ニブルヘイム便り3

(1)



神羅屋敷の朝は、モンスターの餌やりで始まる。
「こら、そんなに舐めんなって。くすぐったいだろ?」
前日、遊びに来たザックスがそのまま泊まって行ったので、今日はザックスもモンスターの世話を手伝っている。
「そんな押すなって。ちゃんと皆の分、餌はあんだから」

ちなみにこのモンスター達。
セフィロス・アンジール・ジェネシスの3人がこの神羅屋敷に移り住む事になる前からここに棲みついていた。
ジェネシスは最初、モンスター達を倒そうとしたが、セフィロスがそれを止めた。
どういう訳だか、モンスター達はセフィロスに対して従順で、まるで忠実な飼い犬のように振舞うのだ。
アンジールは時間をかけてモンスター達を手懐けたが、最初の印象が悪かったのか、ジェネシスには未だに懐かない。

「おっ。お前、オレと勝負する気か?よっし、受けて立つぜ!」
そしてザックスには、初対面の時から懐いている。
と言うより、殆ど同等のトモダチ扱いだ。
「……ザックス。いつも言ってるが、モンスターと一緒になってふざけるのは止めろ。泥だらけになる」
「こ…こら、首舐めんのは反則だって。くすぐった__あはははは…!」

楽しそうにモンスターと一緒に転げ回るザックスを見、アンジールは軽く溜息を吐いた。
少しは大人になったかと思っていたが、これではまるっきり仔犬そのものだ。
だがその天真爛漫な姿を見ていると、こちらの心まで洗われるようで、おのずと口元に笑みが浮かぶ。

「俺は先に戻って朝飯の支度をしているから、ちゃんと餌、やっとけよ?」
「ちょ…バカ。どこ舐めてんだ、お前」
「それから、家に入る前に服の泥を落として手を__いや、そこまで汚れたら、着替えてシャワーだな」
「おまっ…モフモフ攻撃なんて卑怯だ。絶対、勝てないって__はははは…」
毛足の長いモンスターに長い毛をこすりつけられ、笑い転げながらザックスはアンジールに手を振って見せた。
その仔犬同士がじゃれあっているような姿に、アンジールは幽かに笑い、それから踵を返した。



「セフィロスは?まだ寝てるのか?」
手際よく朝食の支度をしながら、アンジールはキッチンに現れた幼馴染に訊いた。
アンジールの純白の羽根は寝癖がついたままだが、ジェネシスの翼は綺麗に整えてある。
「俺が降りて来る時に部屋に寄ったが、シャワーを浴びているようだった」
「じゃあ、そのうち降りてくるだろう。食器の用意を__」
途中で、アンジールは言葉を切った。
「そう言えば、セフィロスのオフクロさんの分も、作った方が良かったのか?」

ジェノバが『復活』したのは、前日の事である。
一体、どうしてそうなったのかは、セフィロスに訊いてもはっきりしなかった。
ジェノバの復活が何を意味し、何をもたらすのかは、まだわからない。
が、とりあえずセフィロスが幸せそうな事だけは確かだ。
だからジェノバの存在は世間には隠し、自分たちで護ろうと、アンジール、ジェネシス、ザックスの3人は決めたのだ。

「…俺たちと同じものを食べるかどうかは判らないな。セフィロスに訊いてみてからの方が良いんじゃないか?」
「……そうだな」
ジェネシスが並べた皿にスクランブル・エッグを盛り分けながらアンジールが言った時、勢い良くキッチンのドアが開いた。
「ハラ減ったー。わー、良い匂い♪」
犬のように鼻をひくひくさせて、ザックスは言った。
さっきまでは泥だらけだったが、今は着替えとシャワーを済ませてこざっぱりしている。
「貴様、まだいたのか駄犬」
条件反射のように不機嫌な表情になった幼馴染に、アンジールは内心で溜息を吐いた。

以前のジェネシスは余り感情を露にせず、いつも余裕綽綽といった態度を崩さなかった。
が、何か辛いことがあった時でもそうやって平静を装うせいで、内に溜め込んで鬱積してしまう事があるのを、アンジールは知っていた。
そのせいでジェネシスの心の傷は深まり、いつまでも後を引いてしまうのだ。
せめて幼馴染の自分の前では無理して取り繕うのは止めてくれとアンジールは何度か言ったが、ジェネシスは聞く耳を持たなかった。
人に弱味など見せるようでは英雄にはなれないと、ジェネシスは頑なに主張して譲らなかったのだ。

そしてその頑なさが最も悪い方向に現れたのは、自分が『モンスター』だと知った時だ。
ジェネシスはアンジールにもセフィロスにも一言も言わずに失踪し、そのままでは破局への道を進むだけだった。
それを救ったのがザックスだったのだが、それ以来、ジェネシスは感情を抑えるのをきっぱりと止め、思ったままを態度に表すようになった。
お陰で内に溜め込んで鬱積する事はなくなったのだが、少々、素直すぎるのではないかと、アンジールは思っている。
あれではまるで子供だ。
ザックスが落ち着きの無い仔犬なら、ジェネシスは我儘な子猫といったところか__

「アンジール。ベーコンが足りないぞ?」
ジェネシスの言葉__と言うより、存在そのもの__を無視して、ザックスはアンジールに言った。
「良いんだ。ベーコンを食うのは俺とお前だけだからな」
「セフィは?」

言って、ザックスはテーブルの上を見た。
アンジールとザックス用にはスクランブル・エッグとカリカリに焼いたベーコンに、バターで炒めたほうれん草が添えてある。
そしてベーグルとサラダ、シリアルも用意してある。
一方、セフィロスとジェネシス用にはアンジールの手作りジャムを添えたプレーン・ヨーグルトとサラダ、それにシリアルだけだ。

「セフィって、朝はあれしか食わないの?」
「ああ。昼も夜も、あまり食わないがな」
「可愛いー。なんか、女の子みたい」
ザックスの言葉に、ぴきっとジェネシスの青筋が立つ。
「…相変わらず無礼な物言いだな、駄犬」
「え?ああ…。アンタは少食でも可愛いなんて思わないから、安心して良いよ」
ぶちっと幽かな音を立てて、ジェネシスの何かがキレる。
「そこへ直れ駄犬。今日こそその小汚い__」

その時、ドアが開いてセフィロスが姿を現した。
長い白銀の髪が揺らぐたびに、ワイルド・ローズが香る。

「今、呼びに行こうかと思っていたところだ。飯にしよう」
ジェネシスの怒りを他所に逸らそうと、アンジールは言った。
「遅くなって済まない。母と一緒にシャワーを浴びていたから」
「そうか。シャワー__って……?」







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