ニブルヘイム便り6

(4)



1時間が過ぎ、2時間が経った。
とうに消灯時間は過ぎ、テントの外はしんと静まり返っている。
そしてテントの中も。
「……済みません……」
「別に、謝る必要は無い」
1ゲーム終わるごとに__クラウドの全敗だった__クラウドが謝り、謝る必要は無いとセフィロスが言う。
それ以外は、何の物音も無く静まり返っていた。
初めクラウドはその静けさが気詰まりで仕方なかったが、時間が経つにつれ、疑問を感じずにはいられなかった。
一体、自分は何の為にここにいるのか…と。
最初、これは前戯のようなもので、何度かゲームをしたらベッドに誘われるのだと思っていた。
が、いつになってもセフィロスは黙々とオセロを続けるだけだ。

------我々神羅軍は、英雄の無聊を慰める役割の者を提供する事にした

改めて、上官の言葉を思い出す。
無聊を慰めるとは、暇潰しの相手をするという意味だ__文字通りの意味ならば。
まさか自分がとんでもない勘違いをしているだけで、本当に今回の任務は、眠れずにいるセフィロスの暇潰しの相手をするだけなのだろうか……?
そう思うと、恥ずかしさに顔が赤くなる。
が、そんな筈は無いと、クラウドは思った。
単なる暇潰しの相手に過ぎないなら、事前にシャワーを浴びろだとか新しい軍服に着替えろなんて言われる訳が無い。
それだけなら単に英雄に対する礼儀かも知れないが、下着まで新しくする必要はない筈だ。
それにゲームの相手をするだけなら秘密にする必要は無いし、何より一昨日の晩、別の兵士が相手に選ばれている。
その時の話は聞き取れなかったが、同僚たちの反応からして、単なる暇潰しの相手だったとは到底、思えない。
だとしたら……
クラウドは、盗み見るようにしてセフィロスを見た。
セフィロスは幾分か伏目がちに、オセロのボードを見つめている。
びっくりするくらいに睫毛が長い。
すっと目を上げてセフィロスがこちらを見、クラウドは慌てて眼を逸らした。
勘違いで無いとしたら、理由は一つだ。
自分がベッドに誘われないのは、セフィロスの好みでは無いから……
そう思うと、情けなくなる。
上官の口ぶりからして、自分を選んだのは神羅の将校で、セフィロスの指名では無かった。
セフィロスとは会った事も無かったのだから、当然だ。
それでもすぐに追い返さずゲームの相手をさせているのはセフィロスの優しさなのかも知れないが、セフィロスは内心、失望しているのだろう。

そう思った時、クラウドは自分がセフィロスの相手をするのは決して嫌ではないのだと気付いた。
屈辱だと思っていたのは権力ずくで道具のように扱われる事に対してであって、セフィロスの相手をする事自体は嫌では無い。
むしろセフィロスに額に触れられた時、もっと触れていて欲しいと思ったくらいだ。
その時の感触を思い出すと、再び心臓が騒ぎ出す。

「お前……本当に大丈夫か?」
「…え?」
「耳まで真っ赤だぞ」
セフィロスの言葉に、クラウドは更に頬が熱くなるのを感じた。
だが、自分にはセフィロスの食指が動かないのだと思うと、情け無いやら悲しいやらでどうしたら良いのか判らなくなる。
「…俺、セフィロスさんを満足させろって命じられてるんです…」
半ば混乱しながら、殆ど無意識の内にクラウドは言った。
「俺なんかじゃ役不足かも知れませんけど、一昨日の兵士がしたのと同じ事、俺だって出来ます…!」
言ってしまってから、クラウドは後悔した。
が、もうこうなってしまっては引っ込みがつかない。
「だが…お前は初めてだと言っていたろう?」
わずかに首を傾げて、不思議そうにセフィロスが訊いた。
ドクンと、クラウドの心臓が大きく跳ねる。
初めてだと言ったから、可哀想だと思ってセフィロスは何もせずにいるのかも知れない。
だとすれば、自分が好みで無いから手を出さずにいる訳では無いのだ。
「あ…あの、下手だと思われるのが嫌で嘘を吐きました。本当は…初めてじゃないんです。だから……どうか俺に気を遣わないで下さい…」
思い切って言ったクラウドを、セフィロスは黙ったまま見つめた。
ゆっくりと瞬き、それから口を開く。
「初めてで無いのなら、ルールは知っているな?」
「ルール……?は、はい……」
英雄の命令には絶対服従だという上官の言葉を思い出し、クラウドは言った。
英雄の命令に服従し、満足させ、眠りに就くまで相手をする__それが、『ルール』だ。
「だが、定跡は判るのか?」
「定跡…?」

鸚鵡返しに、クラウドは訊いた。
上官はそんな事は何も言っていなかったが、もしかして四十八手とか、そういうモノの事を言っているのだろうか…?
思春期の少年なので、クラウドもその手の事に興味はある。
興味はあるが、恥ずかしくて自分ではその手の本は買えないし、友達がいないから貸りて回し読みする事も出来なかった。
ミッドガルで兵士になってからも似たようなもので、同室の兵士たちの話をそしらぬ顔して聞くのがせいぜいだ。
それにしても…と、クラウドは思った。
いきなりそんな、マニアックな事を要求されるとは思っていなかったのだ。
が、何を要求されても、必ずそれに応じろという上官の言葉は、こういう事を意味していたのかも知れない…

「どうなんだ?」
クラウドが答えないので、もう一度、セフィロスは訊いた。
「す…済みません、判りません…。でもあの、教えて頂ければどんな事でも……」
無我夢中で、クラウドは言った。
自分が今夜、ここにいるのは、単なる欲求処理の相手でもなければ、ただの暇潰しの相手でも無い。
死の匂いの中に身を置きながら戦う事も出来ずにいるセフィロスの苛立ちと無念を鎮め、安らかな眠りに導くのが任務なのだ。
そうであるならば、自分の身がどうなろうと、責務を果たさなければならない__
そんな使命感と、憧れの英雄の為ならばどんな事でもしてあげたいという切実な気持ちと共に、クラウドはまっすぐに相手を見つめた。
セフィロスは長く美しい指を組み、その上にほっそりした顎を乗せて、クラウドを見た。
「一昨日の兵士は『はい』しか言わなかったが、中々のチェスの名手だった」
それに比べて、と、セフィロスは続けた。
「お前はオセロですら俺に勝てないのに、本当にチェスが出来るのか?」
「……チェス……?」
再び鸚鵡返しに、クラウドは訊いた。
「そうだ。今、チェスの話をしていたのだろう?」
「……はい……」
絶望を贈られた気持ちになりながら、他に何も言えず、クラウドは答えた。
ここまで来れば、明らかに何かが食い違っているのは明白だ。
「いずれにしろ…今日は俺も眠くなった。それを片付けて、帰って良い」
「……はい……」



翌日、クラウドは自分の2日前にセフィロスの相手を務めた兵士を探し出し、人目のつかない所に連れ出した。
「3日前の夜の事なんだけど…」
「え?__ああ…お前も相手を命じられたのか」
クラウドの顔を見て、その兵士は言った。
一見、女と見まごうような綺麗な顔をしていて年齢もクラウドと同じくらい、要するにクラウドと同じタイプだ。
「……チェスが得意なんだってね」
「ああ…。まあ、な。お前は、何をしたんだ?」
「…オセロ」
「オセロ…か」
「………」
「………」
二人は互いの顔を見、それから同時に溜息を吐いた。
「……何か周りが勝手に誤解しちゃってさ。違うって言っても全然、信じてくれないから、否定するのも馬鹿らしくなって…」
やがて、その兵士はぼやいた。
「俺さ、チェスの全国大会で準決勝まで行った事があるんだ。だけど、あの人には全然、勝てなかった」
「…そうなんだ」
「だから、あの人は色々な面で人並み外れてるって言ったんだけど、それが変に誤解されて…」
こっちも似たようなものだと、クラウドは言った。
テントに戻った後、待ち構えていた同僚たちにしつこく詮索され、初めは他言無用の命令を盾に黙っていたが、それでも諦めない彼らの執念に負けて、セフィロスがとても優しかった事と雑誌などの写真で見るより更に美しかった事、それに薔薇のような良い匂いがしていた事を話した。
そしてその結果、ありえない位にうざったく羨ましがられてしまい、昨夜は一睡も出来なかったのだ。
「……結局、何だったんだろう、あの任務」
「……さあ……」
二人は再び互いの顔を見、そしてまた同時に溜息を吐いた。






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