Plutinum Dream



(8)

「良いもの見つけたから、見せてあげるわ」
そう、彼女が嬉しそうに言って笑ったのは、私が地下室で意識を失い、目を覚ましてから10日後の事だった。
その3日くらい前から動けるようになった私は、彼女と一緒に地下研究所を改めて調べた。
他にも実験体が置き去りにされているような事が無いか、確認したのだ。
幸いと言うべきか、不幸な実験体はあの5体だけだった。
「何を見つけたんだい?」
「私の私物」
私の問いに、彼女は笑ってそう、答えた。
私たちがこの研究所に戻ってきた時、彼女の机はもう無かったが、誰かが彼女の私物をまとめて倉庫に置いていたらしい。
「私はセフィロスを宝条に奪われたショックで、持ち物どころじゃ無かったの。体調も悪かったし、身体一つでここを追い出されたのよ」
「…酷いね」
短く、私は言った。
彼女は視線を落とした。
「ガストが失踪して動揺していた私に、宝条は『2人でプロジェクトをやり遂げよう』って言ったわ。今思えば、宝条が欲しかったのはこの子だけで、子供を産んでしまえば私は用済みだと、最初から考えていたのね」

我が子の髪を優しく撫でながら、彼女は言った。
セフィロスは美しい翡翠色の大きな目で、彼女を見上げる。

「そんな事より、写真を見つけたのよ。ここに配属になった時、何枚か持って来ていたの」
彼女はセフィロスをソファに座らせ、自分もその隣に腰を降ろした。
私はソファの後ろに立って、彼女の手元を見遣った。
「ママだ」
最初の写真を見て、セフィロスは言った。
彼女は笑って首を横に振った。
「これはママのママ。あなたのお婆ちゃまよ」
「おばあちゃま…?」
小首を傾げて、セフィロスが訊き返す。
写真の女性は、確かに彼女に良く似ていた。
「お婆ちゃまがまだ若かった頃の写真よ。隣に小さな女の子がいるでしょう?これがママの小さい頃よ」
彼女の説明に、セフィロスは不思議そうな表情を浮かべた。
「こっちがママのパパ」
2枚目の写真を、彼女はセフィロスに見せた。
幼い頃の彼女が、両親と一緒に映っている。
場所は、ゴールドソーサーだ。
「ここ、どこ?」
「ここはね、ゴールドソーサーっていう遊園地よ」
「ゆうえんち?」
鸚鵡返しに訊き返したセフィロスに、彼女は幽かに溜息を吐いた。
「いつか…セフィロスも連れて行ってあげたいわ…」

彼女はセフィロスの小さな肩を抱きしめ、それから髪を撫でてこめかみにキスする。
宝条や神羅がセフィロスの行方を追っている限り、人目のある場所にセフィロスを連れ出すのは無理だ。
赤ん坊の頃はベビー帽を被せていたし、殆ど眠っていたのでそれほど目立たなかったろうが、今のセフィロスは、とても人目を引きやすい子供に成長している。
この屋敷の外にすら危なくて出せないのに、ゴールドソーサーのような場所に連れて行ける筈がない。
そして、こんな生活をいつまで続けなければならないのか、終わりが来る時があるのか、来るとしたらそれがいつか、予想も出来ない。

「ヴィンだ」
次の写真を見て、セフィロスは言った。
どきりと、心臓が鼓動を打つのを私は感じた。
「これは……ヴィンじゃなくて、ヴィンのパパよ」
確かに、それは私の父の写真だった。
白衣姿で、隣にはやはり白衣を着た彼女が笑顔で写っている。
彼女は寄り添うようにして私の父の隣に立ち、軽く腕に触れているように見えた。
が、触れているのかいないのか、私には判らなかった。
彼女がすぐにその写真を、他の写真の下にしまい込んだからだ。
「懐かしい…。これはママが学生の頃の写真よ。一緒に写っているのはママの友達で__」
彼女は次の写真の説明を始めていたが、その言葉は殆ど私の耳には入らなかった。
私は父親似だと良く人に言われたが、自分ではそれほど似ているとは思っていなかった。
だが確かに、私は父に良く似ているのだ。
初めて会った時、彼女が驚いていたのはそのせいだ。
私の生命を救ってくれたのが彼女だと知った時、私は期待を抱いた。
だが彼女が私を助けたのは、父を死なせた罪悪感からだった。
彼女が私と一緒にいるのは、彼女と彼女の息子を護る存在が必要だからであって、仮初にも息子の父親として私を選んだ訳では無い。
それでもまだ、私は希望を棄てられずにいた。
一緒に暮らしていれば、情も移る。
辛抱強く待ち続ければ、いつかは彼女の心が私のものになるのだと、漠然と信じていた。
だがやはり、期待して裏切られるよりは、期待しないほうが賢明だったのだ。
父の隣で微笑む彼女の笑顔が、雄弁にそれを物語っている。
彼女がはしばみ色の瞳に金色の光を浮かべて熱っぽく私を見る時、彼女は私では無く、グリモア・ヴァレンタインを見ているのだ……



「セフィロスにゴールドソーサーの写真を見せたのは、可哀想だったかしら」
セフィロスを寝かしつけた後、彼女は憂い顔でそう言った。
「少し…興味を持ったようだったね」
他に言うべき言葉も見つからず、私は言った。
彼女は幽かに溜息を吐いた。
「迂闊だったわ。つい、懐かしくて…」
「…あの写真は、君にとって大切な物なんだね」
話を逸らし、私は訊いた。
それは問いと言うより、確認だった。
彼女は頷いた。
「そうね…。家族3人で撮った写真は、あれしか無いから」
私が訊いたのは、私の父と一緒に写っている写真の事だ。
私には、彼女がそれを判っていてはぐらかしているように思えた。
そして、そんな自分の卑屈さに嫌悪感を覚える。
いっそ、はっきり訊いてしまえれば良いのかも知れない。
それでも、私がいなければ、彼女は食料の調達もままならなくなるのだ。
そんな状況で、彼女が本心を打ち明けるとは思えないし、聞き質せば気まずくなるだけだろう。
それに、私も今更彼女を見棄てる事など出来ない。

「…私が小さい頃、『どうしてパパはおうちにいないの?』って訊くと、母はいつも『お仕事だから』って言ってたわ」
視線を落としたまま、彼女は言った。
憂いを帯びた横顔が美しいと、私は思った。
「でも病気が重くなって治る見込みも無くなると、母は『私が病気だからいけないのよ』って言うようになった。その時には、私には意味が判らなかったわ。だって病気なら、なおさら側にいてくれるのが当然だと思ったから…」
私は口を噤んだままでいた。
何を言えば良いのか、言葉が見つからなかったのだ。
だが、彼女の母親の言葉の意味は判る。
彼女の母親は、自分が病身なせいで夫に性的満足を与えられず、そのせいで夫が愛人の許に入り浸るようになったのだと、自分を責めていたのだ。
或いは自分を責める言葉で、酷薄な夫を暗に非難していたのかも知れない。
「…君が小さい頃、一緒に寝ていたっていうテディ・ベアは…?」
「父が買ってくれたの」
幽かに口元に笑みを浮かべ、彼女は言った。
彼女は自分の父親を恨んではいるが、憎んではいない。
母親を亡くした後は、父親の不在を寂しがり、父親に愛されたいと願っていたのだろう。
もしかしたら今でも、彼女の中には孤独な少女がいて、愛されたいと、必死にもがいているのかも知れない。
ガストも宝条も私の父も、彼女よりずっと年上だ。
彼女は彼らに自分の父親を投影し、彼らに研究で認められることで、父親から得られなかった愛情の埋め合わせをしたかったのかも知れない……







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