Seraph of Death
(1)
あり得ない
数え切れないほど何度も、ジェネシスは心中でその言葉を繰り返していた。
任地へと向かう輸送用ヘリの中。
一方のベンチシートの端にセフィロス。その向いにジェネシス。隣にアンジール。
神羅兵2名はパイロットとして操縦席に。
もう一人は居心地悪そうに、セフィロスと同じシートの隅っこにちぢこまって座っていた。
だが、一般兵などジェネシスの眼中には無かった。
見るのはただ、わずか2メートルほどの距離に座っているセフィロスだけだ。
席に着いてすぐにセフィロスは眼を閉じ、微動だにしない。
まるで__と言うより明らかに__話しかけられるのを拒絶しているのだ。
同じ任務に就いている相手を、ここまで完璧に無視するのか?
セフィロスは自分の眼鏡に適った者しか同行を許さないと聞いていたが、これは一体、どういう事なんだ?
セフィロスに『選ばれた』と思ったのはただの自惚れで、セフィロスは実は他人に全く関心など抱かないのか?__ジンジャー・リリーの女は別として。
失望と自尊心を傷つけられた憤りに苛まされながら、ジェネシスはセフィロスから眼を離せずにいた。
あの睫の長さは何なんだ?あり得ないだろう
それに、あの膚の肌理細やかさと驚くほどの白さは、歴戦のソルジャーにはあり得ない
あれでは英雄というより、碌に陽に当たらない深窓の姫君だ
普段は執務室に篭もっていると聞いたから、深窓の姫君というのもあながち間違ってはいないかも知れないが、それでも__
あり得ない、と、ジェネシスは再び心中で繰り返した。
見れば見るほど、セフィロスの容姿は完璧だった。
ガラス細工のように繊細なパーツが、最高のバランスで配置されている。
しなやかそうな銀色の髪がその美貌を一層、引き立て、黒い革のロングコートに包まれた身体はすらりと均整が取れている。
雑誌の写真では何度も見た。
美しいもの__自分自身を含めて__を愛するジェネシスがそれを飽かず眺めたのは、当然の事だった。
だが眼の前にいるセフィロスは、写真の印象よりもずっと危うげに見えた。
脆弱、と言うのとは違うが、どこか儚げだ。
それに良く見ると、顔立ちに幼さが残っている。
初めてセフィロスの記事を見た時は2歳くらい年上かと思ったが、こうして見ると同い年か、一つ下くらいかも知れない。
そんな年齢だと思うと尚更、アンジールを無視した傲慢さが信じられない。
嫌、むしろそんな年齢だからこそ、英雄と持て囃され甘やかされて、傲慢になったのだろう。
ジンジャー・リリーの女はきっと年上だ。
一体、どんな手管で神羅の英雄を誑しこんだのか……
だがいかに歴戦のつわものとは言え、15,6の少年だ。
経験豊富な年上の美女相手なら、案外、簡単に陥落したのかも知れない。
あるいは彼女は、神羅カンパニーが用意した女である可能性も高い。
セフィロスは『神羅の英雄』として名を馳せているのだ。その英雄が碌でもない女につかまって身を持ち崩すのを事前に防ぐため、安全な女をあてがっているのかも……
「目的地、上空に到着しました。これより降下します」
操縦士の言葉に、ジェネシスは我に返った。
今回の任地はミッドガルからヘリで2時間くらい、離れている筈だ。
だがいつの間に2時間も経ったのか、自覚が無い。
その間ずっとセフィロスを見つめ続け、セフィロスの事ばかり考えていたのかと思うと何だか癪に障る。
気持ちを切り替えなければ、と、ジェネシスは自らに言い聞かせた。
今回の任務はひと言で言えばモンスター退治だが、過去に他のソルジャーやタークスが派遣されていながら皆、失敗したのだと聞いている。
だからこそ、セフィロスが狩り出されたのだ。
それだけ高度な任務なのだから心してかかれと、そう念を押したソルジャー統括の言葉を思い出す。
すっと、セフィロスが眼を開けた。
魔晄と同じ色をした瞳が、こちらを冷ややかに見据える。
他のソルジャーは皆、蒼い瞳なのに__それ故、ソルジャー・ブルーと呼ばれる__何故、セフィロスだけ違うのか、カラー・グラビアのセフィロスを見るたびに疑問に思っていた。
だが今は、そんな事に気をとられている場合では無い。
「指令書は読んだな?」
「…神羅カンパニーの所有する魔晄炉近辺にモンスターが大量発生。魔晄炉の作業員とは音信不通。過去に2度、他のソルジャーとタークスが派遣されたが失敗」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは幽かに頷いた。
それだけ判っていれば十分、という意味なのだろう。
が、ジェネシスは更に言葉を続けた。
「過去の任務の生き残りの報告を分析してみた。モンスターたちには炎属性、それに雷属性の魔法が効かないようだ。他の魔法への耐性がある可能性もある。それで無属性の魔法が使えるマテリアを持参した」
無属性の魔法に耐性のあるモンスターはほぼ皆無だから、どんな敵に対しても有効だと言える。
が、無属性のマテリアは希少品で滅多に手に入らない上、使いこなすにはかなりの精神力を必要とする。
ソルジャーでも、無属性魔法を使いこなせる人間は殆どいない。
「だからお前を選んだんだ」
何を今更とでも言いたげな表情で、セフィロスは言った。
ドクンと、心臓が大きく跳ねるのをジェネシスは感じた。
セフィロスは確かに、自分を選んだのだ。
だがその言葉の余韻に浸る間もなくヘリは着陸し、この場で待機するように神羅兵に命じると、セフィロスはヘリを降りた。
プロペラの風に、黒いコートと銀色の髪が靡く。
無言で歩き出したセフィロスの後を追って、ジェネシスとアンジールもヘリを降りた。
5分ほど歩き続け魔晄炉の建物が視界に入った途端、3頭のドラゴンが現われた。
セフィロスが神羅兵をヘリのところで待機させたのは正しい判断だったのだと、ジェネシスは思った。
群れを成すドラゴンなど、一般兵では歯が立たない。いても足手まといになるだけだろう。
ソルジャーに取ってもこれほど大型のドラゴンは手強い敵だ。それに実戦経験の少ないジェネシスは、こんな大きなドラゴンを見るのは初めてだ。
それにドラゴンが複数で行動するなど、聞いたことも無い。
一気に緊張が高まるのを、ジェネシスは感じた。
アドレナリンが、体中を駆け巡る。
「ここからは散開して行動する」
言うなりセフィロスは地を蹴った。
ふわりと宙に舞い上がり、そのままドラゴンの首を斬りおとす。
猫のように空中で身を翻して着地したところに、2頭目のドラゴンが焔を吐きつけた。
まずい、とジェネシスが思った瞬間、3頭目のドラゴンが焔に包まれる。
セフィロスがリフレクで2頭目の攻撃を跳ね返し、3頭目に浴びせたのだ。焔を吐くドラゴンに炎属性の魔法は効かないが、同類の吐く焔は別だ。
おぞましい叫び声を上げてのた打ち回るドラゴンは、しかしすぐに動かなくなった。
セフィロスに、一太刀で両断されたのだ。
------あり得ない
その日、何度目かの「あり得ない」を心中で繰り返したジェネシスの視界を、銀色の光が過ぎる。
残りのドラゴンが断末魔の悲鳴と共に倒れ伏したのは、その直後だ。
「集合場所は魔晄炉前だ」
それだけ言うと、セフィロスは歩み去った。
振り返りもせずに。
「信じられん……」
幼馴染の言葉に、そこに彼もいたのだと、ジェネシスは改めて気づいた。
「一瞬の内に、あんな大きなドラゴンを3頭も斃した……だと?」
「伝説は誇張では無かった__という訳だな」
気分がひどく高揚するのを感じながら、ジェネシスは言った。
雑誌に掲載されるセフィロスの武勇伝は余りに華々しく、写真に写るセフィロスの姿は信じられないほどに美しい。
その勇姿は多くの少年少女の憧れとなり女たちを陶酔させ男たちの賞賛の的となると共に、全てが余りに完璧であるが故の不審や疑惑、捏造だとする声もあった。
ジェネシスはそういった疑問の声を聞くだびに自分の大切なものを穢されたように感じ、特に子供の頃はムキになって反論したものだ。
が、神羅のソルジャーとなって1年以上、経ってもセフィロスに会えることも無く、訓練用のCG技術などを目の当たりにして不安にならずにはいられなかった。
アンジールまでがセフィロスは架空の偶像ではないかと言い出した時には、それで喧嘩になったほどだ。
だがセフィロスは現に存在している。
記事に書かれているよりも強く、写真よりも美しく、この世の者とは思えない雰囲気を漂わせながら、現し身として確かに在るのだ。
そして自分は、そのセフィロスに選ばれた。
「しかし、ここで散開とは厳しいな__俺たちは、一緒に行動した方が良さそうだ」
燻っているドラゴンの死体を見ながら、アンジールは言った。
「そうだな…」
アンジールは改めて、ジェネシスの整った横顔を見遣った。
物心ついた頃からずっと一緒にいるせいで、何も言わなくてもジェネシスの考えている事は大体、判る。
「くれぐれも、功を焦って無理をするなよ、ジェネシス」
「ドラゴンに怖気づきでもしたのか?」
「俺たちは1stになったばかりだ。セフィロスと同じようには戦えない」
その言葉に、ジェネシスはアンジールに向き直った。
常々思っているが、心配性はこの幼馴染の美点でもあり、欠点でもある。
だが今は、アンジールの言う事が正しいのだろう。
セフィロスの戦う姿を見て高揚した気持ちは、少し冷やしておく必要がある。
「その位の事は判っている__行くぞ」
愛剣レイピアを手に、ジェネシスは足早に歩き出した。
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