ニブルヘイム便り7

(2)


「大丈夫…か?」
アンジールがセフィロスの部屋に行くと、セフィロスはベッドに横たわり、その傍らにジェノバが付き添っていた。
アンジールの姿を見るとセフィロスは起きようとしたが、ジェノバがそれを止める。
「もう、吐き気も収まったし何とも無い。だが母が…このまま休んでいろと言うから」
「お袋さんの言う通り、暫く休んでた方が良いだろう」
ジェノバはたおやかな手で、幼子にするようにセフィロスの髪を優しく撫でる。
ジェノバもセフィロスと同じ左利きだったのだと、その時、アンジールは気付いた。
長い睫毛に縁取られた切れ長の大きな目と言い、わずかに口角の上がった口元と言い、2人はとても良く似ている。
性別の差こそあるものの、まるで一卵性の双子のようだ。
それもその筈、セフィロスは遺伝子的にはジェノバと同一体なのだ。
だからと言って妊娠までするとは思えない__と言うより思いたくない__が、ジェノバには人間にはない様々な能力が備わっている。
その能力の一部はアンジールとジェネシスにもあるが、セフィロスはジェノバの全ての能力を受け継いでいるのだ。
普通の人間にならばあり得ない事でも、あり得るのかも知れない……

「……二ヶ月前の話なんだが…な」
幾分か躊躇ってから、アンジールは言った。
「お前たち3人とも酔い潰れてどうやってホテルに行ったのかも覚えていないって言ってたが……本当に、何も覚えていないのか?」
アンジールの問いに、セフィロスは横たわったまま頷いた。
「夕食の後、バーに行ったところまでは覚えているが、気がついたら次の日の昼だった」
「……そうか」
考え込むような表情になったアンジールに、セフィロスが幽かに眉を顰める。
「どうして今頃、そんな事を?あの時のことなら反省しているし__」
「いや、良いんだ。小言を言いたい訳じゃない。それにザックスの話では、お前はジュースだと偽ってカクテルを飲まされたんだろう?悪いのはジェネシスだ。お前じゃない」
「…それでも母にとても心配をさせてしまって、後悔している」
ジェノバを見、セフィロスは言った。
ジェノバは優しく微笑み、セフィロスの手を軽く撫でる。
「子供や女性の姿に擬態している時には多少、戦闘能力が落ちるから、そういう姿で外出する時には十二分に気をつけろと、あの時、母に言われた」
「あの後すぐ元の姿に戻ったのは、それが原因だったのか?」
アンジールの問いに、「ああ」とセフィロスは短く答えた。
「別にレストランやバーに敵がいる訳でも無いのに、心配しすぎだとは思うが…」
「親に取っては、子供は幾つになっても子供なんだ。俺のお袋が、そう言ってた」
亡きジリアンを思い出し、幽かに胸が痛むのを、アンジールは覚えた。
そして夕食には何か軽い物を用意するから、それまで安静にしていろと言って、セフィロスの部屋を出た。



「セフィは?」
次にアンジールが向かったのは、ザックスの部屋だ。
ジェネシスと一緒にしておくとまた喧嘩になるので、引き離してある。
「もう、大丈夫だそうだ。ジェノバが付いてるし、心配は要らないと思うが…」
言ってから、アンジールは溜息を吐いた。
さっきのセフィロスの吐き気が単に食べ過ぎによるものなら何の心配もいらないが、ザックスの言うようにつわりだとしたら、心配どころの騒ぎでは無くなる。
「なあ、アンジール。子供が生まれたら、俺とアンジールで育ててやろうな?」
「ちょ…っと待て、ザックス」
「セフィは不器用だし、お袋さんも赤ん坊のおしめを換えるとか無理そうだしな。オレも赤ん坊の世話なんてした事ないケド、出来るだけ頑張るから」
「いやだから、ちょっと待てザックス。まだ赤ん坊が生まれると決まった訳じゃ__」
「アンジール」
突然、ザックスの表情が険しくなる。
「まさか堕ろせとかヒドイ事、言うんじゃないだろうな?確かにあんな馬鹿リンゴ野郎が父親じゃ可哀想だけど、殺すのなんてもっと可哀想だ」
「いや……その意見には、俺も賛成だが__」
「やっぱり!?アンジール、大好きだ〜♪」
いきなりがしっと抱きつかれ、アンジールは思わずよろける。
「セフィの赤ちゃんなら、きっとすっげー可愛いに決まってるv今から楽しみだよな♪」
「楽しみ…?」
唖然として、アンジールは訊き返した。
ザックスはニパっと笑う。
「アンネローゼに赤ちゃんが生まれた時も、すっごく可愛くてさ。オレ、1匹欲しいくらいだったケド、うちじゃ飼えないって母ちゃんに言われて」

アンネローゼは、ゴンガガの金持ちの家で飼われていた猫の名だ。
そしてザックスは、純白の毛並みに翡翠色の瞳をしたその猫とセフィロスのイメージをダブらせている。
軽い頭痛に、アンジールはこめかみを押さえた。

「あのなあ、ザックス。もしもセフィロスに赤ん坊が出来たら、猫の仔を育てるような訳には行かないんだぞ?」
「判ってる。だからオレとアンジールで協力して、出来るだけセフィを助けてやろうって言ったんだ」
再び真顔に戻って、ザックスは言った。
「一番、大変なのはセフィなんだからさ。せめて周りが明るく盛り上げてかないと。マタニティー・ブルーとか、そういうので凹んだりしたら可哀想じゃん」
「…よくマタニティー・ブルーなんて知ってたな」
「酔ったはずみで出来た子供だなんて事になれば、セフィは傷つくだろ?思いつめて、中絶しようとするかも知れない。そんな事になったら、セフィも赤ん坊も可哀想過ぎる」
「…ザックス…」
ただの能天気だと思っていたが、そんな事まで考えていたのかと、アンジールは軽い感動を覚えた。
「だからさ、経緯はともかく、赤ん坊を授かったのは良いことだってセフィが思えるように、オレ達でフォローしてやろうな」
「ああ…。そうだな」
静かに、アンジールは言った。
それから、眉間に縦皺を寄せる。
「一つだけ、確認しておきたいんだが……あの夜、本当にセフィロスとジェネシスの間に何かあったのか?」
「記憶が飛んでるから確かにとは言えないケド、オレが目を覚ました時、セフィも馬鹿リンゴ野郎も真っ裸だったんだ」
「……しかし、ジェネシスはいつも裸で寝る習慣だからな」
見た訳では無いが、『眠る時に身につけるのはシャ○ルのエゴイストだけ』だといつぞやジェネシスが言っていたのを、アンジールは覚えている。
「…オレ、何があってもセフィを護る積りだったのに…酔っ払って眠りこけてたなんて、自分が許せない…」

深刻な表情で、ザックスは言った。
握り締めた拳が、幽かに震える。

「あの頃、馬鹿リンゴ野郎がセフィに恋をして、さかりのついたオス猫みたいになってたの判ってたのに、どうしてセフィを護ってやれなかったんだ…!」
「ザックス……」
他に言うべき言葉が見つからず、アンジールはただ相手の名を呼んだ。
ザックスは口惜しそうに唇を噛んで俯き、それから顔を上げてアンジールをまっすぐに見る。
「セフィと赤ん坊を幸せにする為だったら、オレは何だってやる。それが、セフィを護ってやれなかったオレの、せめてもの罪滅ぼしだ」
「…そんなに自分を責める事は無い。だがセフィロスと赤ん坊の為になら、俺も全力を尽くす」
「やっぱりアンジール、大好きだ」
笑って言ったザックスに、アンジールも笑みを返した。






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