ニブルヘイム便り5

(4)



「……判った」
やがて、小さく溜息を吐いて、セフィロスが言った。
「お前がそこまで言うなら、今回は止めておこう」
幾分か残念そうに、セフィロスは続けた。
「お前には、いつも世話になっているし、余り迷惑もかけられない」
セフィロスの言葉に、身体から力が抜けるように、アンジールは感じた。
だがまだ安心は出来ない。
セフィロスは、『今回は』と言ったのだ。
「…出来れば今回だけでなく、その考え自体を捨ててくれると有難いが…な」
アンジールの言葉に、セフィロスはジェノバを見た。
それから、首を横に振る。
「それは無理だ。いつか必ず引き合わせたいと母も言っているし、俺も母の友人には会ってみたい」

……は……?

予想と微妙__と言うか、かなり__異なる言葉に、アンジールは固まった。
「オレだって、会ってみたい」
ぼそりと、ザックスがぼやいた。
黙っていろとアンジールに叱られたので、少々、拗ねている。
「何の……話だ…?」
軽いコンフュを感じながら、アンジールはセフィロスに訊いた。
「今、話しただろう?」
「……お前を、お前のお袋さんの友人に引き合わせる…と?」
頷いて、セフィロスは続けた。
「少し、遠いから行けばすぐには帰って来れない。その間、モンスター達の世話をお前に任せきりになってしまうからな」
その間も何も、普段から俺に全面的に押し付けてるのはどこのどいつだ?__言いたいのを、アンジールはぐっとこらえた。
「…別に構わないだろう、アンジール。そんなに必死になって止める理由が判らないぞ?」
蚊帳の外に置かれたせいで、むっすりと不機嫌そうにジェネシスが言った。
「そうだよ、アンジール。モンスターの世話くらい、オレだって手伝うのに」

追い討ちを掛けるように、ザックスが言った。
こちらも不機嫌だ。
その上更に、ジェノバが凍るような眼差しで、冷たくアンジールを見据える。
とどめとばかりに、普段はアンジールから餌を貰っているモンスター達まで、攻撃的な視線をアンジールに向けた。

「お前がそんな心の狭い男だとは思わなかった」
「そうだよ。アンジールのケチ」
「い…いや、俺は……」
ジェネシス、ザックスの2人に責められ、アンジールは口ごもった。
ジェネシスに至っては、「いつからジェノバの『言葉』が判るようになったんだ、この裏切り者」と言わんばかりに、アンジールを睨んでいる。
「わ…判った。モンスター達は俺がちゃんと世話しておくから、安心して行って来てくれ」
仕方なく、アンジールは言った。
「良いのか?」
「ああ、勿論だ。止めたりして、悪かった」
訊き返したセフィロスに、アンジールは素直に謝った。
アンジールにはセフィロスとジェノバの『会話』が判る訳ではなく、ただの思い込みだったのだから謝るしか無い。
「俺も同行して良いか、セフィロス?」
すかさず、そう、訊いたのはジェネシスだ。
「ずりー。だったらオレだって一緒に行きたい」
「貴様はモンスターの世話を手伝うと言った筈だ」
ザックスの言葉に、冷たくジェネシスは言った。
「なあ、セフィ。オレも一緒に行って良いよな。な?」
相変わらずジェネシスを無視して、ザックスはセフィロスに問いかける。

冗談ではないと、アンジールは思った。
ザックスとジェネシスが一緒にいれば、喧嘩になるのは眼に見えている。
そしてアンジールが同行しなければ、止める者がいない。

「いっその事、皆で一緒に行かないか?」
アンジールが何とかしてザックスを止めようと口を開きかけた時、おっとりとセフィロスが言った。
「皆一緒のほうが、楽しいだろう?」
「セフィロス……」
改めて、アンジールはセフィロスを見つめた。
元々、人付き合いが苦手で余り人に心を開かない性質のセフィロスとの間に、友情を築き上げるのは容易い事では無かった。
セフィロスと出会い、友人と呼べる関係になるまでには、色々な事があった。
そしてそうやって培った友情が、自分たちの出生を知った時、脆くも崩れ去りそうになったのだ。
あの頃の苦悩や絶望を思うと、今こうして皆揃って平和に暮らしていられるのが、夢のようだ。
しかも、他ならぬジェノバまで一緒に。
「そうだ…な。俺も、お袋さんの友人には会ってみたい」
しみじみと、アンジールは言った。

一時期は、自分が異形である事に絶望して死も考えたが、こうして一緒に暮らしてみれば、ジェノバもモンスター達も、人間や他の動物と同じ生き物だ。
ジェノバとは言葉こそ通じないものの、親子の細やかな愛情を持っているのは確かだし、モンスター達も、慣れれば可愛いものだ。
かつて人間は肌の色や宗教の違いでで他の人間を差別し、時に弾圧し、時に虐殺し、幾度と無く戦争を繰り返した。
互いに相手を理解しようとする気持ちを持てば、防げた筈の悲劇だ。
2千年前の古代種とジェノバとの争いも、似たようなものだったのかも知れない……

「やった♪そんじゃ、皆で行こうぜ。なんかピクニックみたいで楽しそうじゃん」
「…貴様はモンスターどもの世話に残れ、駄犬。犬にふさわしい役割だろう」
アンジールのシリアスな想いを他所に、はしゃぐザックスと、悪態を吐くジェネシス。
「モンスター達も、連れて行けば良いだろう」
再びおっとりと、セフィロスが言った。
その言葉に、アンジールは現実に引き戻される。
「いや……さすがにそれは無理だ、セフィロス。何十頭いると思ってるんだ?」
「何故?皆、大人しくしているから問題ないだろう」
「大丈夫だって、アンジール。オレも一緒だし」
セフィロスとザックスの言葉に、アンジールは溜息を吐いた。
2人ともアンジールに取って大切な友人たちだが、時々理解不能になるのは否めない。
「あのなあ……。これだけの数のモンスターが移動すれば、たとえ人目につきにくい山道を利用するにしても、必ず誰かに見咎められるぞ?そうなれば大変な騒ぎになるし、間違いなく神羅が__」
「それで、母君の友人はどこに住んでいるんだ?」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスがセフィロスに訊いた。
「アンドロメダ星雲だ」
さらりと、セフィロスは答えた。

……はあ……?

予想とありえない位に異なる言葉に、アンジールは固まった。
「それは…確かに少し遠いな」
軽く顎に手を当てて、ジェネシスは言った。
「そんじゃ、泊りがけ?うっわー、オレ、旅行なんて何年ぶりかなー」
わくわくと、ザックス。
「エアリスも連れてっちゃお。クラウドも、誘ったら来るかな?」
「国を出るなら、トラベラーズ・チェックを用意したほうが良いな。VISAは使えるのか?」

……いや…ちょっと待て……

はしゃぐザックスと上機嫌のジェネシスに、アンジールは更に固まった。

今、セフィロスはアンドロメダ星雲とか言ったか?
アンドロメダ星雲て、この星から百万光年だか二百万光年だか離れているアレの事か……?

まさかそんな筈は無いと、アンジールは自らに言い聞かせた。

そう言えば、ジェノバは他の星から飛来した生物だと資料に書いてあった気がするが、きっと気のせいだ……

「……一つ、確認しておきたいんだが、セフィロス」
再び軽いコンフュを感じながら、頑張れ俺、と自らを励ましてアンジールは訊いた。
「目的地まで、どうやって移動する積りなんだ…?」
「彗星を利用する」
再び何でもない事のように、あっさりと、セフィロスは言った。
「すっげー。オレ、彗星なんて乗ったこと無い」
「フン。どうせ貴様のような田舎者は、飛行艇にすら乗った事はあるまい」
はしゃぐザックスに、せせら笑うジェネシス。
「そこって、海とかあんの?泳げんなら水着、持ってかないと」
「飲酒を禁じる宗教など無いだろうな?ワインの無い食事など、食事とは呼べない」

……何でお前ら、普通にはしゃいでるんだ?どこのリゾート地に行く気だ?

「海はある。宗教は、気にする必要は無い」
「やったー♪」
「それは良かった」
セフィロスの言葉に、喜ぶザックスとジェネシス。
セフィロスとジェノバもとても楽しそうだし、モンスター達まで嬉しそうに見える。

……もしかして、俺の感覚の方がおかしいのか?俺が知らなかっただけで、彗星に乗ってアンドロメダ星雲に旅行に行くのは、最近のトレンドなのか?

「なあなあ、セフィ。彗星って、何人くらい乗れんの?カンセルとルクシーレも誘って良い?」
「お前はアンジールのペットなのだから、荷物室で十分だ」

……もしかして『彗星』って、そういう名前の飛行艇か何かか?『アンドロメダ星雲』て、南洋のリゾート地の名前なのか?
そうだ。きっとそうに違いない。
てか、そうだと言ってくれ……

「……セフィロス。もう一つ、確認しておきたいんだが」
更なるコンフュを感じながら、再び自らを励ましてアンジールは訊いた。
「その『アンドロメダ星雲』と言うのは、どの辺にあるんだ…?」
「アンドロメダ座ベータ星の北方だ」
「アンドロメダ座ベータ星って……」
「カシオペア座と魚座の中間くらいか…?」
確認するように、セフィロスはジェノバを見た。
ジェノバは、優しく微笑んで頷く。
「何かすっげー、わくわくする♪」
「ロマンチックな旅になりそうだな」
テンション上がりまくりのザックスと、最近では珍しいくらいに上機嫌なジェネシス。
見るからに楽しそうなセフィロスとジェノバ。それにモンスター達。

……言えない…。この状況で、「行くな」だとか「行けない」だとか、言える筈が…
だが現実問題として、行ける訳が無いだろう?
行き先は宇宙だぞ?空気、無いんだぞ?
それ以前に、彗星ってガスやら何やらで出来てるんじゃ無いのか?
いや…核はある。核はあるから、その核に乗れば大丈夫__
って、大丈夫な訳、あるか……!!

一人、のた打ち回るアンジールを他所に、神羅屋敷の一日は、今日も平穏に過ぎて行った。








私はセフィにハマったのは割りと最近なので、ACリリース時に件のシーンが話題になったかどうかは知りません(^^ゞ
ちなみに彗星に『乗る』為には、ライフストリームに還ってエネルギー体となる必要があるので一旦、死ななければなりません。
で、目的地に着いたら身体を再構築するんですね。
セフィとジェノバは良いけど、他の3人は再構築できるかどうか、保証はありません。
#ザックスは多分、無理。アンジェネの2人は、微妙。
そんなこんなで、ジェノバ・ママの『うちの子自慢ツアー』は当分、お預けになったようです。


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