ニブルヘイム便り7
(5)
「今日と言う今日は絶対に許せん!!その小汚い首を斬りおとしてやる…!」
「今日という今日は絶対に許せねぇ!!その邪魔な羽根ごと叩き斬ってやる…!」
アンジールがダイニングに戻ると、意気投合していた筈の2人が、再び乱闘を始めていた。
「赤ん坊の為に父ちゃんがいた方が良いだろうと思ったけど、てめーなんかと結婚したらセフィが可哀想だ…!」
「貴様はただジェノバが怖いだけだろうが、この軟弱者…!」
「そもそもセフィがてめーみたいな無責任で軽薄なヤツのプロポーズを受ける筈も無い!」
「根拠も無く勝手な事をほざくな!」
「あのなあ、お前たち……」
軽い頭痛がするのを覚え、アンジールはこめかみを押さえた。
「もう喧嘩する必要は無いぞ。セフィロスは、妊娠なんかしていない」
「「アンジール…?」」
アンジールの言葉に、ジェネシスとザックスの2人は、同時にアンジールの方を見た。
どうやら話を聞いてくれそうだと、アンジールはほっとする。
「吐き気がしたのは、ズボンがきついのに食い過ぎたからってだけだ。最近、割とよく食ってたから、少し太っただけ__っていきなり何をする、ジェネシス…!?」
突然、咽喉元にレイピアを突きつけられ、驚いてアンジールは言った。
ジェネシスの目が据わっている。
「…俺の英雄がメタボだなんて、そんな事、絶対にありえない…」
「お…落ち着け、ジェネシス。ちょっと太っただけだから、運動すればすぐ元に__」
「ソレってさ、妊娠したせいで腹がでかくなったんじゃね?」
ザックスの言葉に、ジェネシスはレイピアを降ろした。
「…そうだな、そうに違いない。このままサイズの合わない服を着ていては、母体にも胎児にも悪影響を及ぼすだろう。明日にでもマタニティドレスを__」
「だから落ち着け、ジェネシス。俺も詳しい訳じゃないが、妊娠二ヶ月くらいじゃ、服がきつくなる程、子供は大きくない筈だ」
「そうか…そういう事か……」
愕然とした表情で、ジェネシスが呟いた。
「判ってくれたか…?」
「ああ…。セフィロスは遺伝子的にジェノバと同一体だからな。この星の人間と妊娠期間が同じとは限らない」
------は……?
「そっかー。かぐや姫みたいに、すぐに大きくなっちゃうんだな」
「そうなればのんびりはしていられない。すぐにプロポーズして、出産に間に合わせないと…」
納得気に言ったザックスの傍らで、ジェネシスが真剣な表情で呟く。
「嫌だから、吐き気がしたのはつわりでも何でもなくて__」
「明日なんて暢気な事は言っていられない。今からでも街に出て、すぐに指輪を…」
「アンタなんかに、セフィは渡さない」
部屋を出て行こうとしたジェネシスを遮って、ザックスが言った。
2人とも、アンジールの発言は完全無視だ。
「セフィロスが自分のものであるかのような口を利くな、駄犬が…!」
「二ヶ月前の晩、セフィを護ってやれなかったのはオレの責任だ。だからオレは、何があってもセフィとお腹の子を護る…!」
「…吐き気はつわりじゃなかったし、もちろん妊娠なんかしていな__」
「貴様なんかにお義母様との仲介を頼んだ俺が馬鹿だった。まず邪魔な貴様を斬り捨て、それから自分でお義母様を説得する」
「言葉も通じないクセに?」
鼻で哂ったザックスに、ぶちっと派手な音を立てて、ジェネシスの何かがキレる。
「くたばれ、駄犬…!」
「させるか、馬鹿リンゴ…!」
「2人とも、止めろ……!!」
顔面ファイガ覚悟でジェネシスとザックスの間に割って入ったアンジール。
が、何故か何も起きない。
不審に思って目を開けると、ジェネシスとザックスはいつの間にか剣をしまい、笑顔を浮かべている。
「セフィ。もう起きて大丈夫なのか?」
「セフィロス、良いところへ…。話したい事があったんだ」
アンジールが振り向くと、素肌にナイトガウンを纏っただけの姿のセフィロスが立っていた。
手には、さっきまではいていたズボンを持っている。
「ボタンが取れてしまったんだ。つけておいてくれないか?」
「あ?ああ…。それは構わないが__」
「セフィ、もう部屋に戻って休んでた方が良いぜ。大事な時期なんだから…」
アンジールの言葉を遮り、セフィロスに1歩、歩み寄ってザックスが言った。
ジェネシスも、真剣な表情のままセフィロスに歩み寄る。
「その前に大切な話がある。部屋に戻る前に、これだけは聞いて__」
「馬鹿リンゴ野郎の話なんて、聞く必要ないぜ、セフィ」
ザックスの言葉に、ジェネシスとザックスの間に、再び険悪な空気が立ち込める。
アンジールは、再び頭痛を覚え、こめかみを押さえた。
セフィロスは、ジェネシスの方を見る。
「大切な話とは、何だ?」
ドクリと大きく心臓が脈打つのを、ジェネシスは感じた。
あまたの女性たちと愉しんで来たゲームのような関係ならば、幾らでも口説き文句が口をついて出たものだ。
だが今セフィロスとまっすぐに向かい合うと、咽喉がつかえるようで言葉が出てこない。
女性の姿に擬態していればまだしも、今のセフィロスは同性の友人であり、子供の頃から憧れた英雄であり、一時はライバル意識を燃やした相手でもあるのだ。
そこには単なる友情以上の複雑な想いがあり、今までの関係を変える事はジェネシス自身に取っても重大な変化となる。
そう思うと、軽々しい気持ちでプロポーズなど、とても出来ない。
だが、言わなければならないのだ。
セフィロスとお腹の子を護る為には、これが最良の方法なのだ……
改めてそう思い、意を決して、口を開く。
「……セフィロス、聞いてくれ。俺は子供の頃からずっと__」
「子供の父親には、アンジールがなるから心配しなくて良いぜ!」
ジェネシスの言葉を遮って、ザックスが明るく言った。
「子供の父親……?」
不思議そうに訊き返したセフィロスと対照的に、アンジールは固まった。
「ちょ…っと待て、ザックス。どうして俺が__」
「赤ん坊を一緒に育ててやろうって、約束しただろ?」
「…それは…」
詰問するようにザックスに言われ、アンジールは口篭った。
ここで否定などしようものなら、裏切り者呼ばわりされそうだ。
「あんな軽薄で無責任な馬鹿リンゴ野郎より、アンジールの方がずっと良いって。セフィのオフクロさんだって、アンジールの方を気に入ってるし」
ザックスの言葉に、ものすごい眼でジェネシスがアンジールを睨む。
明らかに、本気の殺気がこもっている。
「い…嫌、ちょっと待ってくれ、ザックス。確かに育児を手伝う約束はしたが、俺に取ってセフィロスはあくまで友人であって、け…結婚とかそんな__」
「はあ?結婚?」
思わず赤面してどもったアンジールの言葉を、妙に醒めた口調でザックスが遮る。
「よく考えたらさ、別に赤ん坊の父親になるのに、セフィと結婚する必要なんて無いじゃん?養子にすれば良いだけの話だし」
「………」
何も言えず、アンジールは口を噤んだ。
「それこそ軽率な発想だ、馬鹿犬。セフィロスの子供の父親になるのに相応しいのは、誰よりもセフィロスを愛している者だ」
「口先で『愛してる』って言うだけなら、誰にだって出来るぜ。毎日、セフィの為に食事を作ったり掃除や洗濯したりモンスターの世話をしてるのは誰だと思ってるんだ?」
「っ…」
ザックスの言葉に反論できず、ジェネシスは口篭った。
「…どういう事なんだ?俺とアンジールが結婚…?」
幽かに眉を顰め、不審そうな表情でセフィロスが訊いた。
アンジールは、思わずブンブンと首を横に振る。
「アンジール。お前まさか…」
「違う…!頼むから、みんな落ち着いて聞いてく__」
「女だったのか?」
アンジールの言葉を遮り、おっとりとセフィロスが訊く。
------は……?
余りに予想外の問いに、アンジールはリアクションも取れずに固まった。
「へえ…そうだったんだ。確かにアンジールって、母ちゃんみたいだもんな」
------はい……?
ザックスの言葉に、更に固まるアンジール。
そのアンジールの肩に、ポンとザックスが手を置いた。
「気にしなくても大丈夫だって。ヒゲの生える女って、結構いるもんらしいぜ?」
「………」
最早何も言えないアンジールの前で、ザックスはニパっと明るく笑う。
それから、深刻な表情に変わった。
「女だったんなら、セフィの赤ん坊の父親になるのは無理だよな…」
「だからそれは俺がなると言っているだろうが…!」
考え込む表情で呟くザックスに、怒鳴るジェネシス。
その傍らで、セフィロスが不思議そうに小首を傾げる。
「お前たち、どうして赤ん坊の事を知っているんだ…?」
「「「……!!」」」
セフィロスの言葉に、3人は一斉に凍りついた。
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