ニブルヘイム便り3

(3)



「__いや…何でもない」
アンジールの言葉にセフィロスは答えたが、相変わらず上の空だ。
「セフィ。オフクロさんを一人にしておくのが気になるんだったら、ここに呼べば良いじゃん」
そう、言ったのはザックスだ。
「別にオレたちと同じもの食わなくても、大勢のほうが楽しいし」
「だが…母が何と言うか…」
「大丈夫だって。オレ、呼んで来ようか?」
ザックスの言葉に、セフィロスは首を横に振った。
そして、「自分で行く」と言って席を立つ。

「セフィって、いっつも良い匂いしてるよなー」
セフィロスが出て行った後、再び犬のように鼻をひくひくさせて、ザックスは言った。
「可愛いのは一緒だけど、アンネロッテはあんな良い匂い、してなかったな」
「田舎娘なぞと一緒にするな、この馬鹿犬」
まだ陰険な漫才を続ける積りか、ジェネシス?__内心で、アンジールは幼馴染に訊いた。
てか、アンネロッテは猫の名だろう……
軽い頭痛に、アンジールはこめかみを押さえた。



やがて、セフィロスがジェノバを伴って現れた。
幽かな緊張感を、アンジールとジェネシスは覚えた。
ジェノバは確かに人の姿をしているし、セフィロスのガウンをまとった姿は類稀な美しさで、コケティッシュですらある。
だがその美貌は余りに完璧で、見る者をどことなく不安にさせる。
そして、透けるように白い肌は、白大理石の様に美しいと同時に冷たさを感じさせる。
やはり『人』とは異なる存在なのだと、思わずにいられない。

「セフィのオフクロさんて、やっぱ超美人ッスねー」
そしてその緊張感を一気に崩すように、ニパッと笑ってザックスは言った。
言われたジェノバも、整った口元にうっすらと笑みを浮かべてザックスを見る。
ザックスは明るくて人に好かれやすいタイプだが、モンスターだとか、人では無いものにも好かれるらしいと、アンジールは思った。
「……良ければお茶でも?」
気を取り直して、ジェネシスがジェノバに訊いた。
無論、殆ど全ての女性の好感度をアップさせる極上の笑み付きだ。
が、ジェノバはジェネシスには反応せず、セフィロスが答えを促すと、小さく首を横に振った。

その後、セフィロスとジェノバは、黙ったままお互いを見つめている。
どうしたのだろうとアンジールが思っていると、セフィロスが幾分、困惑したような表情を浮かべて、首を横に振った。
ジェノバはなおも口を噤んだまま、セフィロスの手にそっと触れる。

「良いじゃん、セフィ。食べさせてもらえば?」
いきなり言ったザックスに、アンジールは唖然としてかつての後輩を見た。
「だが…人前だぞ?」
「ああもうセフィ、照れちゃって超可愛い〜!」

困惑気な__照れているようにも見える__セフィロスと、身もだえして喜ぶザックスの姿に、状況が飲み込めずに唖然とするアンジールの腕を、ジェネシスが引っ張った。
そして、部屋の隅まで連れて行く。

「どういう事なんだ、あれは?」
「…俺に聞かないでくれ。さっぱり訳がわからん」
困惑するアンジールに、どうやら、と、ジェネシスは言った。
「セフィロスとジェノバは、声に出さなくても会話が出来るらしいな」
「……確かに、そんな感じだな」
「そして何故か、あの馬鹿犬もその会話が判るらしい」
チッと舌打ちして、ジェネシスは憎らしげにザックスを見遣った。
「今までもジェノバと会話しているように振舞っていたが、あれはセフィロスの機嫌を取る為の芝居だと思っていた。まさかあの駄犬が、本当にジェノバの『言葉』を理解するとは……」
「ザックスは、ご機嫌取りの為の芝居なんかするタイプじゃないぞ」
「…フン、確かに。そんな知能は持ち合わせていないな」
幼馴染のザックスに対するあからさまな敵意に、アンジールは溜息を吐いた。
「なあ、ジェネシス。お前は以前に比べれば、大分素直になった。それは良い事だと俺は思っているが、感情を全てダイレクトに表すのは大人気ないと__」
「どう考えてもおかしいだろう」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスは言った。
「俺たちは元々、直接にではないが、ジェノバ細胞を埋め込まれている。それも胎児期に、だ。その上、セフィロスからも細胞を貰った」
それなのに、と、ジェネシスは続けた。
「その俺たちがジェノバの『言葉』が判らないのに、何でただのソルジャーに過ぎないあの犬っころがジェノバと会話なんて出来るんだ?」
「それはまあ……確かに不思議だな」
「どう考えても俺たちの方がセフィロスにもジェノバにも近い存在だ。それなのに……許せん…!」

レイピアを抜き払おうとしたジェネシスを、アンジールは止めた__と言うより、止めようとした。
止める前に、ジェネシスが固まったのだ。
そしてジェネシスの視線の先を見て、アンジールも固まった。
いつの間に入り込んだのか、大小さまざまなモンスターが、セフィロスとジェノバの周りに侍っている。
そしてどう見ても、彼らはこの神羅屋敷に元々棲みついているモンスターとは別物だし、数もずっと多い。

「やっと普通に一緒に暮らせるようになったんだから、もっと甘えちゃえば良いんだよ。その方が絶対、オフクロさん、喜ぶって」
「……そういうものか…?」
「そういうモンだって」
「しかし…やはり人前だし…」
「セフィってば、本っ当に可愛いよなー」
「…からかうな…」
そしてそのモンスターたちの存在を無視し、満面の笑顔のザックス、照れるセフィロス、満足そうに笑うジェノバ。
「……どうなってるんだ、あれは…」
「……俺に聞くな」
呆然とするアンジールとジェネシスの2人を他所に、神羅屋敷の一日は、平穏に過ぎていった。








ジェノバ・ママはセフィの事が可愛くって可愛くって仕方が無いんです。
なのでもう、ベタ可愛がり。
髪を洗ってあげて、乾かした後は当然、ブラッシングもしてあげるんです。
うーむ、羨ましい……。セフィの髪、触りたい……

ザックスにジェノバの『言葉』が判るのは、ジェノバに気に入られているから…と言うより、野生のカンですね。

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