初陣

(3)



「セフィロス…。セフィロス、待ってくれ…!」
山道をどんどん奥へと歩いてゆくセフィロスに、ツォンは駆け寄った。
あの後しばらくモンスターたちとの戦いが続き__殆どはセフィロスが斃した__途中までは概ね順調だったが、突然、大型のファイアードラゴンが現われ、クロフォードたちが応戦した。
セフィロスがモンスターを無視して横道に入ったのに気づいたツォンは、そのままセフィロスを追って来たのだ。
「どうして皆と離れたりしたんだ?皆の所へ戻ろう」
逃亡の虞がある、というクロフォードの言葉を思い出しながら、ツォンは言った。
皆、ドラゴンとの戦いで手一杯だったのだろう。
セフィロスがいなくなったのに気づいたのは、ツォンだけだ。
今はクロフォードもJJもいない。
こんな状況で、モンスターを一撃で斃せるセフィロスが逃亡を図ったら、とても身柄の確保など出来まい。
それはすなわち死を意味する。
セフィロスか、ツォンか、いずれかの。
「さあ、セフィロス。帰ろう」
頼むから逃亡などという気を起こさないでくれと、心中で祈るように呟きながら、ツォンはセフィロスに手を差し伸べた。
セフィロスは首を横に振る。
「あいつらは、邪魔だ」
「邪魔……って」
「あいつらがいると、思い切って戦えない」

今まで力をセーブしていたとでも言うのか…?
唖然として、ツォンはセフィロスの顔をまじまじと見つめた。
体格的には12、3歳並み。
だが変声期前だし、よく見れば顔立ちが幼い。
もしかしたら、10歳程度なのかも知れない。
そんな子供がブリザガやファイガなどの上位魔法を連発し、剣でも魔法でも一撃でモンスターを斃しておきながら、それがまだ全力ではないなどと、ツォンにはとても信じられなかった。
------アレって本当に人間?造り物かなんかじゃねえの?
JJの言葉が、ツォンの脳裏に蘇る。
そして神羅軍が兵士を強化する為に何らかの人体実験を行なっているのだという噂を思い出す。
セフィロスはおそらく、『強化』された人間なのだろう。
人体実験には失敗が多く、神羅カンパニーは遺族の苦情を揉み消すのに手を焼いているとも噂されている。それで、孤児を集めて実験サンプルにしているのだ…とも。
その手の噂は大概、根拠が無く徒(いたずら)に扇情的で、殆どが神羅カンパニーのライバルが流したデマだ。
だが、セフィロスが何らかの形で人為的に強化された人間である事は間違いないだろう。
普通ではあり得ないほどの強さ、科学部門の関与、戦闘をモニターしろとの命令__
これだけ状況がそろえば、結論は明らかだ。
そしてそうであるなら、セフィロスが逃亡を図ろうとするのも無理は無い……

「タークスも戦闘のプロだ。足手まといなんかにはならない。思い切り戦って構わないから、とにかく皆のところに帰ろう」
「俺がモンスターを斃し、お前がそれを撮影する__それだけで、充分だろう?あとの3人は余計だ」
「……JJは君に色々と不躾な態度を取ったから、気に入らない気持ちは判るが…」
どう、セフィロスを説得すれば良いのか判らず、ツォンは口篭った。
だがセフィロスが逃亡したと看做される事態だけはどうしても避けなければならない、と、ツォンは思った。
クロフォードは冷徹な男だと聞く。
子供相手でも、容赦はしないだろう。
「……これは本来、話してはいけない事なんだが」
止むを得ず、ツォンは口を開いた。
「我々は君の護衛だけでなく……監視も命じられている。君が逃亡を図ったと看做されたら、その時にはどんな手段を講じてでも止めなければならない」
「殺す__という意味か?」
「…君は戦闘力だけでなく知能も大人並みだな」
だったら判ってくれるだろう?と言ったツォンを、セフィロスは冷ややかに見つめる。
「お前に、俺が殺せるのか?」
「……俺には、無理だ…」

人為的に強化されてモンスターと戦う事を強いられている哀れな子供を、殺せる訳が無い。
どうやら自分はタークスの仕事を甘く見すぎていたようだ、と、ツォンは思った。
私情を捨て、冷徹に任務をこなせるようでなければ、タークスは務まらない。
「お前にも、他の3人にも無理だ」
「JJとエレオノーレはとも角、クロフォードは冷徹な男だ。それに我々は、命令に従わなければならない」
「判らない男だな。ファイアードラゴン相手に苦戦するような人間に、俺が殺せる筈が無いだろう」
ツォンは、改めてセフィロスを見た。
セフィロスの言っている「殺せない」は、ツォンの言ったそれとは意味が違うのだ。
確かにセフィロスの言う通り、心情云々の前に戦闘能力という観点からして、自分たちにセフィロスは殺せないだろう。
4人がかりでも、相打ちがせいぜいだ。
セフィロスの戦闘能力の高さを目の当たりにしたばかりだと言うのに、それでも彼を『哀れな子供』だと思った自分の迂闊さを、後悔する。

すっと背筋が冷えるのを、ツォンは感じた。
マバリアは使えない。武器は銃だけ。
セフィロスが軽く地を蹴って跳躍すれば、たちまち背後を取られるだろう。
一瞬で死ねるのなら、むしろ楽かも知れない。
セフィロスに斃されたモンスターたちは、断末魔の悲鳴を上げる暇も与えられなかった__

「そもそも、どうして俺が逃亡したがっているなどと思うんだ?」
セフィロスの言葉に、ツォンはハッとして相手を見た。
会話が噛み合わない。
セフィロスは実験サンプルなのだから逃亡したがっているのは当然だと考えたのは、ただの思い違いなのか…?
そもそも実験サンプルなどでは無く、特殊な能力を持った人間?
宝条たちは、ただそれを研究しているだけ?
或いは……

「研究室の居心地は良くない。宝条がいるからな。しかしだからと言って、逃亡しようとは思わない」
「だったら……クロフォードたちの所に戻ってくれ」
「だから足手まといだと言ってるだろう」
幾分か苛立たしげに、セフィロスは言った。
逃亡する積りが無いというのが本心かどうか、ツォンには判断が付かない。
「子供の頃、一度だけ研究室を抜け出した事がある。どうしても会いたい人がいたからだ。でもその人は死んでしまった。3年くらい前に」
だから、と、セフィロスは続ける。
「今の俺には行きたい場所なんて無い。宝条もそれは判っている筈なのに、どうして俺を監視なんかさせる?」
「……誰が命令を下したのか、どういう意図なのか、それは我々には判らない……」

そう、ツォンは言った。
他に言うべき言葉が見つからない。
ただ判ったのは、セフィロスは子供の頃から__今も子供だが__研究室で育てられているという事だ。
それが生まれ持った特殊な能力のせいなのか、人為的に強化するサンプルとしてなのか、それは判らないが。

「別に行きたい場所なんて、無い。でも今日は遠くに来られて楽しい。本物の森も、本物のモンスターも初めて見た」
「……楽しい…?」
鸚鵡返しに、ツォンは訊いた。
そして、セフィロスがここに来るまでの間、ずっと窓から外を眺めていた事を思い出す。

------そういう事か……
すっと血の気が引くように、ツォンは感じた。
セフィロスは、ただ一度の例外を除いて研究室の外に出た事はなかったのだ。
ずっと、研究室に軟禁されていた。
だからセフィロスに行く当てが無いのが判っていながら、宝条はセフィロスの逃亡を恐れたのだ。

「シミュレーションのモンスターを斬っても手ごたえが無いし、いつもは隔離室の中でだけだから魔法も思い切って使えない。だから今日は楽しいんだ。邪魔しないでくれ」
言葉が見つからずに、ツォンは口を噤んだ。
自分はきっと今、セフィロスを救いたいと思っているのだろう。
研究室に閉じ込められ、戦士となる為だけに育てられている美しくも哀れな子供。
「楽しい」と、無表情で言う生きた『人形』。
そんな生き物を目の前にして、それでも尚、神羅の命令に従おうとする自分が、とてつもなく穢れているように思える。
だが、自分に何が出来る?
セフィロスの能力が先天的なものであれ、人為的なものであれ、今更『普通』の子供になどなれないだろう。
セフィロスはもう、戦いの味を覚えてしまった。
後戻りは、出来ない。

「……判った」
暫くの沈黙の後、ツォンは言った。
「だがせめて俺からは離れないでくれ。ここは電波の状態が悪くてクロフォードたちに連絡も出来ない。だから俺が側にいなければ、君は逃亡したと看做される」
「お前が側にいたら、邪魔な事に変わりは無い」
「……だったら視界の利く範囲内で離れていよう。だが必ず、視界の利く範囲内で、だ」
セフィロスは幾分かまだ不満そうではあったが、「判った」と、短く答えた。






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