ニブルヘイム便り7

(6)


「この事は、俺と母しか知らない筈なのに…」
幾分か困惑したような表情で、セフィロスが言った。
「…隠す必要なんて無いんだぞ、セフィロス?」
「そうだよ、セフィ。オレたち皆、協力するからさ」

------嘘…だろう……?

セフィロスに労わるような言葉をかけるジェネシスとザックスの傍らで、何も言えずにアンジールは固まった。
「協力…?」
「ああ、そうだ。俺が、子供の父親になる」
訊き返したセフィロスに、真剣な表情でジェネシスが言った。
「どうして、父親なんて必要になるんだ?」
尚も訊き返したセフィロスに、ジェネシスはハッとした表情になる。
セフィロスは、母親に対しては思慕の念を抱いていたものの、『碌でもない人間』だと聞かされていた父親に関しては、その存在を求める事すら無かったのだ。
今も、セフィロスに取って『親』となる存在はジェノバだけだ。
「……済まない、セフィロス。俺が、軽率だった」
「…そうだよな。父ちゃんがいなくたって、幸せになれないなんて事は無いもんな」
しんみりとした表情で、ジェネシスとザックスが言う。
それから、ザックスはニパっと笑った。
「とにかく、オレもアンジールも赤ん坊の世話を手伝うからさ。セフィは何にも心配しなくて大丈夫だぜ?」
「俺も、出来るだけの援助はする」
ザックスに続き、ジェネシスが言った。
アンジールは、固まったままだ。
「…別に、世話を手伝ってもらう必要は無い」
「「セフィ」ロス…」
「赤ん坊は、母の為の存在だ。お前たちには関係ない」

セフィロスの言葉に、ジェネシスとザックスは思わず顔を見合わせた。
そんな風に言われるとは思っていなかったのだ。

「セフィ……やっぱり、二ヶ月前の事、怒ってるんだ…」
「…確かにあの時の事は、許してくれなどとはとても言えないが__」
いきなりザックスに斬り付けられ、ジェネシスは途中で言葉を切った。
「てめぇ、やっぱりセフィに手を出してたんだな…!」
「違う!俺が言いたかったのは、見も知らぬ男にセフィロスが穢されるような状況を作ってしまって済まなかったという事だ」
「俺が穢されるとは、どういう意味だ?」
「それは……」
セフィロスに訊かれ、ジェネシスは口篭った。
あの夜の事は、セフィロスに取って思い出したくない位に不愉快な出来事だろう。
子供に父親が要らないと言ったのも、そのせいかも知れない。
ならば、騒ぎ立てれば騒ぎ立てるだけ、セフィロスを傷つける事になる。
「…済まない、セフィロス。あれはもう、済んだ事だ。忘れよう……」
「何、無責任な事、言ってやがるんだ、この馬鹿リンゴ!」
「貴様こそキャンキャン喚くな。それがセフィロスを傷つける事になるのが判らないのか?」
「……!」
ジェネシスの言葉に、ザックスは幽かに唇を噛み、視線を落とす。
そしてその2人を、セフィロスは不思議そうに見遣っていた。
「……本当に…赤ん坊が……?」
どんより沈んで口を噤んだジェネシスとザックスに代わって、漸く口が利ける状態になったアンジールが言った。
「ああ。母の望みだから」
「そう…か。ジェノバはもう、知っているんだな……」
「知っているも何も、母が望んだ事だ」
「そう…だったのか……」

複雑な心境で、アンジールは言った。
セフィロスが妊娠したなどと知ればジェノバは怒るだろうと思っていたが、少なくとも子供を産む事には賛成のようだ。
ジェノバが反対すればセフィロスは子供を中絶するだろうから、その悲劇が避けられたのは喜ぶべきなのかも知れない。
が、今まで同性の友人として付き合ってきた相手が妊娠し、今後は女性として生きていく事になるのだと思うと、俄かには受け入れ難い。
普通の人間とは違うのだと判っていても、そして本人の口からその事を聞かされても、どうにも信じられない。
だがこれは事実なのだ。
ならば、受け入れるしかない。

「……セフィロス。二ヶ月前の事でお前がジェネシス達に腹を立てる気持ちも判るし、探しに行ってやらなかった俺にも非はあるが、その罪滅ぼしの意味も含めて、育児を手伝わせてくれないか?」
改めてセフィロスに向き直り、そう、アンジールは言った。
ジェネシスとザックスは、固唾を呑んでセフィロスの答えを待つ。
セフィロスは、不審そうに幽かに眉を顰めた。
「だから赤ん坊は母の為だと言っているのに、どうしてお前たちが関わりたがるんだ?」
セフィロスの言葉に、アンジールはすぐには何も言えなかった。
ここまで拒絶されるとは、思っていなかったのだ。
「……余計なお節介だと思うかも知れないが、俺たちはこの屋敷で一緒に暮らしてきたし、これからもずっと一緒に暮らしていく、いわば家族みたいなものだろう?だからお前の赤ん坊も、俺達の家族なんだ」
僅かな沈黙の後、そう、アンジールは言った。
「家族…?」と、鸚鵡返しにセフィロスが訊く。
「ああ、家族だ。お前ほどでは無いが、俺もジェネシスもジェノバ細胞をこの身に宿している。だから__」

途中で、アンジールは言葉を切った。
それから、改めて続ける。

「大切なのは、遺伝子の繋がりよりも、想いだ」
ジェネシスの言葉を思い出し、アンジールは言った。
「ザックスも含めて、俺たちはここで寝食を共にして来たし、これからもずっと一緒に暮らすんだ。互いに助け合って、何かあれば一緒に解決する。つまり、家族と同じだ」
ザックスも、という言葉に、ジェネシスは不満そうな表情を見せたが、何も言わなかった。
セフィロスは暫く口を噤んでいたが、やがて、「そうか」と呟く。
「…俺には家族がいなかったから、今、母と一緒に暮らせるようになってとても良かったと思っている。それに、お前たちとも一緒にいられて良かった」
「じゃあ…二ヶ月前の事、許してくれるのか?」
ジェネシスの問いに、セフィロスは不思議そうに相手を見た。
「許す…とは、どういう意味だ?」
「…騙す積りは無かったが、あんたに酒を飲ませて酔い潰させてしまった。そのせいで…不愉快な事に……」
「何が『不愉快な事』なんだ?」

セフィロスに訊き返され、ジェネシスは困惑気な表情でアンジールを見た。
まさかとは思うが、セフィロスは妊娠とそれに先立つ行為の因果関係を知らないのかも知れない。
幾らなんでもそれは無い__とは、セフィロスの場合、言い切れない。
何しろセフィロスの世間知らず振りは、何年も付き合いのあるアンジール達でも、未だに驚くレベルなのだ。

「…覚えていないなら、良いんだ。過ぎた事より、これからの事を考えよう」
「俺は覚えていないが、母が全てを知っている」
「「「……!!」」」
ジェネシスの言葉に、おっとりとセフィロスが言った。
その言葉に、アンジール達は一斉に凍りつく。
「知っている…って、どういう事だ…?」
「あの夜、俺の帰りが遅かったから、心配した母が飛行能力のあるモンスター達を鳥に擬態させて、俺を探しに街に行かせたんだ」
「それで…探し出せたのか?」
アンジールの問いに、セフィロスは頷いた。
「だから母は俺を迎えに行こうとしたが、お前が止めるし俺はもう眠ってしまっていたので、連れて帰るのは諦めて、モンスター達を護衛に残したんだそうだ」
「そうだったのか…」

その時の事を思い出し、アンジールは深い溜息と共に言った。
改めて、ジェノバの母としての愛の深さに感動する。
が。

「モンスターが護衛に付いていたなら、何も無かった筈じゃないか…?」
「何も、とは?」
「だからつまり…お前の身に危険な事とか、不愉快な事とか、何も無かった…んだよな?」
「当然だ」と、セフィロス。
「もしそんな事があれば、モンスターは擬態を解いて危険を排除しただろう。それに、母はモンスター達から報告を受けているが、危険など無かったそうだ」
セフィロスの言葉に、アンジール、ジェネシス、ザックスは、互いに顔を見合わせた。
「…何も無かったなら、どうして赤ん坊が…?」
「だから、それは母の望みだと言っただろう。赤ん坊が見たいと、母が言うから」
「セフィロス、そうだったのか…」
満面の笑みを浮かべ、ジェネシスが言った。
そして芝居がかった仕草で両腕を広げてセフィロスに歩み寄り、恭しく跪く。
「要するにあの夜の事も俺達の仲も、お義母様公認という訳なんだな」
「てめぇ、やっぱりセフィに手を出してやがったんだな…!」
ジェネシスはセフィロスの手を取ろうとしたが、ザックスが2人の間に割って入る。
「ジェネシス、お前…自分はやってないと言ってなかったか?」
「お義母様公認ならば、話は別だ。あの夜、危険な事や不愉快な事は何も起きなかった。起きたのは、悦ばしい出来事だけだ」

得意げな表情で言うジェネシスに、アンジールは頭痛を覚えた。
たとえジェノバが認めたとしても、セフィロス本人に自覚が無いのだ。
そんな事、許されて良い筈が無い。
それに何より、ジェノバが認めたとは、とても信じられない。
少年の姿のセフィロスにジェネシスが恋をして、思い余って抱きつこうとした時など、ジェノバが間髪を入れずにブリザガを放ったほどなのだ。
となればそれ以上の行為を、許す筈が無い。
「オレ…オフクロさんに確かめてくる」
「ザックス、落ち着け。まずは冷静に__」

途中で、アンジールは言葉を切った。
セフィロスの姿に、ふと違和感を覚えたのだ。
セフィロスが身に纏っているのは特注のナイトガウンで、踝のあたりまでの丈がある筈だ。
が、今見ると、雪のように白い脚が、脹脛の下あたりまで露出している。
裾だけでなく、袖も短い。

「セフィロス…もしかして、お前……」
口論を始めたジェネシスとザックスを放置して、アンジールはセフィロスに歩み寄った。
改めてよく見ると、明らかにいつもより上に視線がある。
「いつもよりでかくないか…?」
アンジールの言葉に、ジェネシスとザックスも、口論を止めてセフィロスの方を見た。
「セフィってすげえな。まだ成長期だったんだ」
「そう…なのか…?」
ザックスとジェネシスの言葉に、セフィロスは自分の姿を見た。
それから、おっとりと口を開く。
「…サイズを間違えた」
「「「……はあ!?」」」
セフィロスの言葉に、3人は一斉に訊き返す。
「擬態から元の姿に戻る時に、大きさを間違えたんだな…。どうりで服がきつい訳だ」
「やっぱり、太ってなんかいなかったんだな」
安堵の表情を浮かべ、ジェネシスは言った。
が、その顔はすぐに曇る。
「だが…サイズが変わったのは、妊娠したからじゃ無いのか…?」
「妊娠?誰が?」
訊き返したセフィロスに、ジェネシス達3人は再び顔を見合わせた。
それから、ジェネシスが考え込む顔つきになる。
「今日、はいていたズボンの丈が短かったのも、シャツの袖が短かったのも単にそのせいか…」
「お前、気付いていたのか?」

ジェネシスの言葉に、アンジールは訊いた。
アンジールがセフィロスを眼にするのは大概、座っている姿なのでアンジールは気付かなかったのだが、ファッションにうるさいジェネシスが気付かない筈は無かった。

「ジェネシス、気付いていたならどうして先にそれを__」
「だけどセフィ、お袋さんがセフィの赤ん坊を見たがってるって言わなかったか?」
アンジールの言葉を遮って、ザックスが訊いた。
セフィロスは頷く。
「俺が赤ん坊だった頃の姿を見たいと言うから、赤ん坊に擬態していたんだ」
「「「……擬態……!?」」」
「赤ん坊の姿だと戦闘能力が無くて危険だから、その姿は母と2人きりでいる時だけにしろと言われていたんだが……」
僅かに躊躇ってから、セフィロスは続けた。
「お前たちがどうしてもその姿を見たいと言うなら、母を説得してみる」
踵を返しかけたセフィロスは、立ち止まって振り向くと、幽かに微笑って付け加えた。
「お前たちも、家族だから」



セフィロスは一旦、部屋に戻り、ほどなく赤ん坊を抱いたジェノバが姿を現した。
赤ん坊は安らかな表情で眠っていて、銀色の髪と長い睫毛にセフィロスの面影がある。
肌は真珠のように白く銀の髪は艶やかで、まるで生きた宝石のようだ。
「可愛いー♪超可愛いー♪」
「珠のように美しいとはまさしくこの事だな…」
「そうだな…」
ジェノバのしなやかな腕の中で眠るセフィロスも、慈愛に満ちた微笑を浮かべるジェノバも絵のように美しく、見ている者まで幸福になるようだ。
「やっぱ、赤ん坊って良いよなー。ほっぺとかすべすべで何もかもちっちゃくて可愛いし」
「この上なく無垢で清らかな、女神の贈り物だ…」
ザックスとジェネシスの言葉に、アンジールは頷いた。
「こうやって見ていると、何だか子供が欲しくなるな…」
「じゃあ、結婚すれば?」
アンジールの言葉に、ザックスは言った。
「結婚…て、そんなに簡単に__」
「大丈夫。オレが良いお婿さん、見つけてやるから」

ニパっと笑っうザックスに、アンジールは全身の力が抜けるように感じた。
セフィロスが妊娠したという誤解は解けたが、別の誤解が__信じられない事に__まだ残っていたのだ。

「アンジールって料理はすっごく上手だし掃除も洗濯もばっちりだし。少しくらい身体がゴツくてヒゲが生えてても、嫁に貰ってくれる人はきっといるって」
「……あのなあ……」
こめかみを押さえたアンジールに、ジェネシスがくすりと笑う。
「お前は基本的に母親似だから、髭を剃って化粧をすれば、案外、美人かもな」
「ジェネシス。お前まで何を__」
「じゃあオレ、知り合いのおばちゃんに頼んで良い人、紹介して貰ってやるよ♪」
「………」
余りのアホらしさに、反論も出来ず、アンジールは口を噤んだ。
その姿を見て、ジェネシスが続ける。
「残念だが俺では花嫁の付き添いにはなれないからな。結婚式の時にはセフィロスに女性に擬態してもらうんだな」
「ケド、付き添いのほうが美人じゃ花嫁が可哀想じゃん?あんたが女装するくらいが丁度良いと思うけど」
「…どういう意味だ」
「引き立て役には丁度良いっていう意味だ」
「……お前たち……」

再び険悪な雰囲気になったジェネシスとザックスを、こめかみを押さえながらアンジールが窘めた。
が、アンジールの予想に反して、2人とも剣は抜かなかった。

「本っっっ当に可愛いなー♪」
「ああ…。見ているだけで、魂が浄化されるかのようだ」
赤ん坊の姿のセフィロスに向き直り、穏やかな笑みを浮かべてザックスとジェネシスは言った。
優しく赤ん坊をあやすジェノバの美しい姿と、安らかに眠るセフィロスの無垢な寝顔を見ていると、気持ちが和み、心が癒される。
暫くセフィロスがこの姿のままでいてくれれば、ジェネシスとザックスの喧嘩も無くなるだろうと、アンジールは内心で思った。
そして、『家族』みんなで一緒に暮らせて本当に良かったと、心から思う。
「オレも、ちょっとだけ、抱いてみたいなー」
「まだ首が据わっていないから、止めておいた方が良い」
「見ているだけで充分だろう。これ以上、何を望む事がある?」
「ああ…そうだな」
「本当に、可愛いな…」
「ああ…。文字通り、女神の贈り物だ…」
アンジール、ジェネシス、ザックスの3人は、いつまでも飽かずに赤ん坊を眺めていた。
神羅屋敷の夜は、今日も穏やかに更けてゆく__








この話は、ある方のご懐妊のお祝いとして書きました。
Mさま、おめでとうございます\(^o^)/

蛇足的補足ですが、セフィがよく食べるようになったのは、ただ単にアンジーに勧められたからです。
「Picture Window」の時もそうでしたが、セフィは食欲中枢が未発達なので、満腹・空腹の感覚が余り無く、勧められれて味が気に入っていれば、限界まで食べてしまいます。
この『事件』の後はジェネのチェックが入るようになったので、元の少食に戻ります(^_^;)
ちなみにジェノバがセフィの子供の頃や赤ん坊の頃の姿を見たがるのは、どんな子供だったのか気になるのと、その頃から側にいてやりたかったという願望を満たす為です。



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