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週が明けるとすぐに、アンジールとジェネシスはセフィロスの執務室を訪れた。
基本的に待機の時はソルジャー控え室にいなければならないのだが、統括に当たり障りの無い範囲で事情を話し、許可を取った。
思い切り憂鬱そうな表情で眉を顰めた統括を後に、2人は61階に向かった。
「来たか、赤毛と黒髪。お前らが来るだろうと思って、当直を代わって待ってた甲斐があったぜ」
控えの間にいたのは、JJだ。
「…セフィロスは?」
いねぇよ、と、アンジールの問いにJJは答えた。
「時間になってもセフィロスが降りて来ないって、今日の当直からタークス詰所に連絡があってな。週末の事で宝条と喧嘩でもしたのかと思ってオレが私室まで見に行ったんだが……あいつ、部屋で拗ねてて、口を利きもしやがらねぇ」
ったく、と、JJは溜息を吐いた。
「お前らあいつに何をしやがった?あれは宝条のオヤジと喧嘩したくらいのレベルじゃないだろう」
「…それは…」
アンジールは口篭る。
幾分、躊躇ってから、ソルジャー統括に話したのと同じ程度の事を、JJにも話した。
「それだけ…か?」
「……それだけだ」
「……ったく」
再び、JJは溜息を吐いた。
「で?どうする積りだ、お前ら」
「俺がセフィロスと話す」
そう、ジェネシスは言った。
「俺が行くべきだろう。セフィロスを怒らせてしまったのは、俺なんだから」
「だからこそお前じゃ駄目だ。なおさら機嫌が悪くなるだけだ」

アンジールの言葉に、ジェネシスは言った。
反論できずに、アンジールは口を噤む。

「お前。マテリアは持ってるのか、赤毛?」
「ジェネシスだ。どうしてそんな事を訊く?」
JJの問いに、ジェネシスは訊き返した。
「セフィロスは正宗を持っているんだ。機嫌の悪いあいつの側にいく積りなら、武装して行け」

それが冗談で無い事は、JJの表情で判った。
ごくりと、ジェネシスは唾を飲み込んだ。
それから、マテリアなど無用だと言い切る。

「部屋を掃除すんの、オレじゃねぇからな…」
ぼやいて、JJは肩を竦めた。
それから、行くなら同行すると言った。
「お前らのIDカードじゃ、あのエレベータは動かない」
JJの言葉に、ジェネシスは内心、不満を覚えたが、表には現さなかった。
そして心配そうなアンジールにすぐに戻ると言い置いて、執務室奥のエレベータに乗った。



67階で扉が開くと、そこは既にセフィロスの自宅の玄関ホールだった。
「…なあ、赤毛」
玄関ホールを進み、奥の扉を開けようとしたジェネシスに、JJは言った。
「オレは7年前、セフィロスの初陣に同行した」
黙って、ジェネシスはJJが続けるのを待った。
「あん時はまだ声変わりもしていねぇガキだったが、あの頃から、セフィロスは少しも変わっちゃいねぇ」
「……変わっていない…?」
「知能は高い。無駄に小難しい事は知っている。だが、精神はガキなんだ」
要するに、扱い難いって事だ__そう、JJは言った。
そして、オレはここで待っている、と。

意を決して、ジェネシスは扉を開けた。
そして、思わず息を呑む。
ジェネシスの住まい全体の3倍はありそうな広々したリビングは、2方が天井から床までの窓になっていて、ミッドガルの街が一望に見渡せる。
だがその広い部屋には、大きなソファとテーブルの他、何も無かった。
見晴らしは素晴らしいのに、そこにいると不安になるような部屋だ。
よく見ると、窓だと思ったのは、ピクチャー・ウインドウだ。
壁にガラスが嵌めこんであるだけで、開閉は出来ない。
窓の外には広いベランダがあるのに、意味を成さない。
2方の窓、全てがそうだ。
どうしてこんな造りにしたのだろうと思いながら、ジェネシスは更に奥の扉を開けた。
そこには王室の晩餐会にも使えそうな立派なダイニング・テーブルと、1脚だけのダイニング・チェア。
ここの窓も矢張り、ピクチャー・ウインドウだ。
隣の扉を開けると寝室になっていて、そこに、セフィロスはいた。

「…済まない。ノックもしないで……」
ジェネシスは言ったが、セフィロスは反応を示さなかった。
まるで、ジェネシスの声が聞こえていないかの様だ。
広々した部屋にはキングサイズのベッドが置かれ、壁の一面が作りつけのクローゼットになっている。
奥に扉があるのは、おそらくバスルームに通じているのだろう。
そしてこの部屋には、他と違って窓が無かった。
灯りもつけず、薄闇の中で、セフィロスはベッドによりかかるようにして床に座っていた。
白いシルクのガウンを身に纏った姿は、絵画のように美しい。
だがその横顔は、この世の全てを拒絶するかのような冷たさを放っていた。

「……ここのリビング、良い眺めだな」
どう、切り出すべきか幾分、躊躇ってから、ジェネシスは言った。
セフィロスは答えない。
「しかも方角が東南だろう?冬は暖かいし、朝焼けが見事だろうな」
それにしても、と、ジェネシスは続ける。
「どうして皆、ピクチャー・ウインドウなんだ?折角、広いベランダがあるのに、あれじゃ外に出られない」
「……この部屋を造る時、何か希望は無いかとプレジデント訊かれた」
ジェネシスの方を見ず、独り言のようにセフィロスは言った。
「俺は、窓が欲しいと言った。それまで住んでいた所には、窓が無かったから」
だが、宝条が反対した、と、セフィロスは続けた。
「あれは妥協案だ。外を見る事は出来るが、外には出られない……」

すっと、背筋が冷えるような感覚を、ジェネシスは覚えた。
1階には通じていない専用エレベータと、外からしか鍵のかけられない執務室。
『護衛』として常駐するタークス。
そして、外に出るどころか、外気に触れることも出来ない私室__
まさかそんな筈は無いと、一度は否定した。
だがこれは、明らかに軟禁だ。
外に出る事を禁じている訳では無い。
だが、セフィロスが外に出たがらないように、仕向けてあるのだ。
------精神はガキなんだ
JJの言葉を、ジェネシスは心中で反芻した。
部屋にはTVもなく、極度に偏った知識しか与えられていない。
セフィロスはチェスも、トランプの存在も知らなかった。
自分がいつ、どこで生まれたのかも知らない。
ほんの子供の頃から、ずっとこの本社ビルに住んでいた。
自分で買い物したことも無ければ、昼食に何を食べるか自分で決めたことも無いのだろう。
セフィロスはその身体だけでなく精神までも、神羅に囚われているのだ……






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