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(5)
「乾杯」
アンジールとジェネシスがグラスを合わせるのを不思議そうに見てから、セフィロスもそれに倣う。
ワインを一口、口に含み、そしてまた不思議そうな表情をした。
「…これは葡萄ジュースじゃないのか?」
原料は一緒だ、と、ジェネシス。
「お前、もしかして酒は初めてか?」
「これは酒なのか?」
アンジールの問いに、逆にセフィロスは訊き返した。
そうだ、と、アンジールは頷く。
「初めてなら、無理して飲む事は無い」
「だが…良い香だな」
「そうだろう?そのワインは__嫌、ワインの薀蓄より、冷めないうちに食べよう」
そう、ジェネシスはセフィロスを促した。
テーブルの上では、牛すね肉のトマト煮込みが、美味そうに湯気を立てている。
セフィロスは左手でスプーンを取り、トマト煮を一口、口に入れる。
一瞬、動きの止まったセフィロスを、アンジールとジェネシスは瞬きもせずに見守った。
「…美味い。こんな美味いもの、食べた事が無い」
「……それは良かった」
ほっと胸を撫で下ろして、アンジールは言った。
「お前は美味いものを食い慣れてるだろうから、口に合うかどうか心配だった」
アンジールの言葉に、セフィロスは幽かに眉を顰めた。
「いつも喰わされている物なんて、宝条がラボで作るんだぞ?美味いわけ無いだろう」
「ラボで?」
思わず、アンジールは訊き返した。
「じゃああの、ソルジャー特別食みたいなやつか?」
ソルジャーは皆、低濃度の魔晄を一定期間、浴びせられる。
その結果、戦闘能力が格段にアップするのだが、耐性の無い者は精神崩壊を起し、廃人となってしまう。
耐性があってもソルジャーになったばかりの頃は心身の変調が激しい為、4週間の間は科学技術部門の管理下に置かれ、厳重に体調チェックをされると共に、食餌療法を行なう。
その時、用意されるのがソルジャー特別食で、高濃度プロテインや各種ビタミンを配合したドリンクが主だ。
各自の体調に合わせて全ての栄養素が過不足無く完璧に配合されているのだとされているが、味ははっきり言って、酷い。
「そんな名前が付いているかどうかは知らないが__これ、本当に美味いな」
「…お褒めに預かって光栄だ。サラダも行くか?」
言って、アンジールはポテトサラダをセフィロスの皿に取り分けた。
セフィロスはフォークでじゃが芋をつつき、これも美味いと呟く。
「アンジールのお手製じゃないが、こっちもいけるぞ」
言って、切り分けたバゲットを、ジェネシスは勧めた。
「いつかお前が並ぶ価値があると言っていた奴か?__確かに、美味いな」
ジェネシスとアンジールは顔を見合わせ、笑みを交わした。
セフィロスを外に連れ出すのが意外に大事だと判った時にはどうなる事かと思ったが、取りあえず、会食は成功のようだ。
その後は美味い料理とワインのアルコールのせいか、セフィロスの舌も普段より滑らかになった__ジェネシスの、思惑通りに。
「前から訊きたいと思ってたんだが、お前、どこでトレーニングしているんだ?ソルジャーのトレーニング・ルームでは見かけた事が無い」
「トレーニング?どうして今更」
アンジールの問いに、セフィロスは言った。
「初陣の前にモンスター退治のシミュレーションをやったし、マテリアの使い方も一通り覚えた。ウータイ軍は、大量の雑魚モンスターみたいなものだし」
「アンジールが訊いたのは、基礎トレーニングの事だろう。つまり、身体作りだ」
「基礎トレーニング?」
鸚鵡返しに、セフィロスは訊いた。
まるで、そんな言葉など生まれて初めて聞いたと言わんばかりの表情で。
セフィロスと話していると時々、会話の噛み合わない事がある。
そしてそういう時の正しい対処法は「受け流す」事だと、この半年の間にアンジールとジェネシスは学んでいた。
だがこの時、アンジールは受け流す事が出来なかった。
どうしても、訊きたかったからだ。
「それだけの身体を保つためには、人間工学に基づいたトレーニング・メニューがある筈だろう?専任のトレーナーでもいるのか?」
「それだけの…って。お前と余り変わらないだろう」
アンジールを見て、セフィロスは言った。
アンジールは笑う。
「確かに俺もソルジャーになりたての頃に比べればかなり鍛えたが…。だがお前のあの見事な身体には負ける」
「『あの』って、どういう意味だ?」
「あのポスターの、という意味だ」
正直に、アンジールは答えた。
セフィロスは眉を顰める。
「どのポスターだ」
「神羅兵・ソルジャー募集の……上半身、裸のやつだ」
そんな物、俺は知らない、とセフィロス。
ジェネシスは内心、肝を冷やしながら、平静を装って、ワイングラスを傾ける。
「もっと飲むか、セフィロス?」
言って、セフィロスのグラスをワインで満たす。
「いつの話だそれは」
「もう……半年くらい前かな」
「そんな写真、撮るのは身体測定の時だけだ。後で宝条に文句を言ってやる」
苛立たしげに言って、セフィロスはワインを煽った。
無茶な飲み方だな、とアンジールは思ったが、黙っていた。
ジェネシスと自分が駅に忍び込んで何をしたか、セフィロスに知られるのはまずい。
「子供の頃からずっと本社ビルに住んでるって、言ってたよな」
話題を変え、ジェネシスは言った。
極上の笑みを浮かべ、さも何でもない事のように話を続ける。
「任務以外で外に出ないんだったら、買い物とかはどうしてるんだ?通販か?」
買い物?と、鸚鵡返しにセフィロスは訊き返した。
「つまり、何か欲しいものがあったらどうするんだ?」
「…欲しいものは、プレジデントに言えば手に入る。と言うより、秘書が定期的に何か必要なものが無いか、訊きに来る」
「あんた、秘書がいるのか?」
執務室にはタークスしかいなかったと思いながら、ジェネシスは訊いた。
セフィロスは首を横に振る。
「プレジデントの秘書だ」
当たり前のように、セフィロスは答えた。
セフィロスは別格なのだと言っていたソルジャー統括の言葉を、ジェネシスは思い出す。
確かに、扱いは『別格』だ。
国家元首のような豪華な執務室を与えられ、私室への専用エレベータまである。
欲しいものは、望めば何でも手に入るのだろう。
だが、任務以外ではビルの外に出る事も無い、軟禁されているかのような生活。
しかも、それは子供の頃からずっとだ。
自分がいつ、どこで生まれたかも知らず、栄養素は完璧でも、お世辞にも美味いとは呼べない食餌を与えられ__
それで、セフィロスは幸せなのだろうか……?
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