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(6)
それから暫く3人は、ワイングラスを傾けつつ談笑に興じていた。
話題がバノーラの村祭りの事になり、アンジールとジェネシスの2人が懐かしそうに語るのを、セフィロスは興味深げに聞いていた。
「だがまさか、アンナが『りんごの女王』に選ばれるとは思わなかったな」
「あの年はアンナだったか?キャシーじゃなくて?」
「嫌、確かにアンナだった。だから俺は__」
途中で、ジェネシスは口を噤んだ。
さっきからずっと、セフィロスが黙っているのに気付いたのだ。
「済まない、セフィロス。内輪の話すぎて面白くなかっただろう」
「……セフィロス?大丈夫か?」
そう、アンジールは訊いた。
セフィロスは口元と胃のあたりを押さえ、俯いている。
「……具合、悪い……」
「大丈夫か?」
殆ど同時に、ジェネシスとアンジールが訊く。
セフィロスは黙って俯いたままだ。
元々、蝋のように白い肌が、一層、蒼褪めている。
「少し、休んだ方が良いだろう。ソファに__それとも、洗面所に行くか?」
席を立ってセフィロスに歩み寄り、アンジールは訊いた。
セフィロスは黙ったまま立ち上がり、アンジールに案内されてバスルームに行く。
「触るな…!」
背中をさすってやろうとしたアンジールの手を、セフィロスは振り払った。
「あ…ああ、済まん」
一応、謝りはしたものの、セフィロスにそんな態度を取られるとは予想もしておらず、アンジールは驚いた。
それに、自分の手を振り払った時の、セフィロスの手の冷たさにも。
「……引き出しにタオルが入っているから、必要なら好きに使ってくれ」
言って、アンジールはバスルームの扉を閉めた。
「……食べすぎじゃないのか?」
心配そうな表情で、ジェネシスは言った。
「お前が、酒なんか飲ませるから」
セフィロスは牛すね肉のトマト煮込みをおかわりし、ポテトサラダとバゲットもそれなりの量を食べていた。
が、17歳前後の青年としては食べすぎと言うほどの量では無かったし、ワインもそれ程には飲んでいない。
とは言っても、アルコールに不慣れな者は、急性アルコール中毒を起こしやすい。
アンジールとジェネシスが心配しながら待っていると、5分ほどしてセフィロスはバスルームから姿を現した。
相変わらず、顔色が良くない。
「どうする?帰るなら、送って行くぞ?」
「嫌、休んでからの方が良いだろう。俺のベッドで良ければ使ってくれ」
言って、アンジールはセフィロスをベッドルームに案内した。
こんな事になるのなら、自分の家に呼べば良かったと、ジェネシスは思った。
ジェネシスの住まいには、1度も使った事の無いゲスト用のベッドルームがあるのだ。
尤も、半分は納戸と化しているから、やはりあの部屋にセフィロスは招き入れられない。
「多分、ちょっと酔っただけだろう。セフィロスの面倒は、俺が見るから」
お前はもう、帰っても大丈夫だと、アンジールは言った。
時計を見ると、終電が近い時間だ。
こんな状況だと言うのに、アンジールに軽い嫉妬を覚えた自分を、ジェネシスは意外に思った。
自分よりアンジールの方がセフィロスに気に入られているらしい事は判っている。
セフィロスでなくとも、アンジールの方が人に好かれやすいのだ。
だから自分の住まいではなく、アンジールの部屋にセフィロスを誘った。
恐らく、自分の家に誘っていたなら、セフィロスは首を縦には振らなかっただろう。
その事が不満で無いと言えば嘘になるが、どうしようもない。
「後で電話する」
言って、ジェネシスは幼馴染の住まいを後にした。
ベッドに横たわるセフィロスを、アンジールは見下ろした。
シーツの上に、白銀の髪がしなやかに広がる。
セフィロスはもう眠ってしまったらしく、その寝息は穏やかだ。
だが、アンジールには気にかかる事があった。
セフィロスの、手の冷たさだ。
いくら国中に勇名を轟かせている英雄とは言え、酒を飲むのは初めてだったらしいので、それほどの量でなくとも急性アルコール中毒の恐れはある。
それに、本人の自覚していない食物アレルギーがあったりしたら、かなり厄介だ。
特別な食材を使ってはいないが、普段、セフィロスが口にしているのがソルジャー強化食の類だとしたら、今日の平凡なメニューも、セフィロスには食べ慣れないものという事になる。
意を決して、アンジールはセフィロスの手に触れてみた。
冷たい。
文字通り、氷のような冷たさだ。
冷え性で、手足の先が冷たい人間というのはいるらしい。
だが、こんなに冷たいものだろうか……?
疑問に思い、アンジールは思い切ってセフィロスの首筋に触れてみた。
ぞっとする程に、冷たい。
「…セフィロス、セフィロス…!」
心配になって、アンジールはセフィロスを揺り起こした。
「……ん……」
低く呻き、セフィロスはアンジールの手を振り払った。
それから、ゆっくりと目を開ける。
取りあえず生きているのが判って、アンジールは安堵した。
「大丈夫か、セフィロス。医者を呼ぶか?」
「……アンジール……」
朦朧とした表情で、セフィロスは相手の名を呼んだ。
「お前の医療担当は確か宝条博士だったな。宝条博士に連絡を__」
「止めろ」
鋭く、セフィロスは言った。
「宝条になど、知らせないでくれ」
「だが……お前の身体、酷く冷たいぞ?もし、急性アルコール中毒か何かだったら……」
「宝条には……るな……」
再び朦朧とした意識の淵に沈みかけながら、セフィロスは言った。
「約束……てくれ…」
「__判った」
そう、アンジールは言った。
「宝条博士には、知らせない」
アンジールの言葉に安堵したのか、セフィロスは目を閉じ、深い眠りに就いた。
食事の後片付けを済ませ、その後、2時間ほど、アンジールは起きていた。
そして、セフィロスの様子を見に行く。
暫く休めば、少しは落ち着くのではないかと思ったのだ。
セフィロスは、死んだように眠っていた。
相変わらず、身体は信じられないくらいに冷たい。
そして滑らかな肌は、死人のそれにように蒼白い。
アンジールは迷った。
宝条に知らせないでくれと、セフィロスはそこに酷く拘っていた。
理由は判らない。
ただ普段の会話の内容から、セフィロスが宝条を嫌っているらしいことは判っている。
だが宝条はセフィロスの医療担当だし、セフィロスには意外に子供っぽい面がある。
例えば宝条の作る食餌が不味いとか、そんな単純な理由で嫌っているだけかも知れない。
アンジールは迷った。
宝条には連絡しないと、約束したのだ。
約束を違えるのは、自分を信頼してくれた人に対する重大な罪だ。
だが、もしかしたら死んでしまうかもしれない程に体調の悪い者を放っておくのは、それ以上の罪だ。
アンジールは悩み、躊躇った。
そしてその末に、受話器を取り上げた。
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