(2)




「抜け忍…?」
鸚鵡返しに訊いたイルカに、アスマは頷いた。
カカシの父親は、カカシが母親の胎内にいる時に任務で死んだ。
カカシの母親は、もうじき父親になる筈だった夫に危険な任務を強いた里を恨んだのか、産まれてくる子供が忍となって父親と同じ末路を迎えることに耐えられなかったのか、赤子を産み落とすとすぐに里を抜けた。
カカシの母親も忍だったから、すぐに追っ手が差し向けられ、処刑が行われた。
赤子は長老会議の結果、処刑を免れ、孤児の為の施設で育てられた__自分の両親の死に様を、何も知らされずに。
「この事は秘密だが、人の口に戸は立てられん」
そう、アスマは言った。
「現に、俺がガキだった頃に偶然、この話を聞いちまった位だ。だから、カカシの奴もいつかその事実を知って…」

里を、恨むかも知れん

それが、理由だったのだ__アスマの言葉に、イルカは自分が火影から受けた命の意味を理解した。
カカシの身辺を探れ__それが、イルカに命じられた任務。
「そんないわく付きの奴だ。用心するに越したことはねぇ」
「……理不尽ですよ」
独り言のように呟いたイルカに、アスマは眉を顰めた。
「忍ならば、いつ任務で命を落とすともしれない__それは、初めから判りきっている事でしょう?愛する人を亡くして辛いのは判ります。でも、だからと言って里を恨むとか、裏切るなんて……」
アスマは、イルカの肩をそっと抱き寄せた。
「ああ…お前の言う通りだ」
「でも、里抜けについては、カカシ先生に罪は無いですから」
言って、自分から離れようとしたイルカの腕を、アスマは掴んだ。
イルカがカカシを庇う様な言葉を吐いたのが気に入らない。
イルカの言ったことは至極もっともなのに、こんな些細なことに嫉妬を感じる自分に苛立つ。
「…奴が平凡な忍に育ってたなら問題は無かったろうよ。顔も知らねぇ両親の事で今更、里を恨むでもなかろうし」

だが、カカシは天才だった。
幼い頃から恐ろしいばかりの才能を発揮し、わずか6歳で中忍となり、初めて人を殺めたのもその頃だ。
里の上層部は、密かにカカシの存在を恐れた。
カカシの師となった四代目が死んでしまうと、彼らはカカシを持て余すようになり、暗部に送り込んだ。
目的の一つはカカシを里から引き離すこと。
もう一つは、カカシに危険な任務を与え続け、死に至らしめること。

「…そんな…」
イルカの表情が変わった。
「里を裏切るかもしれないという根拠も無い憶測だけで、カカシ先生を危険に晒し続けたと言うんですか?三代目がそんな酷い事を許可なさる筈が__」
「無いと、思うか?」
アスマに遮られ、イルカは口を噤んだ。
火影ならば、個々の忍の事より里全体の為を考えるだろう。他の上層部も同じだろうし、そうでなければならない。
それに、危険な任務は腕の立つ忍でなければこなせない。カカシのような天才に危険な任務が集中するのはいずれにしろ避けがたい。

「…でしたら、どうしてカカシ先生は里に戻って来たのでしょう」
「本人の希望らしい。奴は十二分に暗部の為に働いた。里に戻りたいって希望を却下する理由が無かった」
それが、とアスマは続けた。
「今頃になって急に里心ついた理由が何なのか、胡散臭いって訳だ」
だからカカシの奴には気をつけろ__繰り返しアスマに言われ、イルカは「判りました」と答えた。
カカシの身辺を探るという任務を受けている以上、危険であろうが無かろうがカカシを避ける訳には行かない。が、極秘任務である火影の勅命をアスマに知られるわけにも行かず、ここは素直に答えておくしか無い。
「兎に角、暫くは家に泊まってけ。今日は早めに寝たほうが良い」
「有難うございます__でも、アスマさん?」
ぺこりと頭を下げてから、イルカは改めて相手を見た。
「カカシ先生に関するこれだけの話全部を『偶然』、お聞きになったんですか?それに、カカシ先生が里に戻ったのは最近ですから、アスマさんが子供の頃に聞いたっていうのは変ですよね?」
「……お前、隙だらけの癖に変なトコで細かいな」
「俺のこと、そこまで見くびってたんですか?」
満面の笑顔で問い質され、アスマはぐっと詰まった。
カカシが抜け忍の子だと聞いたのは偶然だ。その頃はカカシという名に興味も無く、すぐに忘れた。
カカシの事をあれこれと調べたのは、カカシがイルカに言い寄るようになってからだ。
「と…とにかく、お前は俺が護ってやるから安心しろ。飯は喰ったのか?」
「残業しながら店屋物で済ませました」
「じゃあ、風呂の用意をして来てやる」
「俺がやりますよ」
暫くご厄介になる事ですし__イルカのその言葉に、アスマは緩くなる口元をなんとか引き締めて、短く「おう」と答えた。
お陰で色々と参考になりました__内心で呟きながら、イルカはアスマに微笑んだ。




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