ポスター盗難事件

(1)



その日、神羅カンパニー本社ビル入り口前には、黒山の人だかりができていた。
「スゲェ・・・」
「これってホンモノ?合成とかじゃなくて?」
「本物よ!服、着てる写真と比べれば判るわ」
本社ビルに隣接する寮から本社ビル内にあるソルジャー控え室に向かおうとして、アンジールは足を止めた。
人々の視線を集めているのは本社ビル入り口の上に掲げられた、縦3メートル、横2メートルほどの大きさの写真パネルだ。
映っているのはセフィロスの上半身で、何も身に着けていない。
「……凄いな」
他の社員やソルジャーと同じ言葉を、アンジールも呟いた。
写真の中のセフィロスは、こちらを向いてやや身体を斜めにし、幾分か俯き加減だ。
発達した大胸筋が厚い胸板を形作り、腹筋は6つに割れて鍛えられた肉体の象徴、男性の憧れそのものの姿をしている。
三角筋が鍛えられた肩幅は広く、上腕二頭筋、上腕三頭筋ともに発達していて肩から腕にかけてのラインが逞しい。
そして見事なまでの逆三角形体形が、広背筋の発達を感じさせた。

人だかりの中に幼馴染の姿を認め、アンジールはそちらに歩み寄った。
「あのパネル、一体、何なんだ?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは答えなかった。
瞬きもせず、喰い入るようにパネルを見上げている。
「……ジェネシス?」
「え?__あ…あ。何だ、お前か」
耳元で名を呼ぶと、やっとジェネシスは反応を示した。
心なしか、顔が紅い。
「あのパネル、何なのか知ってるか?」
改めて、アンジールは訊いた。
「社員の話じゃ、兵士・ソルジャー募集用ポスターの写真らしい。この写真を使ったポスターが、今日から街中に貼られるんだ…」

それまでも、兵士・ソルジャー募集用ポスターにはセフィロスの写真が使われて来た。
セフィロスが英雄として有名になってからは、セフィロスに憧れて入隊する者の割合が高いからだ。
しかしウータイ戦が6年も続いて膠着状態になると、志願者の数は減った。
だがむしろ需要は増えている。
それで打開策を立てろとプレジデントに命じられた宣伝広告部門が取った手段が、セフィロスの『思い切った写真』を使う事だった。

「しかし流石に見事な身体だな。どうやったらあんな風になれるんだか、今度会ったらトレーニング・メニューを訊いてみたいもんだ」
感心したように、アンジールは言った。
アンジールは後にジェネシスから『筋肉ダルマ』と揶揄される体形になるが、16歳のこの頃はまだ発達途上だった。
一方のジェネシスは、あまり筋肉がつかない体質だ。
「それにしても、胴回りが細すぎないか?あれだけ筋肉、ついているのに__」
「良いんだ。セフィロスは、あれで正しいんだ」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスは言った。
「以前から、背中から腰にかけてのラインが綺麗だと思ってはいたが…」
まさかコートの下があんな風になっているとは思わなかったと、ジェネシスは内心で呟いた。

細面で中性的な美貌のせいもあって、セフィロスは背は高いが細身、という印象だった。
だがよく考えれば、身体にフィットしたロングコートが理想的なXラインを描いているのは、しっかりした肩幅と鍛えられた背筋、そして引き締まった腹筋の結果だ。
それに直線裁ちではなく腕のラインに沿って立体裁断された袖からは、上腕、下腕ともに筋肉が発達し、手首にかけて細く締まっているのが見て取れる。
そして素肌の上に直接コートを着ているので、広く開いた胸元からは発達した大胸筋が窺える。
それなのにコートの下の姿を今まで想像出来なかったなんて、考えてみればむしろ意外だ。
それにしても、肉体美の見本のような身体だと、ジェネシスは思った。
どんな女でも、見ただけで腰砕けになりそうだ。
それに間違いなく、一部の男たちも。
「そろそろ行かないと遅刻だぞ?」
アンジールに促され、ジェネシスは渋々、本社ビルに入った。



「ニュースを見たか、アンジール?」
翌日、アンジールがソルジャー控え室に行くと、ジェネシスがまっすぐに歩み寄って来て訊いた。
「どのニュースだ?」
「セフィロスのポスターのに決まってるだろう」
怒っているような口調で、ジェネシスは言った。
「昨日から会社はセフィロスのポスターを街中に貼り出したんだが、昨夜のうちに殆どが盗まれたんだ」
「…そう言えば、入り口の上のパネルも無かったな」
「あれは社員以外も押しかけて来て、業務に支障を来たし兼ねない状況になったんで、昨日の内に撤去されたんだそうだ」
本社ビルに入るにはIDカードが必要だが、敷地内への出入りはそこまで厳しく制限されていない。
元々、宣伝広告部門が巨大パネルを本社ビルの外側に設置したのは、一般の人々の目にも触れる事を目論んでの事だ。
だが口コミの広がりの速さは宣伝広告部門の予想を遥かに上回り、人が集まりすぎた為に撤去したのだ。

「アンジール。今夜、空いているか?」
ジェネシスの問いに、いや、今夜は、とアンジールは答えた。
「トレーニングにつきあった2ndの連中がお礼に飯を奢ってくれるって言うんでな。一緒に食いに行く事になってる」
「そんなもの、キャンセルしろ。タダ飯が食いたかったら俺が奢ってやる」
「だが、約束を__」
「セフィロスのポスターが盗まれているんだぞ?」
アンジールにつかみかからんばかりの勢いで、ジェネシスは言った。
「同じソルジャー・クラス1stとして、こんな由々しき事態を放って置けるか?」
「しかし…盗難なら警察の管轄じゃ__」
「お前はセフィロスがスラムの小汚いガキどもの手に落ちても構わないって言うのか」
手に落ちるも何も、ポスターが盗まれてるだけじゃないのか?__アンジールは言いたかったが、ジェネシスの剣幕に、とても言い出せない。
それに以前からセフィロスのポスターが盗まれる事はたびたびあったので、会社は盗まれる事前提で多めにポスターを刷っているのだと聞いたこともある。
尤も、今回はその程度がいつもとは異なっているようだが。
「俺達の手で盗難を未然に防ぎ、セフィロスのセミヌ__いや、ポスターを護る!それがソルジャーの使命だ」
「そ…うだな」
ぐっと拳を握り締め、高らかに宣言したジェネシスの勢いにつられ、思わずアンジールは言った。






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