ニブルヘイム便り5
(1)
「そこへ直れ駄犬。今日こそその小汚い首を斬り落としてくれる…!」
神羅屋敷の1日は
「また負けたいんだったら、いつでも相手するぜ?」
今日も怒号で始まる。
「お前らなあ……」
相変わらず、顔を合わせると喧嘩ばかりしているジェネシスとザックスの姿に、アンジールは深く溜息を吐いた。
ジェノバの復活と共に一気にモンスターの数が増え、アンジール一人ではさすがに世話しきれなくなったので、最近ではザックスもずっと泊り込んでいる。
元々、この屋敷に棲みついていたモンスター達は檻で飼っていたが、数の増えた今では檻も足りず、庭に放し飼いだ。
彼らはジェノバとセフィロスには絶対服従なので、勝手に敷地の外に出る事は無いが、屋敷内は好きなように動き回るので、今では神羅屋敷はモンスター屋敷と化している。
今も、剣を交えるジェネシスとザックスの周りをモンスター達が取り囲んで、興味深そうに眺めている。
「モンスターを味方につけるとは、卑怯だぞ、駄犬。尤も、貴様一人では到底、この俺には叶わないが…な」
「誰がそんな卑怯なマネをするかよ__お前ら、手ぇ出すなよ!」
ザックスの言葉に、こくこくと頷くモンスター達。
かなりシュールな光景だと、アンジールは思った。
て言うか、モンスター達に戦う姿を見物される人間って、どうなんだ……?
嫌、俺とジェネシスは、正確には、人間とは呼べないのかも知れん。
だがジェノバはモンスターではなく、それより上位の存在だ。
ならば、その細胞を受け継いだ俺たちは、一体__
アンジールの思索は、一瞬の閃光と、それに続く破壊音に中断された。
屋敷の壁が凍り付いて、粉々に砕けたのだ。
ゆっくりと振り向くと、ACCバージョンの大きな翼を生やしたセフィロスが、暗雲をしょって立っている。
「静かにしれくれ。母は、騒がしいのが嫌いだ」
だからって何も、ブリザガなんか使わなくても良いだろう__言いたいのを、アンジールはぐっとこらえた。
ドSスイッチの入ってしまったセフィロスを刺激するのは禁物だ。
マジギレしたら、メテオを呼びかねない。
ここは、ファイガやサンダガのように延焼の危険が無いだけマシだと思うしか無い。
そして、空気も凍るような緊迫した雰囲気に、モンスター達がザザッとザックスの後ろに避難した。
「…ゴメンナサイ…」
さすがのザックスも、引きつっている。
「すまない、セフィロス。幼馴染のペットが失礼した」
そして何故か恍惚とした表情で、芝居がかったしぐさで両腕を広げるジェネシス。
「俺とあんたの友情に免じて、許してやってはくれないか?」
いや、だから、お前とザックスが騒いでたんじゃないのか?
お前だって当事者だろう?__言いたいのを、アンジールは再びぐっとこらえた。
セフィロス、ジェネシスの2人と一緒に暮らすようになってから、言いたい事をこらえてばかりのアンジールである。
以前のジェネシスは、もっと大人で感情的になったりしなかったし、セフィロスもキレたりしなかった。
傍目にはキレたように見える事があったとしても、ちゃんとセーブしていたのだ。
が、今のジェネシスは小さな子供のように感情をダイレクトに表すし、セフィロスは普段はおっとりしているものの、ジェノバが絡むとなるとかなり神経質だ。
それ以外でも、何がきっかけでドSモードになるか、判らない。
それでも初めの頃は友人たちに懇々と説教していたアンジールだったが、セフィロスにメテオを呼ばれてからはすっかり諦めモードになっている。
あれ以来、せいぜいセフィロスを刺激しないように心がけ、ジェネシスとザックスの喧嘩を止めるのが精一杯だ。
それはとも角、セフィロスが翼を収めたので、アンジールもほっと胸を撫で下ろした。
壁に大穴は開いたが、この程度なら1週間もあれば直せるだろう。
ちなみに、アンジールとジェネシスは服を着たまま翼を出現させると服が破れてしまうので、翼を出す為の穴を開けた服を着ている。
が、セフィロスは衣服ごと再構築出来るので、服が破れる事も無い。
「とりあえず……お茶にでもしないか?」
何とかこの場を収めようと、アンジールは言った。
「…で、今日は何が原因でああなったんだ?」
余り訊きたくないと思いながら、仕方なくアンジールは口を開いた。
「……ACCだ」
むすっとして、ジェネシスは答えた。
「ACCがどうしたんだ?それだけじゃ、判らないぞ」
「お前も一緒に見ただろう?それなのに、気づかなかったのか?」
更にむすっとして、ジェネシス。
「いや、だから……。説明してくれないと、わからん」
アンジールの言葉に、ジェネシスは「嘆かわしい」と、大げさに眉を顰めた。
それから、改めて幼馴染に向き直る。
「良いか?ACでのセフィロスの出演シーンは6分15秒、ACCでは8分10秒だ」
わざわざ計ったのか?__内心で、アンジールは訊いた。
「だがその貴重な8分10秒が、その馬鹿犬のせいで57秒も削られている…!」
「…まあ、確かにあのシーンは賛否両論だったようだが、俺としてはザックスの出番が増えたのは喜ばしいと__」
「正気か、相棒?」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスは言った。
何やら、眼が据わっている。
「その削られた57秒の中に、どれほど貴重なシーンが含まれていたと思っているんだ?」
「一体…どんなシーンがカットされたって言うんだ?」
「それを俺の口から言えと?」
「いやだから、言ってくれないと判らな__」
「そもそもだな」
アンジールの言葉を、ジェネシスは遮った。
「ACの演出には、致命的な欠陥がある」
「致命的な欠陥……?」
鸚鵡返しに、アンジールは訊き返した。
「ああ。セフィロスの戦闘シーン。画面が暗すぎる」
「…そう…か?」
「そうだ。あれではセフィロスの透けるように白い肌も、透明な翡翠を思わせる稀有な瞳の色も、神々しいまでに美しい白銀の髪も、十分に堪能できないだろう?
ACCはビジュアルに拘ったと言うからその点が改良されているのを期待したが、あの暗さではせっかくの高画質の良さが半減してしまう。
それに全体が30分延長されたのに、セフィロスの登場シーンが1分55秒、お前のペットがでしゃばったせいで、実質では58秒しか増えていないのも許しがたい。その上更に、ACで最も貴重なシーンまでカットされたんだぞ?」
ザックスの出番はACに無い追加シーンだから、ザックスのせいでカットされた訳じゃないだろう__言いたいのを、アンジールはぐっとこらえた。
どのシーンがカットされたかは判らないが、ジェネシスが怒っているのは確かだ。
下手に反論などしてこれ以上、ジェネシスを怒らせたらまたザックスと喧嘩になるのは眼に見えているし、そうなったらまたセフィロスがキレかねない。
それだけは防がなければと、アンジールは思った。
「…カットされたシーンで、そんな貴重なものがあったか?」
どうにか穏便に事を済ませようと、アンジールはセフィロスに訊いた。
「…さあ?」
ごく短く、セフィロスは答えた。
おそらく、意識の殆どは隣に座っているジェノバに向けられているのだろう。
ジェネシスの言葉を聞いていたかどうかもアヤシイ。
が、今重要なのは、何とかしてジェネシスの怒りを鎮めることだ。
「本人がああ言っているくらいだから、重要なシーンはカットされていないんだろう」
「セフィロス自身があのシーンの貴重さを把握している筈が無いだろう」
何とか幼馴染を宥めようとしたアンジールの言葉を、ジェネシスはあっさりと否定した。
「あのシーンの貴重さは、本人が意識していないからこそ…だ」
「つまり…どういう事なんだ?」
アンジールが訊くと、そんな事も判らないのかと、ジェネシスは深く溜息を吐いた。
それから、「仕方ない」と、小さく呟く。
「お前は俺の親友にして幼馴染だからな。特別に、検証映像を見せてやろう」
言って、すっくと席を立ったジェネシスを、アンジールは半ば唖然として見送った。
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