ニブルヘイム便り6

(5)



「…ラウド、ク・ラ・ウ・ド。お前、大丈夫か?」
「__え…?」
クラウドを回想から現実に引き戻したのはザックスだった。
クラウドが長い回想に浸っている間に、時は昼近くになっていたのだ。
「顔が紅いな。熱でもあるんじゃないか?」
ザックスの傍らで、心配そうに言ったのはアンジールだ。
クラウドは、思わず目を伏せた。
が、すぐにまた顔を上げた。
ザックスもアンジールも、その側で不機嫌そうにしているジェネシスも、傷だらけなのに気付いたからだ。
「その怪我…俺より、みんな大丈夫なんですか?」
クラウドの問いに、アンジールは苦笑した。
その日はザックスとジェネシスの喧嘩がエスカレートしてしまい、止めようとしたアンジールも含めて大乱闘になったのだ。
そしてその乱闘のすぐ側で、クラウドは回想に浸って紅くなっていた。
「とにかく、ジェネシスとザックスは今日はおやつ抜きだ」
「えー、そんなあ…」
「フン…」
アンジールの言葉に、ザックスは情け無い声を出し、ジェネシスはつんとそっぽを向く。
「とにかく、誰かセフィロスを起してきてくれ。もうそろそろ昼だ」
「オレが行く♪」
「それならば、俺が」
再び同時にザックスとジェネシスが言い、そして再び同時に相手を睨む。
その姿に、アンジールは溜息を吐いた。
「お前たちじゃ駄目だ__クラウド。悪いがセフィロスを起してきてくれないか?」
「え…?」

アンジールの言葉に、クラウドは硬直した。
セフィロスの指のひんやりした感触と、薔薇の甘い香が脳裏に蘇る。

「…クラウド、何でさっきから紅くなってんだ?」
「さては貴様、セフィロスの寝込みを襲おうとか不埒な事を考えているな」
ザックスとジェネシスの言葉に、クラウドはぶんぶんと首を横に振った。
いい加減にしろとアンジールがジェネシスを窘めた時、2階からセフィロスが降りて来た。
「やっと起きてきたか…。どうした。昨夜も眠れなかったのか?」
アンジールの問いに、セフィロスは頷いた。
「寝付けなかったから、母の所に行って旅の話を聞かせてもらっていた。そうしたら話が長くなって、朝まで終わらなくて……」
何しろジェノバは何万年もかけて宇宙の闇を旅してきたのだ。
話も長くなるだろうと一同、内心で思う。
「毎日、ろくに動かないから寝付けないんだろう。俺と一緒にトレーニングでもするか?」
そう、アンジールがセフィロスに訊いた。

アンジールは早朝トレーニングの他に、家中の掃除やらモンスターの世話やらで忙しく動いているし、ザックスとジェネシスは毎日派手に喧嘩しているが、セフィロスはジェノバとのんびり座っているだけだ。
ACCやDFFの撮影も終わった今、運動らしい運動は全くしていない。

「セフィって、もしかして不眠症なのか?」
そう、ザックスがセフィロスに訊いた。
セフィロスはさあ…と、考える顔つきになる。
「普段は眠れなくなる事は無いが…。昔、ウータイ遠征に行った時、前線で寝付けなくなって困った事があったな」
セフィロスの言葉に、クラウドは心臓がドクリと脈打つのを覚えた。
あの時の事を、セフィロスは覚えていたのだ。
「へえ。で、どうしたんだ?」
「その事を作戦会議で少し、親しくなった神羅軍の将校に話したら、無聊を慰める役割を果たす者を提供しようと言われた」
ザックスの問いに、おっとりとセフィロスは答えた。
その言葉に、アンジールとジェネシスの表情が変わったのを、クラウドは視界の端で捉えた。
「それで夜、俺のテントに若い兵士が来て、相手を__」
「ちょっと待て、セフィロス。それはつまり、伽をさせた…という意味か?」

畳み掛けるように、ジェネシスが訊く。
クラウドは居たたまれない気持ちになって俯いた。

「そうとも言うだろうな」
「そうとも言うって…」
半ば怒り、半ば泣きそうな顔になって、ジェネシスがセフィロスに詰め寄る。
「あんたは神羅の英雄だぞ?その英雄が、前線で一般兵なんかに相手をさせたって言うのか?」
「…いけないか?」
不思議そうな表情で、おっとりとセフィロスは訊き返した。
ジェネシスはブチキレ寸前だ。
「いけないか…だと!?いくら前線だからって、英雄には護るべき威厳と品位いうものがあるだろうが…!」
「落ち着け、ジェネシス。セフィロスは多分、ただ__」
「その相手は誰だ!?」
宥めようとしたアンジールを無視して、ジェネシスは言った。
マズイ__クラウドは思った。
これ以上、この場にいたら、非常にマズイ事になるのは明白だ。
あの時だって、どれほど説明しても周囲は勝手な誤解を解かなかった。
そもそも神羅の将校の方は、その手の相手をさせる積りで兵士を送り込んだのだから、周囲が誤解するのも無理は無い。
「名前までは知らないが…チェスの得意な少年だったな」
幾分か遠い目をして、セフィロスは言った。
「2日後の夜に来たのは、チョコボみたいな少年だった」
「「「……チョコボ?」」」
アンジール、ジェネシス、ザックスが同時に言い、3人の視線が一斉にクラウドに注がれた。
その視線に絡め取られたように、クラウドは動けなくなる。
特にジェネシスは、視線で人を殺すというメデューサさながらにこちらを睨んでいる。
「もしかして、ソレってクラウドだったんじゃね?」
「た…他人の空似だ」
ザックスに問われ、思わず言ったクラウドを、セフィロスはしげしげと見つめた。

あの夜の感覚が戻って来たように心臓が騒ぐのを、クラウドは覚えた。
あれから何年も経っていて、自分はもう初心な少年ではないし、セフィロスとの関係も変わっている。
が、それでも、密かにセフィロスに憧れているのは変わっていなかった。
あの遠征の時に初めてセフィロスの戦う姿を目の当たりにし、その強さに感動したのを今でもはっきりと覚えている。
セフィロスの強さは雑誌などの記事に書かれている以上で、直に目にしていてさえ信じられない程だった。
そしてその強さ以上にクラウドが感動したのは、セフィロスが戦う姿の美しさだった。
セフィロスの身のこなしは軽く、動きに無駄が無く、美しい白銀の髪を靡かせて戦う姿は、華麗と言っても過言では無かった。
報道されているセフィロスの戦果が誇張だろうと言っていた兵士など、感動と畏敬の念の余り、涙を流したほどだ。
「さあ…余り良く覚えていないな」
が、そんなクラウドの胸の内も知らず、あっさりとセフィロスは言った。
「チョコボみたいな頭が気になって、顔はほとんど見ていなかったから」

------なんだって…?

思わず、内心でクラウドは呻いた。
あの時、セフィロスは自分の顔が紅いのを見て、熱でもあるのかと気遣ってくれた筈だ。
ひんやりした指の感触は、今でもはっきり覚えている。
それなのに、顔は見ていなかった?しかもその理由が、チョコボ頭が気になったから…!?
「……そのチョコボに、何をさせたんだ?」
急に冷静になって、ジェネシスがセフィロスに訊いた。
伽には色々な意味があるのだと、今更ながら思い出したのだ。
と言うより、相手がチョコボでは艶めいた想像はしにくい。
「オセロだ」
「オセロだけ…か?」
「ああ。そのチョコボは、チェスもセブンブリッジも出来なかったから」

------チョコボじゃない…!

言いたいのを、クラウドはぐっとこらえた。
「そのチョコボ、けっこうお馬鹿なヤツだったんだな」
言って、ザックスが明るく笑う。

------お前に言われたくない!

再び、言いたいのをクラウドはぐっとこらえた。
あの夜、セフィロスの相手をしたのはどこかのチョコボ頭であって、自分ではないのだ。
「それにしても…どうして前線で寝付けなかったんだ?」
訊いたのはアンジールだ。
「神羅の将軍と意見が合わなくて、作戦行動が取れずにいたんだ。何も出来ずに前線にいたせいで、眠れなくなった」
「あんたの意見に反対するなんて、非常識な奴だな」
セフィロスの言葉に、ジェネシスがむっとした表情で言った。
そう言うな、と、アンジールが宥める。
「神羅軍には神羅軍の方針があるからな。ソルジャーと意見が合わないのはよくある事だったろう?」
「作戦そのものは、問題なかった」
アンジールの言葉に、セフィロスが言った。
「じゃあ…何で揉めてたんだ?」
「コードネームだ」
「コードネーム?」
鸚鵡返しに、アンジールが訊き返す。
セフィロスは頷いた。
「作戦のコードネームを『蒼い稲妻』にしようと、神羅の将軍が言い出して…」
「『蒼い稲妻』……?」
「何それ、だっせー」
訊き返したアンジールの隣で、ザックスが言った。
「そうだろう?だから俺は反対したし、神羅の将校たちも反対だったのに、将軍がどうしてもと言い張って…」

------は……?

思わず、クラウドは自分の耳を疑った。
あの夜セフィロスは、物憂げな表情で、作戦行動に移れない事を嘆いていた。
そしてセフィロスと神羅の将軍の意見が分かれたせいで、戦況は膠着状態が続いたのだ。
その理由が、作戦のコードネーム……?
身体から力が抜けるように、クラウドは感じた。
セフィロスが前線に到着してから作戦行動が開始されるまでの、あの閉塞感と苛立ちは何だったんだ…?

「んで、結局どうなったんだ?」
そう、ザックスが訊いた。
「結局、コードネームは『銀の稲妻』になった」
「『銀の稲妻』…?」
訊き返したアンジールに、セフィロスは頷く。
「神羅の将軍が言うには、俺に最大限の敬意を表してその名に変えたんだそうだ」
「でもさ。稲妻が銀なんて、ワケわかんないぜ?」
「俺もそう思う。だが最大限の敬意を表したと言われてはな…。それに、その時点で前線に1週間もいたから、いい加減、飽きたんだ」

------飽きた…!?

セフィロスとザックスのやり取りに、再びクラウドは心中で喚いた。
あの夜、死の匂いがどうのとか言っていたのは何だったんだ?
あの時のあんたは哀しそうに見えたから、俺は決死の覚悟で相手をしようと思ったのに…
俺の純情を返せ…!__内心で、クラウドは叫んだ。
あの時は神羅軍側が勝手にセフィロスの意図を誤解していただけなのだが、それでもあの時の自分の無垢さと純真さが可哀想になる。
情けないやら悔しいやらで握り締めた拳をぷるぷる震わせていたクラウドを、セフィロスがじっと見る。
それから口を開き、おっとりと言う。
「思い出した。あの時のチョコボ、やっぱりお前だ」
「……あんたなんか大っ嫌いだ……!」
思いっきり叫ぶと、クラウドは神羅屋敷から駆け出した。
「クラウド…!そんな風に走ったら、モンスター達が驚いて__」
「クラウド、すげーな。モンスター達に懐かれてる」
慌てて止めに走り出るアンジールと、それを笑って見送るザックス。
「……懐いているのか、あれ」
「…さあ」
僅かに眉を顰めて言うジェネシスと、おっとりと首を傾げるセフィロス。
庭からは興奮したモンスター達の咆哮と、アンジールとクラウドの怒鳴り声とも叫び声ともつかない声が聞こえる。

「…ところで、昼食はまだか?」
外の騒ぎを軽く無視して、セフィロスが言った。
「オレも腹、減ったー」
「…だがアンジールがあれではな。たまには外食でもするか」
窓から外を眺めながら、そうジェネシスが呟く。
「やったー。ジェネシスの奢りな♪」
「誰が貴様になど奢るか__それよりセフィロス。今日はどんな姿に擬態するんだ?」
「そうだな…」
「何、セフィのコスプレが見れんの?」
屋敷の外では「殺したら駄目だ、クラウド!」「だけどこいつら凶暴すぎる…!」などの怒号が飛び交う。
「コスプレじゃない、この駄犬が」
「オレ、メイドとかナース姿が見たいな〜vそれかチャイナドレス♪」
「黙れ馬鹿犬!いくら擬態でも、セフィロスにメイドやナースの格好をさせろだと?__だが、チャイナは俺も賛成だ」
「チャイナ…?」
外で飛び交う「攻撃するな!逃げろ!」「数が多すぎて無理だ…!」という悲痛な叫びを無視して、おっとりとセフィロスが訊き返す。
「こういう時の為にカタログを用意してある。俺の部屋に行こう」
上機嫌でセフィロスを誘うジェネシスと、嬉しそうに見えない尻尾を振るザックス。
半ば不思議そうな、半ば好奇心に満ちた表情でジェネシスの後に続くセフィロス。
「セフィロス…!こいつらを何とか__ぐああぁああっ!」
「アンジール……!!」
庭の騒ぎを軽く無視して、神羅屋敷の一日は、その日もまったりと過ぎて行った。








このシリーズ、ザックスは結構出てますが、クラウドの出番が少ないので出してみたら、こうなりました(^_^;)
今回も、犠牲者はアンジールです。
どうでも良い補足ですが、クラウドは前の日、実家に泊まってます。
(このシリーズではニブル焼き討ちは起きていません)


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