れている。
それでプレジデントは、休暇をやろうとセフィロスに申し出たのだった。
「おおよその成行は判ったが…どうして俺達も一緒に行くんだ?」
そう、訊いたアンジールに、余計な事を言うな、と、ジェネシスは内心で思った。
セフィロスの任務に同行すると言えば、羨ましがるソルジャーがどれだけいる事か。
ましてや休暇に同行するなんて、夢のような話だ。
「俺は…休暇は初めてなんだ」
セフィロスの言葉に、任務以外で外に出た事が無いと以前、言っていたのをアンジールは思い出した。
セフィロスは滅多に任務に狩り出される事は無いが、休みの日もこの本社ビル内の自宅に独りで引き篭もっているだけなのだ。
「だから、一人ではどうしたら良いか判らない__一緒に行ってくれ」
「そうしたいのは山々なんだが、最近、任務が忙しくてな……」
眉を曇らせ、アンジールは言った。

アンジールの家での夕食にセフィロスが招かれ、一旦、壊れてしまいかけた3人の関係は、以前よりもしっかりした結びつきへと変わった。
セフィロスはアンジールとジェネシスにも携帯を支給するようにプレジデントに要求し、携帯電話でいつでも連絡が付く事を前提に、待機の時にソルジャー控え室にいなくても、本社ビル内ならどこにいても許可するよう、ソルジャー統括に認めさせた。
後に全社員に携帯電話が支給されるようになると、この制度は全てのソルジャーに適用されるようになるが、この時は特別扱いである。
それが英雄の依怙贔屓だと捉えられない様、その制度はクラス1stの全ソルジャーに適用されると、軍規の変更まで行なわれた。
が、アンジールたちが1stになる前からいた1stのソルジャーは既に負傷の為、引退していて、この当時、セフィロスを除けばクラス1stはアンジールとジェネシスしかいない。
それに2人がたびたび、セフィロスの執務室を訪れている事はソルジャーの間で噂になっていたので、この軍規変更が何の為のものかは、かなり明白だ。
そしてソルジャー達の噂話は神羅兵の耳にも入り、そこから神羅軍の上層部にも伝わったらしい。
アンジールとジェネシスの2人は頻繁に神羅軍から名指しで要請され、遠征に狩り出されるようになっていた。
結果として、社内で待機していられる時間はぐんと減り、セフィロスの執務室を訪問する回数は、軍規変更以前に比べ、殆ど増えていない。
つまり、かつて面目を潰された神羅軍元帥たちによる、『陰湿な嫌がらせ』である。

「そういえば、忙しいから余りここに来れないんだと言っていたな…」
「だったら、任務扱いにしてくれ」
表情を曇らせたセフィロスに、ジェネシスは言った。
「あんたが休暇中の護衛として、俺たち2人を指名してくれれば良いんだ」
「それはいくらなんでも、俺は気が引ける」
アンジールの言葉に、どこまで馬鹿正直なんだ、お前は、と、内心でジェネシスは毒づく。
「お前、セフィロスの初めての休暇を無意味なものにする気か?」

ジェネシスに言われ、アンジールは改めてセフィロスを見た。
セフィロスの事だ。
一人で休暇になど行ったら、一人で部屋に閉じこもっているだけだろう。
それに何よりこれは、数々の武勲を挙げたセフィロスが、初めて与えられた休暇なのだ。
出来るだけ、有意義なものにしてやりたい。

「…どうなんだ。駄目なのか?」
そう訊いたセフィロスに、アンジールは首を横に振った。
「そんな事は無い。スケジュールの都合がつきそうになかったら、ジェネシスの言っていた手を使おう__で、いつからの予定だ?」
「明日の朝、出発だ」
何でそんなに急なんだ__アンジールとジェネシスは思ったが、口には出さなかった。
「…いつまでだ?」
文句を言う代わりに、そう、ジェネシスは訊いた。
「1週間だ」
機嫌よさげに、セフィロスは答えた。
「しかし…どうしてアイシクル・ロッジなんだ?冬ならスキーもスノボも出来るが、夏は観光客も殆どいないし…」
「俺は、誰も俺を知っている人がいない所に行きたかったんだ…」
アンジールの問いに、目を伏せてセフィロスは言った。
「……そうだったな。そうでなければ、休暇にならない」
「そうと決まったら、早速、計画を立てよう」
ジェネシスの言葉に、計画?とセフィロスが訊き返す。
「1週間もあるんだ。無計画じゃ、間が持たない。計画は俺たちで立てるから、任せてくれ」
ジェネシスが言うと、セフィロスは幽かに笑い、頷いた。

その後、アンジールとジェネシスは準備に追われた。
セフィロスがソルジャー統括に電話していたので『休暇任務』はあっさり許可されたが、その後すぐにアンジールは宝条に呼び出しを喰らい、休暇中にセフィロスに食べさせる食事について、延々と注意事項を並べ立てられた。
それまでに何度かセフィロスはアンジールの家に手料理を食べに行っていたので、食事はアンジールが作るものと、宝条は決め付けていたのだ。
一方のジェネシスは、夏のアイシクル・ロッジで何が出来るかを調べていた。
アイシクル・エリアはアイシクル山を中心とする高原地帯で、その内、スキー場や温泉が点在する別荘地がアイシクル・ロッジと呼ばれている。
宿泊先はプレジデントの友人が所有する別荘で、一般の観光エリアよりも奥まった場所にあるようだ。
そこだけで1週間、セフィロスを飽きさせずに過ごすのは難しそうだと、ジェネシスは思った。
となると、『足』が必要だ。

ジェネシスはすぐにソルジャー統括に掛け合って、バイクを2台、用意すると約束させた。
現地まではタークスがヘリで__荷物が増えたので、輸送用ヘリだ__送迎する事になっている。
天気予報によれば、幸い向こう1週間のアイシクルは、好天に恵まれるようだ。
「これは、楽しめそうだ…」
誰に言うでもなく、ジェネシスは呟いた。






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