(6)




その週末、イルカはカカシに誘われて飲みに行った。
本当はナルトたちも誘いたかったのだが、カカシの約束が先だったし、連れて行かれたのが高級な小料理屋でもあり、それにもう少し、カカシの事を探る必要を感じたので、二人だけで出掛けたのだ。
「ここ、魚と日本酒が美味いって評判なんだそうですよ。イルカ先生、どちらもお好きでしょ?」
「お気遣い有難うございます。…でも、何で俺が魚とか好きだってご存知なんですか?」
「やだなぁ、イルカせんせ。好きな人の好物を調べるのは当然ですよ」
以前のおちゃらけた態度に戻って言うカカシの姿に、イルカは困惑を覚えた。
好きだの何のと言って纏わりついていたのは暗部出身かどうかを探るのが目的だったと思ったが、どうやらそれだけでは無いらしい。
だが、こちらが隠密だと薄々勘付いているのだとは、考え難い。
火影に言われた通り自分は甘いのかも知れないが、何度かカカシが見せた哀しげな瞳が、芝居だったとは思えないのだ。
それにしても、と、イルカは改めて目の前の男を見つめた。
今まで素顔を見たのは一楽や居酒屋のカウンターで横並びに座っていた時だったから、こうやって差し向かいで口布を外した顔を見るのは初めてだ。

整った顔立ち。白い膚。藍色の瞳。
本当に綺麗な顔だ。
女なら、惚れていたかも知れない。

「刺身盛り合わせでも海老のお造りでも何でも好きな物、頼んでくださいね__ってイルカ先生、どうかしましたか?」
「え…あ、済みません。あんまり綺麗な顔してらっしゃるので、つい__」
見蕩れてと言いかけて、イルカは慌てた。
「お、俺、上忍の方に対して何て失礼な事を……」
「気にしないで下さい」
言って、カカシは穏やかに微笑した。
「任務中では無いんですから、上忍だの中忍だの関係ないですよ。年だって一つしか違わないし」
「そういう訳には参りません__て、俺の歳までご存知なんですか?」
25歳でしょ?俺、26です__言って、カカシはもう一度、笑った。



「この酒、本当に美味いですね。刺身も鍋も美味いし」
やがて運ばれてきた酒肴に舌鼓を打ち、程よく酔いが回るにつれ、イルカの舌も滑らかになった。
「そーでしょ、そーでしょ?それもこれもみ〜んな、俺のイルカ先生への愛の証です」
カカシも陽気になり、7班の任務の話をイルカに聞かせた。
「ナルトの奴、芋掘りや草むしりなんて嫌だと駄々を捏ねるくせに、少しでもサスケより成果を出そうってむきになるんですよ」
「程々のライバル意識だったら良かったんですけどね。あいつすぐムキになるから」
ところで、と、何気なくイルカは訊いた。
「カカシ先生って、どうしていつも口布で顔を隠してらっしゃるんですか?」
「俺の先生が__四代目火影がそうしろって言ったからですよ」
「そうなんですか。夏とか大変そうですね」
「それでも、犯されるよりマシですから」
カカシの言葉に、イルカは一瞬、耳を疑った。
カカシは何でも無いかのような表情をしている。聞き返すのも躊躇われて、イルカはそのまま話題を変えようとした。
「サスケやサクラは__」
「人形みたいな顔だって、よく言われてましたよ。子供らしくないとも。それに、ソソル顔をしてるとも…ね」
勿論、ソソルなんて言いやがったのは、一部の男どもだけですが__形の良い口元に笑みを浮かべたまま、カカシは言った。

だがそれは、冷たい微笑だ。
ついさっきまでは愉しそうに笑っていたのに、今は感情を持たない人形のようだ。

「それで、顔を隠せって先生に言われたんです。どの程度、効果があったかはよく判りませんが」
「…それは…」
「顔を隠すようになってからも、何度か襲われました。大抵は逃げましたけど…ね」
四代目の報復を恐れた男たちは面で顔を隠し、自分が何者であるか知られないようにしてカカシを狙った。
カカシが一度、会った相手のチャクラを忘れないのは、そんな事件が原因だった。
「今も口布してるのは習慣みたいなものですけどね。ほら、暗部ではずっとお面被ってたでしょ?」
軽い口調でカカシは言った。が、残酷な暴力に傷つけられ、嬲られる子供の姿が眼に浮かぶようで、イルカは相手から眼が離せない。
「…そんな眼で、俺を見ないで下さい」
「……済みません…」
イルカは、視線を逸らせた。
きっと自分は今、憐れむような表情をしてしまっているのだ__そう思うと心苦しい。

憐れまれるのは、嫌いだ。

「…余計な事をお聞きして、本当に申し訳ありません」
「…そんなに俺と距離を置こうとしないで下さい」
カカシの言葉に、イルカは相手を見た。
カカシは泣き出しそうな、笑っているような、感情があるのか無いのか判らない不思議な表情(かお)をしている。
「アンタにだったら、何でも話せそうな気がする。だから俺、アナタに一楽に誘って貰った時、すごく嬉しかったんです」
「…カカシ先生…」
何と言うべきかイルカが迷っていると、カカシは突然、テーブルの上に突っ伏した。
「ちょっ…どうしたんですか、カカシ先生?具合でも__」
「…眠い……」
半分、眠っているような声で言われ、イルカは幾分か、安堵した。
余り顔に表れないから判らなかったが、カカシはかなり酔っているのだ。
さもなければ、あんな話をする筈が無い。
「大丈夫ですか、カカシ先生?」
「……帰りたい……」
カカシの後ろに回ってそっと肩をゆすると、カカシは突っ伏したままテーブルの上に財布を置く。
イルカは取りあえず勘定を済ませ、カカシに肩を貸して店を出た。

「カカシ先生、寝ないで下さいね?お宅はどちらですか?」
火影から渡された資料でカカシの自宅の場所は知っていたが、どこまでカカシが酔っているのか判らないのでイルカは訊いた。
「あっち〜」
「歩いて行けますか?どこかで休みましょうか?」
「…帰る〜」
「はいはい、判りました。ちゃんと俺の肩につかまってて下さいね」
里の誇る天才上忍とはとても思えない姿に、イルカは口元を綻ばせた。
カカシが何を考えているのかは未だに良く判らない。
だが少なくとも、里を裏切って害を為すような人間には思えない。
時折、冷酷に見えるのは、子供の頃に負った心の傷と、長い暗部生活の結果だろう。
三代目には、そう報告しよう__そう、イルカは思った。



カカシの家は木立の中の一軒家だ。
資料には8匹の忍犬を飼っているとあったが、犬の姿は見えない。
朦朧としているカカシから何とか鍵を借り、玄関を開ける。
履物を脱がせ、引っ張り上げるようにして家の中に連れ込んだ。適当に襖を開けるとベッドがある。
「カカシ先生、ほら、着きましたよ?水を持って__」
不意に強い力で腕を掴まれ、イルカは身体のバランスを崩してベッドに倒れた。
一瞬の後、泥酔していた筈のカカシに組み敷かれる。

謀られた……!






back/next