Plutinum Dream



(11)

熱は何日も下がらず、私と彼女は交代で夜中もセフィロスに付き添った。
私がセフィロスを看病している時にも彼女は殆ど眠れないらしく、日に日にやつれが酷くなっていった。
「やっぱり…あの子に魔晄を浴びせてみるべきだと思うわ」
一旦、下がった熱がまたすぐにぶり返したとき、思いつめた表情で、彼女は言った。
「ルクレツィア、それは__」
「宝条みたいに興味本位で実験しようとしてる訳じゃないのよ。このまま放っておいたら、取り返しのつかない事になってしまうかも知れない。あの子があんなに苦しんでいるのに手をこまねいて見ているだけなんて、私にはこれ以上、耐えられない」
私の言葉を遮って、彼女は言った。
「もちろん、私が先に魔晄を浴びて、間違いなく安全だと確信が持てなければ、そんな事はしないわ」
「…どうしてもやると言うなら、私を実験台にしてくれ」
彼女の決意が固いのだと見て取って、私は言った。
私は自分を実験台にする事で、時間を稼ぎたかったのだ。
その間にセフィロスが回復すれば、彼女はセフィロスに魔晄を浴びせるのを止めるだろうと、不確かな可能性に賭けていた。
だが、彼女は首を横に振った。
「駄目よ…。あなたの身体には、カオスが埋め込まれている。今はエンシェント・マテリアの力で何とか制御しているけど、魔晄を浴びる事でその制御が失われたら、恐ろしいことになる……」

俯き、視線を落としたまま、彼女は言った。
その言葉に、私は反論できなかった。
研究所でモンスター化した実験体たちと戦った時に、理性を失いかけたからだ。

「何より、私はジェノバ細胞の影響を受けている。ジェノバと同じDNAを持つセフィロスに魔晄を浴びせる影響の調査ならば、私でなければ意味が無いわ」
顔を上げ、彼女はまっすぐに私を見つめた。
「勿論、無茶な実験なんかしない。極、低濃度の魔晄を短時間、浴びることから始めて、血液や色々なデータもきちんと取る。それには時間がかかるけど……焦ってあの子を危険に晒すような真似は、絶対にしないわ」
「……私は…君の身体が心配なんだ…」
そう、私は言った。
それしか、言える言葉が無かった。
彼女は幽かに微笑んだ。
「優しいのね。でも、私ならば大丈夫。心配しないで」
「ルクレツィア……」
私は迷った。
もしも魔晄がセフィロスの中のジェノバを呼び覚ますのなら、ルクレツィアも同じように、魔晄を浴びる事で今以上にジェノバ細胞の影響に苦しむ事になるかも知れない。
だが宝条が言っていた通りに魔晄を浴びて生命力が高まるなら、それは彼女とセフィロスを救う、唯一の手段となり得るのだ。
私は迷い、悩んだ。
そして結局、彼女の実験を止めることは出来なかった。
彼女にそれを止めさせる為には、研究所で起きた出来事を話さなければならない。
それを話す事が、私には恐ろしかったのだ。

彼女が実験に取り組んでいる間、私はセフィロスの側にいて、童話を読み聞かせたりしていた。
「…ママは?」
ぐったりとベッドに横たわり、力なくセフィロスは私にそう訊いた。
「ママはね、君の為の薬を作っているんだよ。君が早く良くなるように、一生懸命、頑張っているんだ」
私の言葉に、セフィロスはただ寂しそうに目を伏せた。
長い睫毛が陰を作り、憂いを帯びたその表情に、私は胸が苦しくなるのを感じた。



「その実験は…ずっと研究所に篭りきりで無いと出来ないものなのかい?」
彼女が実験を始めて3日目、私は地下に降りて行って、そう、訊いた。
彼女は私に、苛立たしげな視線を向ける。
「悔しいけど、私には医学の知識も遺伝子工学の知識も無いのよ。専門が有機エネルギーだから生物学の知識はそれなりにあるけど、こんな実験をやる為には毎日、膨大な資料を読んで手探りで進めなければならないのよ?」
「それは判っているけど…セフィロスが寂しがっているよ。資料を読むのだったら、上に持って行っても__」
「それじゃ、集中できないでしょう?私が楽をしたくてセフィロスの世話をあなたに押し付けてるとでも思ってるの?」
ヒステリックに彼女は言った。が、すぐに「ごめんなさい」と謝る。
そして視線を落とし、溜息を吐いた。
「焦ってはいけないと思うと、却って気ばかり急いて、苛々してしまって……」
私は彼女に歩み寄り、その手に触れた。
彼女は私の手に、自分の手を重ねる。
「私……このごろ母の最期の日の夢ばかり見るの。父は帰って来てくれないし…。母の為に何かしてあげたいのに何もしてあげられなくて、本当に辛かったし、怖かった…」
「…セフィロスは、きっと大丈夫だよ。熱は下がらないけど、症状は落ち着いているようだし」
気休めにもならないと思いながら、私は言った。
そして、私の父が死んだ時の、母の言葉を思い出す。
せめて最期くらいは、側にいたかった…と。
私の父が死んだ時、側にいたのは彼女だった。
彼女は目の前で愛する者の生命が尽きるのを、2度も経験しなければならなかったのだ。
きっとこれ以上は、耐えられないのだろう。
だが目の前で愛する者を喪うのと、愛する者の死に目に会えないのと、そのどちらがより辛いのか、私には判らない。



更に3日が経っても、セフィロスの熱は下がらなかった。
脳炎の恐れがある程の高熱では無かったが、ずっと食欲が無く、ジュースくらいしか口に出来ない。
透けるように白い肌は蒼褪め、熱があるのに手足は冷たかった。
私はもう一度、街に行って点滴を手に入れる事を考えたが、私が出掛けてしまっては、セフィロスに付き添う者がいなくなってしまう。
「魔晄を浴びせる用意ができたわ」
その時、彼女が部屋に現れてそう言った。
彼女はここ数日ですっかりやつれてしまい、表情が険しく見えた。
「繰り返し実験を行って、慎重にデータを集めたわ。私の体調に問題は無い。むしろ、良いくらいよ。だからセフィロスにも…」
「もう少し…様子を見たほうが良いんじゃないか?潜伏期間みたいなものがあると困るし」
思わず、私は言った。
彼女は体調が良いと言ったが、私にはそうは見えなかったのだ。
私の言葉に、彼女は眉を顰める。
「これ以上、待ってなんていられないわ。あの子はもう、10日も何も食べてないのよ?」
「私が街の病院に行って、点滴を手に入れて来るよ。だから…もう少しだけ待ってくれ」
彼女は何かを言いかけて口を噤んだ。
そして、まじまじと私の顔を見る。
「どうして……そこまであの子に魔晄を浴びせる事に反対するの?何か、私の知らない事を知っているのね…?」
「私はただ……」

途中で、私は口を噤んだ。
彼女のはしばみ色の瞳は、私をまっすぐに捕らえて離さない。
これ以上、誤魔化すのは無理だ。
仕方なく、私は地下研究所で起きた出来事を話す決意をした。
彼女を促してセフィロスの部屋を出、ドアを閉める。

「サンダガですって…?マテリアも無いのに、3歳の子供が魔法を使ったって言うの?」
「…見間違いではないと思う。私はタークスだったから、魔法に関する知識はある」
「そんな……。あなたにあんな酷い怪我を負わせたのがあの子だったなんて……」
彼女の顔が蒼褪めるのを見て、私は話した事を後悔した。
「どうしてそれをもっと早く話してくれなかったのよ」
「話せば…君が不安がるだろうと思って__」
「不安がるですって?」
私の言葉を遮って、ヒステリックに彼女は言った。
「マテリアも無しに魔法が使えるのはモンスターだけよ。モンスターと一緒に暮らしていただなんて、それで不安にならない訳がないでしょう?」
「君は…セフィロスがモンスターだと言うのか…?」

思わず、私は言った。
力なくベッドに横たわり、「ママは?」と訊いていたセフィロスの弱々しい姿が、私の脳裏に蘇る。

「私の子はジェノバ細胞に食い尽くされてしまったのよ。あれは恐ろしい生き物だわ。他の生き物の生命を奪い、食い尽くしてしまう恐ろしい生命力を持っている」
「ルクレツィア…。君は自分の子を__」
「確かにセフィロスは私が産んだ子よ。でも髪の色も瞳の色も、少しも私に似ていない。それどころかジェノバに生き写しなのよ。それでもあなたは、あれが私の子だって言うの?」
呆然として、私は彼女を見つめた。
「実験を行った科学者の一人として、私にも責任がある。だから今まであの子を育てて来たけど、あの子は私の子じゃない。それどころか、人間ですら無いのよ…!」
その時、幽かな音がし、私は背筋が凍りつくように感じた。
ゆっくりと振り返ると、僅かに開いたドアの隙間から、セフィロスがこちらを見ていた。
「セフィ__」
殆ど反射的に手を差し伸べた私の鼻先で、ドアがぱたんと閉じた。
「……私…一体、何を……」
呆然と呟き、彼女はその場に泣き崩れた。







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