ニブルヘイム便り3

(2)



もしかして今、『母と一緒に』って言ったか……?
思わず、アンジールは固まった。
小さな子供ならともかく、20代の男が母親と一緒に風呂に入るか…!?
「母が、髪を洗ってくれると言うから」
固まるアンジールを他所に、嬉しそうに微笑ってセフィロスは言った。
「お返しに母の髪を洗っていたので、遅くなってしまった」
「本当に、仲が良いんだな」
「美しい母子愛だ」
更に固まるアンジールを他所に、にこにこしてザックスとジェネシスが言う。
どうして2人とも平気なんだ?20代の男が母親と一緒に風呂になんか入ったら、普通、引かないか…?
内心で、アンジールは呟いた。
「セフィのオフクロさん、美人だし。何か羨ましいなー」
「俺たちの事など気にせず、もっとゆっくりしていても良かったんだぞ?」
何なんだ、この状況__更に更に固まりつつ、内心でアンジールは自問した。

もしかして、俺の感覚の方がおかしいのか?俺の心が狭いのか?
セフィロスは『親のいない子』として育てられた訳だし、オフクロさんの事は名前しか聞かされてなかった。
それが二十数年ぶりに一緒に暮らせるようになったんだから、少しでも一緒にいたいと思うのは当然だ。
だから……いやしかし、だからって一緒に風呂に入るか?
いやいやいや、あれだけ長い髪なら、洗ってやりたいと思うのは理解できる。
だから__っと待て。
夕べ、ジェノバはどこで寝たんだ?
ジェノバの部屋にベッドは無い。という事はセフィロスの部屋…か。
そしてセフィロスの部屋に、ベッドは一つだ。

アンジールの脳裏に、添い寝するセフィロスとジェノバの姿が浮かんだ。
母子とは言え、ジェノバの見た目はセフィロスとほとんど同い年くらいだ。
そして前の日に見たそのままで想像したので、ジェノバは一糸まとわぬ姿だ。

「アンジール、食わないの?何か顔が赤いみたいだけど?」
ザックスの言葉に、アンジールははっと我に返る。
そして、いい年して思春期の子供のような想像をしてしまった自分に落ち込んだ。
「母君は一緒に朝食にしないのか?ヨーグルトとシリアルなら、まだあるぞ?」
アンジールの落ち込みなど眼中にないように、ジェネシスがセフィロスに訊いた。
「母は、人間の食べ物は口にしない」
「お茶も駄目なのか?」
「……さあ。どうだろう」
言って、セフィロスは幽かに小首を傾げた。
顎の辺りで無造作に切られた髪が、さらりと揺れる。
「セフィってやっぱ可愛いよなー」
満面の笑顔で言うザックスと、ぴきっと青筋を立てるジェネシス。

「……前から一度、訊きたかったんだが、どうしてお前はセフィロスを可愛いと思うんだ?」
気を取り直して、アンジールが口を開いた。
「えー、だって、可愛いから可愛いんじゃん」
「…それじゃ、答えにならん」
「アンジール。そんな駄犬のたわごとは放っておけ」
「たわごとじゃねーもん。アンジールにはセフィの可愛さが判ってると思ったのに」
「いやだから…理由を聞けば、俺も理解できるかも知れん」

なんとなく脱力するのを感じながら、アンジールは言った。
当のセフィロスは、自分の事が話題にされているのに、まるで興味がないかのように黙々とヨーグルトを口に運んでいる。

「うちの田舎ってスゲー田舎なんだけどさ」
そして、ザックスは唐突に話し始めた。
「貴様の故郷の話など、誰も聞いていない」
「1軒だけ、ちょっと金持ちの家があって」
不機嫌そうに眉を顰めたジェネシスを無視して、ザックスは続けた。
「その家に娘が3人いて、上の2人は結構、美人なんだけど性格がキツくてさー。『ゴンガガ一の美人姉妹』ってちやほやするヤツも多かったけど、オレは苦手だったな…」
この話、一体どこに向かっているんだ?__疑問に思いながら、アンジールは黙ってベーコンを頬張った。
「でも末っ子は良い子でさ。顔はまあ、あんま美人でも無かったケド、優しくて気立ての良い娘で、雰囲気が可愛いって言うのか__」
「貴様まさか、その娘とセフィロスを同列に見ているのでは無いだろうな」
どこから取り出したのかレイピアの柄に手をかけ、ブチキレ寸前状態でジェネシスが低く言った。
「で、その性格キツイ美人の姉さんたちが猫を飼ってたんだよね」
相変わらずジェネシスの言葉__と言うより、存在そのもの__を無視して、ザックスは続けた。
「つっても世話をしてたのは末っ子なんだけどさ。やっぱり性格悪いと動物も懐かないって言うか」
「…それは俺に対する嫌味か」
「でさでさでさ。その猫っていうのが碧(みどり)色のキレーな眼をした真っ白でふわふわの猫で、もうスッゲー可愛いのなんのって」
「大体、貴様は自分がモンスターに懐かれていると思っているようだが、あれは懐いているのではなく、同列に見ているだけだ」
「初めてセフィを見た時__つっても実物じゃなくて訓練用のシミュレーションのヤツね__オレ、『あ、アンネロッテだ』って思って思わず撫でようとして、ボコボコにやれれちゃったんだよねー」
実物じゃなくて良かったな__思わず、内心でアンジールは呟いた。

セフィロスは普段はおっとりしているが、キレると別人のようにサディスティックで容赦が無くなる。
そして、髪に触られるのを極端に嫌う。
それはセフィロスに取って母親譲りの白銀の髪が形見のようなものだったからで、セフィロスはそれほど髪を__と言うより母親の『形見』を__大切にしていたのだ。
そしてそれは、セフィロスの孤独の表れでもあった。
それが今では、他ならぬその母親に髪を洗ってもらえるようになった。
そう考えると、『母親と一緒に風呂に入るなんて引く』などと思っていた自分が、思いやりに欠けていたのだと気づかざるを得ない。

「…オフクロさんと一緒に暮らせるようになって、良かったな」
しみじみと、心から言ってアンジールはセフィロスを見た。
が、セフィロスは心ここにあらずと言った風情で、ミルクを注いだシリアルが手付かずのままだ。
「……セフィロス。どうかしたのか?」







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