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アンジールたちが次にセフィロスの執務室を訪れた時、ジェネシスはセブン・ブリッジをしながら最近、ミッドガルで評判のパン屋の事を話題にした。
どこだかの田舎から出てきた若夫婦が始めた店で、今では行列が出来るほどに繁盛しているという。
「俺も前、行ってみた事があるが、並ぶだけの価値はあった」
「…そうか」
カードから目を離さず、興味なさそうにセフィロスは言った。

一種の焦りを、ジェネシスは幽かに感じた。
セフィロスはもしかしたら、栄養が足りてさえいれば__或いは、腹がふくれさえすれば__食べるものなどどうでもいいという類の人間かも知れない。
尤も、そういう人間でも味覚が無い訳ではないから、美味いものを食べたいと言う欲求はある筈だ。

「実はアンジールは、結構、料理が得意なんだ」
ジェネシスの言葉に、セフィロスはアンジールを見た。
「料理?お前が作るのか?」
「ああ、まあ…な」
ジェネシスのみえみえの意図を感じ、ここまで持って回った誘い方をする必要があるのかと思いながらアンジールは言った。
「お前はソルジャーだろう。どうして料理なんか作るんだ?」
セフィロスの問いに、アンジールは一瞬、答えに詰まる。
「どうしてと言われても……自炊したほうが安上がりだし、健康にも良い」
「あんたはいつもどこで食べてるんだ、セフィロス?」
ジェネシスが訊くと、セフィロスは黙ったまま今、座っているソファの向かいに設えられたダイニング・セットを指差した。
「嫌、職務中の話じゃなくて…」
「ここでなければ、自分の部屋だ」
「自炊なんかは、勿論、しないんだろうな」
アンジールの言葉に、セフィロスは「しない」と、短く答えた。
もしかしたらセフィロスは、本当に食べるものに何の興味も無い人間かもしれない__そう、ジェネシスは危惧したが、ここで引く訳にも行かない。
「自分の部屋でって事はデリバリーか?俺もよく利用するが、あれは便利だな」
デリバリー?と、セフィロスは訊き返した。
「運ばれてくる、という意味なら、確かにそうだろうな…」

アンジールとジェネシスは、顔を見合わせた。
セフィロスと話していると、たまに会話の噛みあわない事がある。
お互い、相手の言っている事がよく判らないのだが、セフィロスはあまり気にしていないようだし、アンジールたちはセフィロスに個人的な事を訊くなと釘をさされているので、いつもうやむやで終わってしまう。

「そ…れでだな、アンジールは結構、料理が得意なんだが」
無理にでも話を元に戻そうと、ジェネシスは言った。
「良かったら、今度の週末にでも食べに来ないか?」
「何を?」
「何をって……だから、アンジールの手料理を」
セフィロスは何度か瞬いて、それからアンジールを見た。
「お前はソルジャーだろう。どうして料理なんか作るんだ?」
------話が振り出しに戻ってる……
ジェネシスはがっくりと肩を落とした。
が、ここでへこたれていては、セフィロスとの間の溝を埋めることなど、永遠に出来ない。
「今度の週末にでも、アンジールの手料理を食べに来ないか?そうすれば、どうしてアンジールが料理を作るのか、その理由(わけ)も判るだろう」
「……どこに?」
「アンジールの部屋に。最近、寮から引っ越したんだ」

必死になってセフィロスを誘うジェネシスと、ジェネシスの言葉に不思議そうな表情を見せているセフィロスを、アンジールは交互に見遣った。
アンジールの部屋にアンジールの手料理を食べに行く話なのに、誘っているのがジェネシスなのだから、奇妙と言えば奇妙だ。

「引っ越したって、どこに?」
「会社のすぐ近くだ。タクシーでワンメーター。歩いてでも行ける」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは幽かに表情を曇らせた。
「俺は……任務以外で此処を出た事が無い」
「勿論、今すぐにと言ってる訳じゃない。週末の夜だ」
あんたはどこに住んでいるんだ?__プライベートな質問はタブーだと判っていながら、ジェネシスは訊いた。
「…ここの67階だ」
そしてセフィロスの答えは、アンジールにもジェネシスにも意外だった。

神羅カンパニー本社ビルは、70階建ての高層ビルだ。
そして60階以上は重役室など一般社員の立ち入れないエリアになっていて、どこに何があるのか、社員でも詳しく知っているのは極一部の者だけだ。
セフィロスの執務室があるのは61階。
任務の時以外は、その執務室に篭もっている。
そして私室があるのが67階。
「任務以外で此処を出た事が無い」というセフィロスの言葉が、文字通りの意味である事に気付き、ジェネシスとアンジールは、思わず眉を顰めた。
「別に……出るのを禁じられている訳じゃないだろう?」
ジェネシスは言ったが、セフィロスは困ったように表情を曇らせた。
「…判らない。そんな事……考えた事も無い」
それから、セフィロスは視線を逸らす。
「考えた事が、無かった訳じゃない。一度だけ、出ようとした事はある。だがあの時はまだほんの子供で、ビル内で別の階に移動しただけだった」

すぐには何も言えず、アンジールもジェネシスも口を噤んでいた。
判ったのは、セフィロスが「ほんの子供」の頃から、この本社ビル内に住んでいた事。
タークスのJJは6年前からセフィロスが執務室に一人で篭もっていたと言っていたが、おそらくはその前から、セフィロスはこの本社ビルにいたのだ。
それが何を意味するのかは、判らないが。

「…許可が必要なら、取れば良い」
やがて、アンジールは言った。
「寮にいた頃は皆、外出許可なしにここの敷地外には出られなかったが、形式的なものだった。紙切れ一枚で済む」
「……そうなのか?」
セフィロスの問いに、アンジールは頷いた。
寮にいた頃は窮屈だったな、と、ジェネシス。
「寮を出さえすれば勤務時間以外にどこで何をしようと自由なのに、1stになってまでいつまでも寮にいたお前の気が知れない」
「…寮を出れば、自由なのか?」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは言った。
「起床・消灯時間。面会時間。外出許可__そんなものに縛られるのは、寮にいる間だけだ」
「……俺は寮には住んでいない」
独り言のように、セフィロスは言った。
「だったら、自由な筈だ」
一旦、伏せた目を上げ、セフィロスはジェネシスたちに向き直る。
そして、言った。
「今度の週末、お前の家に行くぞ、アンジール」






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