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(4)
高層階専用エレベータは1階まで通じていないので、30階で降りて普通のエレベータに乗り換える。
週末の7時過ぎなので社内に余り人は残っていないようだったが、途中の階で一般社員が2人、乗り込んできた。
2人は最初、何かを話していたが、セフィロスに気付くと口を噤んだ。
唖然とした表情で、セフィロスを穴が開くほどに見つめる。
セフィロスはエレベータの奥の隅に立ち、俯き加減で視線を落としていた。
ジェネシスは2人の不躾な視線からセフィロスを護るように、間に立った。
2人は慌てて視線を逸らし、互いに顔を見合わせる。
「マジ?本物?」
「俺、入社して5年も経つけど、実物見るの初めてだ…」
1階でエレベータを降りると、2人がひそひそと話すのが背後から聞こえる。
セフィロスは余り機嫌が良さそうではなく、足早にエントランスホールを歩く。
夜間なので受付には受付嬢の代わりに警備員がいたが、その警備員もセフィロスに気付くと、呆けたように目を丸くした。
「…普段、引き篭もってばかりいるから、皆あんたを見慣れてないんだ」
「皆が俺を見飽きるまで、晒し者になれと?」
宥める積りでジェネシスは言ったが、セフィロスの機嫌は一層、悪くなっただけだった。
セフィロスがやはり帰るなどと言い出さなければ良いがと、ジェネシスは内心で思った。
タクシーはすぐに拾えた。
近くなのであまり良い顔はされなかったが、どうやら運転手はセフィロスに気付いていないようだ。
が、タクシーを降りてから振り向くと、運転手が驚いたような表情でこちらを見ている。
長い銀髪を靡かせた後姿で、セフィロスだと判ったのだろう。
注目されるのが嫌ならその髪は何とかすべきだろうとジェネシスは思ったが、口には出さなかった。
ジェネシスはセフィロスの美しい白銀の髪を愛しているのだ。
切るなど、とんでもない。
アンジールのマンションでは幸い、他の住人がエレベータに乗り合わせることも無く、無事にアンジールの部屋に辿り着いた。
ドアを開けると、室内には美味そうな料理の匂いが立ち込めている。
「……良い匂いだな」
少し、機嫌が直ったように、セフィロスは言った。
そういえば大分、腹が減ったと、ジェネシスは思った。
セフィロスもきっと空腹に違いない。
人間、空腹な時は不機嫌になりがちだ。
そして美味い料理は、人を満ち足りた気持ちにしてくれる。
「後、どのくらいで出来そうだ?」
セフィロスをソファに座らせ、キッチンにいるアンジールにジェネシスは訊いた。
「30分くらいだ。冷蔵庫に自家製のカッテージチーズが入ってるから、出来るまでクラッカーと一緒につまんでてくれ」
「カッテージチーズがあるなら白ワインも用意すれば良かったな。牛肉の煮込みにするって聞いたから、赤しか買ってない」
冷蔵庫を開けて、ジェネシスは言った。
「お前…。俺たちは未成年だぞ?」
「ワインの無い食事なんて食事とは呼べん__そっちのじゃが芋は何にするんだ?」
「ポテトサラダだ。今からマヨネーズを作る」
それは素敵だ、と、ジェネシスは言った。
クラッカーとカッテージチーズを器に盛り、セフィロスの前のテーブルに置くと、アンジールのポテトサラダは絶品なんだと説明する。
じゃが芋を皮付きのまま茹でてから皮を剥いてマッシュせずにスライスし、薄く切った胡瓜や水に晒した玉葱と共に自家製マヨネーズで和えるのだ。
「特に好き嫌いは無いと言っていたから牛すね肉のトマト煮込みにしたが、それで良いか、セフィロス?」
卵を割る手を休めて、アンジールは訊いた。
幽かに、ジェネシスが眉を顰める。
「何ですね肉なんか。もっと良い肉を使えば良かっただろう」
「柔らかく煮込めば、すね肉はかなり旨味が出る。煮込みにはこれが一番だ」
「まあ、確かに、お前の煮込み料理に外れはないからな…」
セフィロスはクラッカーにカッテージチーズを乗せて齧りながら、興味深そうにアンジールとジェネシスの会話に耳を傾ける。
「それにしてもマヨネーズはとも角、カッテージチーズまでわざわざ手作りか?」
無駄に気合が入っているな、と、笑ったジェネシスに、無駄じゃない、とアンジール。
「すね肉を柔らかく煮込むにはかなり時間がかかるが、カッテージチーズを作る時に出来るホエー(乳清)で煮ると、簡単に柔らかくなるんだ」
「さすが。安い材料で美味い料理を作るのが得意なお前らしいな」
「…それが、お前が自分で料理を作る理由なのか、アンジール?」
それまで黙っていたセフィロスが、アンジールに訊いた。
アンジールは泡だて器で卵を撹拌しながら、そんなところだと、答える。
「それに俺はバノーラの田舎育ちだからな。ミッドガルで出回っているような、科学調味料で味付けされた料理がどうも苦手だ」
「バノーラ?そこがお前の故郷なのか?」
「ああ。ジェネシスもだ。俺たちは、幼馴染なんだ」
「あんたはどこの出身なんだ?」
ボウルに少しずつ酢をたらし、マヨネーズ作りを手伝いながら、さりげなさを装ってジェネシスは訊いた。
セフィロスに個人的な事を訊くのがタブーなのは判っている。
だがそれを訊かなくては、セフィロスの理解者にはなれないのだ。
普段のセフィロスは執務室で戦闘服に身を包んだ英雄だが、今、こうして家庭的な料理の匂いの立ち込めている部屋にいるセフィロスは、自分たちと歳の近い、一人の青年だ。
「…さあ」
だが、セフィロスの答えは素っ気無かった。
訊くのが早すぎたかとジェネシスが思った時、セフィロスは続けた。
「自分がいつ、どこで生まれたのか、訊いてみた事は無い」
一瞬、アンジールの手が止まった。
が、すぐにまた撹拌を続ける。
この半年ほどの間、何度かセフィロスの執務室を訪れた。
セフィロスは余り話さないので、セフィロスに関して判った事は少ない。
が、セフィロスの知識が恐ろしく偏っているのと、自分が『普通』ではない、特別なのだと看做される事を嫌っているのは判った。
だからアンジールとジェネシスの2人は、セフィロスが何を言っても驚かないようにしていた。
正確に言えば、驚きを表に現さない、という意味だが。
セフィロスの生年月日も出身地も非公開だ。
だがまさか、本人も知らないとは思っていなかった。
「多分……ミッドガルなんじゃないか?」
「そうだな…」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは他人事のように言った。
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