ニブルヘイム便り7

(4)


その日の夜。
「やっぱさ、『子供って良いな』ってセフィに思わせるのが一番だよな」
「珍しく意見が合ったな。セフィロスが子供を欲しがれば、俺のプロポーズも受けやすくなるだろうし」
指輪を買いに行こうとしたジェネシスを何とか止めたアンジールは、セフィロスの部屋にリゾットと温野菜サラダの夕食を運んで、大人しく休んでいるように説得した。
無論、セフィロス以外の3人で、今後の事を話し合う為だ。
「そういやこの前、スラムの知り合いに赤ん坊が生まれたって、エアリスが言ってたな。たくさん写メ撮って、送ってもらおう♪」
「マタニティ・ドレスも用意しなくてはな。セフィロスはモノトーンが好みだから、探すのが難しそうだ…」
「嫌…その前に__」
「妊婦は精神的に不安定になりやすくなるって言うから、明るい色の方が良いんじゃね?」
「まあ、確かに…ホルモン・バランスの変化が精神に影響を及ぼすらしいからな。華やかなドレスで気を紛らわせてやったほうが良いかもしれない」
夕食のシーフード・リゾットをつつきながら、ジェネシスは言った。
ザックスとアンジールの分は、リゾットではとても足りないのでドリアにしてある。
そのドリアの3杯目をおかわりしながら、ザックスは満面の笑みを浮かべる。
「子供部屋にはうんとカッコ良い壁紙を貼ろうぜvオレんち貧乏だったからさ。そういう子供部屋って憧れだったな」
「壁紙の選定は早すぎるだろう。まだ男か女かも判っていないのに…。だが今の内に子供部屋を用意しておくのは良いかも知れないな」
「嫌だから、子供部屋とか何とか言う以前に__」
「可愛いベビーベッドとかおしゃれなベビー服とか用意すればさ、セフィもきっと気持ちが盛り上がるぜv」
「そうだな。だが…結婚してから妊娠したのだと思わせるのが大前提だからな。そこは慎重になる必要がある」

大前提はそこじゃないだろう__言いたかったが、アンジールは口を噤んだ。
昼間、あれだけの乱闘を繰り広げたと言うのに、今のジェネシスとザックスはすっかり意気投合している。
そしてそういう時の2人は、大抵、アンジールの言葉には耳を貸さない。

「結婚してからって…何で?」
「酔った弾みの事故で妊娠したなどとなれば、セフィロスが傷つくだろう?」
「そうだよな…。責任逃れする積りかと思ってたケド、あんた意外に良い奴だな」
「俺は子供の頃からずっと、セフィロスの事を大切に思ってきた。その気持ちは、永遠に変わらない」
「ジェネシス…」

珍しく、ザックスがジェネシスを名で呼んだ。
どうやら、ジェネシスの言葉に感動したらしい。
ジェネシス自身、幾分か恍惚とした表情で、自分の言葉に感動して酔っているのが判る。
非常に口を挟み難い状況だ。

「……せっかく盛り上がっているところ、済まないが……」
「赤ん坊の名前、考えておいた方が良いよな」
「そうだな…。セフィロスの子に相応しく、優雅で格調高い名前を考えなければ」
「まだセフィロスが本当に妊娠していると決まった訳じゃ__」
「男の子かなー。女の子かなー。なんかすっげぇワクワクしてきた♪」
「いずれにしろ、珠のように美しい子が生まれるだろうな。俺も楽しみだ」
頼むから、俺の話を聞け__内心で、アンジールは言った。
「そうなると、ぐずぐずしてはいられないな。プロポーズをOKして貰わない事には、話が先に進まない」
「アンタが本当にセフィの事を大切に想ってるって判ったから、オレも応援するぜ」
「嫌…応援は良いが、その前にまず__」
「そうなると…まずはお義母様に話を通すべきだろうな。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という諺もあるくらいだし」
「お袋さんには、オレから話してやろっか?」
「そうして貰えると助かる。俺では言葉が通じないからな」
「よっしゃ。任せとけ!」
「嫌だから、ちょっと待てザックス…!」

勢い良く部屋を出て行こうとしたザックスを、アンジールは引き止めた。
いきなり話が核心に迫ってしまったのだ。
ここは、何としてでも止めなければならない。

「お前たち、セフィロスが赤ん坊を産む前提で話を進めてるが、それをジェノバがどう思うのか、ちゃんと考えたのか?」
アンジールの言葉に、ジェネシスとザックスは口を噤んだ。
顔を見合わせ、それから表情を曇らせる。
「…セフィロスは素直な性格だからな。周囲がおめでたムードを盛り上げれば、その気になって子供を産む決意もしてくれるだろうが、ジェノバは……」
「お袋さん、まだあんなに若いもんな。孫は早すぎるって思うかも…」
「そういう問題じゃない」と、アンジール。
「そもそもどんな状況でセフィロスが妊娠したかジェノバが知れば、どうなると思っているんだ?」
すっと、ジェネシスとザックスの顔が蒼褪める。
花の咲き乱れる楽園のようなお祝いムードから、一転、ブリザードの吹き荒れる氷原へと転落したかのようだ。
「「……確実に、殺される……」」
仲良くハモって、ジェネシスとザックスは言った。



「起きていて大丈夫なのか?」
どんより暗く沈んだジェネシスとザックスをダイニングに残し、アンジールは食器を下げにセフィロスの部屋に行った。
セフィロスはソファにジェノバと向かい合って座って、カードゲームに興じている。
セフィロスは頷く。
「さっきも言った通り、もう吐き気もしないし大丈夫だ」
そう答えたセフィロスが胃の辺りに手をやったのを見て、アンジールは眉を顰める。
「…どうした。腹でも痛むのか?」
「そうじゃないが、ただ……」
まさか自分で妊娠に気付いていて、子供を気遣ったのか…?__一瞬、そんな疑問がアンジールの脳裏を掠める。
だがすぐにブンブンと首を横に振って、その考えを否定した。
ジェネシスもザックスも、話を飛躍させすぎだ。
2人の熱意と言うか勢いに思わずつられてしまったが、冷静に考えれば妊娠の可能性など、限りなく無に等しい筈だ。
「ただ…どうした?」
思い切って、アンジールはセフィロスを促した。
「何だか…少し服がきつい気がする」
------は…?
セフィロスの言葉に、アンジールは内心で訊き返した。
「特に何か食べると、胃の辺りが苦しくなる」
「もしかして…昼間の吐き気はそのせいか?」
アンジールの問いに、セフィロスは「そうかもな」と、おっとり答えた。
「そう…か。ハハ……そうだよな…」

全身からがっくりと力が抜けるのを感じながら、アンジールは言った。
そもそもたった一度、吐き気がしただけなのだ。
二ヶ月前の事があるとしても、それだけであそこまで騒ぐジェネシスとザックスは、話を飛躍させすぎだ。
しかも二ヶ月前の夜、実際に何かが起きたのかどうかも判らないのに…だ。
だがその騒ぎも、これで収まるだろう__安堵の溜息を長々と吐いてから、アンジールは口元に笑みを浮かべ、改めてセフィロスを見る。
顔のラインは相変わらずシャープで特に太ったようには見えないが、そう言われて見れば、シャツの肩から胸のあたりがきつそうだ。

「最近、割と良く食ってたからな。だが心配する事は無い。ちょっと運動すれば、すぐに元に戻るだろう」
「…そうか?」
何となく不思議そうな表情をしているセフィロスに、「ああ」とアンジールは答えた。
「明日から俺と一緒にトレーニングしような」
アンジールの言葉に、セフィロスはただ頷いた。






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