ニブルヘイム便り5

(3)



……は……?
文字通り、アンジールは固まった。
今、何と言った…?
いや、俺の聞き間違いで無いなら、むしろ言わないでくれ。
このまま何事も無かったかのように、この場をやり過ごさせてくれ……!
「……貴様…」
アンジールの必死の願いも虚しく、怒りのオーラに包まれてジェネシスがレイピアの柄に手を掛ける。
「崇高な芸術を、そんな下卑た言葉で汚すな…!」
「えー。だってコレ、ACのリリース時にネットとかで話題になったやつじゃねえの?」
今にも斬りかからんばかりのジェネシスに、あっけらかんとザックスは言った。
その態度に、ジェネシスはブチキレ寸前だ。

が、今はそれよりもジェノバだと、アンジールは思った。
セフィロス自身は多分、気にしないだろうが、ジェノバがもし気分を害したら、メテオを呼ぶどころの騒ぎでは済まなくなるかも知れない……
恐る恐る視線を転じたアンジールの眼に映ったのは、間近に見つめ合うセフィロスとジェノバの姿だった。
2人ともこちらから見ると横顔で、長い前髪に隠されて表情が窺えない。
が、声も無く何かを話し合っているらしいのは感じ取れる。
……まずい……
本能的に、アンジールは危険を察した。

------今のあれは何なの?
------仕方ないよ、母さん。人間は愚かしい生き物なんだから
------いいえ、赦せないわ

そんな会話が、アンジールの脳内に木霊する。

------こんな愚かしい人間なんて、滅ぼしてしまいましょう
------そうだね、母さん

「駄目だ!それだけは絶対に駄目だ…!」
思わず声を荒げたアンジールに、ジェネシス、ザックス、セフィロス、ジェノバ、それにモンスター達も注目する。
「……やはり駄目…か?」
幾分か控えめに訊いたセフィロスに、アンジールはぶんぶんと思い切り首を振った。
「駄目に決まってるだろう。頼むから、それだけは思いとどまってくれ」
「だが…」

困惑気な表情で、セフィロスは傍らのジェノバを見た。
ジェノバは、凍りつくような眼差しで、アンジールを見返す。
背筋が寒くなるのを、アンジールは覚えた。
やはりジェノバは、人間とは相容れない存在なのか……

「……どういう事なんだ、アンジール?」
事情が判らず、幽かに眉を顰めてジェネシスが訊いた。
「何とかして2人を__セフィロスとジェノバを止めるんだ。さもないと、大変な事になる」
「だから一体、どういう__」
「別に良いじゃん」
重ねて訊こうとしたジェネシスを遮って、ザックスが言った。
「オレはオフクロさんの気持ち、判るけどな」
「ザックス、お前……」

唖然として、アンジールはかつての後輩を見つめた。
ザックスにジェノバの『言葉』が判るのは不思議だと、ジェネシスだけでなくアンジールも思っていた。
今までは、その理由を深く考えた事も無かった。
ジェネシスは不快がっているが、アンジールは別に問題は無いと思っていたのだ。
だが今、人類を殲滅しようとしているジェノバに理解を示したザックスの姿に、謎は解けた。
ザックスは、ジェノバに洗脳されているのだ……

「……どうしたんだ、アンジール?」
幽かに青褪め、口を噤んだ幼馴染に、ジェネシスは改めて声を掛けた。
ごくりと、アンジールは唾を飲み込む。
「オレは別に良いと思うケドな、セフィ」
「そうか?アンジールは、反対らしいが…」
戸惑っているようなセフィロスに、ザックスは明るく笑う。
「オレもオフクロさんの立場だったら、おんなじ事、考えると思うぜ?」
「…そういうものなのか?」
自信なさげに、セフィロスは訊いた。
幼い頃から閉鎖的な環境で特別扱いされて育ったセフィロスは、人と感覚がずれている所がある。
アンジールにそれを指摘されるまで、ズレていること自体、気づかなかった程だ。
「そういうモンさ。だってオフクロさんは、セフィのこと、すっげぇ可愛がってるし」

ザックスの言葉に、セフィロスはジェノバを見、嬉しそうに微笑った。
ジェノバも、慈愛に満ちた眼差しでセフィロスを見つめ、優しく微笑む。
その光景はとても美しいが、美しいからこそ恐ろしいのだと、アンジールは思った。

「アンジール?」
幾分か苛立たしげに、ジェネシスは再び幼馴染の名を呼んだ。
アンジールは別室にジェネシスを連れ出して事情を説明する事を考えたが、思いとどまった。
席を外している間に、人類滅亡のカウントダウンが始まってしまったら、取り返しのつかない事になる。
説明は後でするから、とに角、今はセフィロスを止めるぞ__そう、ジェネシスに言って、アンジールは改めてセフィロスに向き直った。
セフィロスは人と感覚がずれているし、キレればメテオを呼ぶような真似もするが、本来は素直な性格で、思いやりもある。
ここは何とかセフィロスを説得し、ジェノバの怒りを鎮めるしかない……

「セフィロス。俺もお前のお袋さんの気持ちが判らない訳じゃ無いが…」
ジェノバを刺激すまいと、できるだけ穏やかに、アンジールは言った。
「行動を起こす前に、それがどんな結果をもたらす事になるのか、考えてみてくれないか?」
「アンジール…」
相手の名を呼んで、セフィロスは何度か瞬いた。
「…お前が止めるのも理解できる。だが母が……」
「何で止めんのさ、アンジール。オレだって一緒に行きたいくらいなのに」
ザックスの言葉に、アンジールは再び眉を顰めた。
加担する積りだとは、やはり洗脳されている証拠だ。
一体いつの間に、こうまで見事に洗脳されてしまったのか……
それに気づく事も、止める事も出来なかった自分の不甲斐なさに、アンジールは憤りを覚えた。
だが今はザックスの洗脳を解く事より、セフィロスを説得する方が先決だ。
「頼むから、セフィロス。お前からお袋さんを説得して、そんな真似は止めさせてくれ」
「止めなくたって良いじゃん。オレも__」
「お前は黙っていろ、ザックス。俺は今、セフィロスと話しているんだ」

口を挟もうとしたザックスの言葉を、アンジールは遮った。
その険しい口調に、部屋の空気が張り詰める。
そしてその空気に反応し、モンスター達がざわりと蠢く。
冷たい汗が背筋を伝って落ちるのを、アンジールは感じた。







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