初陣

(2)



ヘリに乗ってからずっと、セフィロスは窓の外を眺めていた。
「坊主、ヘリに乗るの、初めてか?もしかして、ミッドガルから出んのも初めてとか?」
JJは気さくに話しかけたが、セフィロスは答えなかった。
JJは肩を竦めた。
「にしてもあのオヤジ。『そいつらがモンスターに襲われても無視して構わない』とかこのガキにほざきやがって。オレらを何だと思ってんだか」
「お前こそ、科学部門統括を何だと思っている?」
クロフォードの言葉に、JJは再び肩を竦めた。
「判ってますって。うちの会社で『統括』の肩書きが付く人間は要するに会社の幹部で雲の上のお偉いさん。オレらの年収なみの月給貰ってるってヤツでしょ?」
副主任は別っすけどねー、何たって副主任だし__ぼやくように言ったJJに、クロフォードは眉を顰める。
「お前の年俸が上がらないのはその態度が査定でマイナスになるからだ。少しは自覚しろ」
JJは、みたび肩を竦めた。
『JJの言う事、気にしないで良いわよ』
パイロット用の無線で、エレオノーレはツォンに言った。
エレオノーレは操縦席でヘリを操り、ツォンは副操縦席に座っていた。
後部座席の窓際にセフィロス、真ん中にJJ、反対の窓側に、クロフォードが席を占めている。
『あの人…いつもあんな調子なんですか?』
『JJの口の悪さはタークス一なの。でも皆があんな訳じゃないから、タークスに志願した事を後悔しないでね?』
分かっています、と、ツォンは答えた。

ツォンがタークスに志願したのは、そうすれば神羅カンパニーの中枢に顔が効く様になると聞かされたからだ。
この国で生まれていないツォンの両親と祖父は、未だに市民権が取れずにいる。
両親は何とか永住権を得たが、元々不法移民だった祖父が永住権や市民権を獲得するのは難しい。
そして市長への陳述よりなにより効果的なのは、神羅カンパニー上層部の口利きなのだ。
それにしても皮肉な話だと、ツォンは思った。
彼の祖父はウータイの専制政治に反対する学生運動に参加して、国外追放の身となった。
祖父が移民としてこの国の土を初めて踏んだ時には、この国にはウータイには無い理想があった筈だった。
だが元々兵器製造会社だった神羅カンパニーがライフストリームを原子力のように利用する技術を開発してから、全てが一変した。
人々の生活は飛躍的に便利に快適になり、神羅カンパニーは国家にも匹敵する力を手にするようになった。
巧みな宣伝活動で神羅はその実体を隠しているものの、この国が神羅という専制君主に支配されているのは間違いない。
権力で強制するか、金で人の心を操るか__違いは、それだけだ。
かつて学生運動の闘士だった祖父は痴呆の症状が現われ始め、商売がうまくいって安定した生活を営んでいる両親は、この国を離れる積りは全く無い。
まだ16歳になったばかりだが、理想を追うだけでは生きてゆけないのだと、ツォンは理解していた。

「それにしてもお前のその髪、すげーな」
セフィロスの背中を見、JJは言った。
銀色の絹糸のような髪は腰のあたりまで伸び、雲間からのぞく陽の光に煌く。
「ちょっと触っても__」
「触るな…!」
鋭く言って、セフィロスはJJの手を振り払った。
その声に、JJは唖然とする。
「…マジかよ、まだ声変わりもしてねぇの?13,4かと思ってたけど、実は10歳とか11歳とか言わねぇよな?」
「JJ。お前はもう良いから席を替われ」
「冗談じゃねぇぜ、副主任。ムスペルヘイムつったらモンスターがうじゃうじゃしてて人が近づけない地域だぜ?そんな所に、声変わり前のガキを連れてくって言うのか?」
だから私たちで護衛するんだ、と、クロフォードは言った。
「もう、お前は黙っていろ。これ以上、ひと言でも口を利いたら即座にヘリから叩き落す」
「だけど__」
「パラシュート無しで、だ」
渋々、JJは口を噤んだ。
クロフォードは普段は温厚だが、その厳格さと冷徹さは、タークスで右に出る者はいない。
セフィロスは黙ったまま、2人のやり取りを見ていた。
心配しなくて良いと、クロフォードはセフィロスに言った。
「確かにムスペルヘイムはモンスターの巣窟だが、私たちが必ず君を護る」
セフィロスは何も言わず、再び窓の外に視線を転じた。



ムスペルヘイムに到着した一行は、ヘリにバリアをかけてモンスターの攻撃からシールドすると、山の中腹を目指した。
哨戒機による偵察で、この付近に大型のモンスターが集中している事が判っている。
高濃度の魔晄は人間が浴びれば死んでしまうが、モンスターに取っては格好の餌となる。
だからモンスターが集中している地域には魔晄の泉がある筈で、天然のマテリアの採掘場、あるいは魔晄炉の建設地として有望だ。
赤外線探査でもおおよその場所は判っているが、モンスターの生息数が多すぎて調査が進んでいない。
一度、神羅軍が派遣されたが、余りに多くの犠牲者が出た為に遠征は中止となった。
だがこの地に眠るはずの魔晄を手にする事を、神羅は諦めてはいなかった。

「基本的にモンスターは私とJJで斃す。ツォンは主にセフィロスのモニターと護衛、エレオノーレはツォンをサポートしてやれ」
「…俺はモンスターと戦えと言われている」
クロフォードの言葉に、幾分か不満そうにセフィロスは言った。
やっとまともに喋ったと思ったらこれか、とクロフォードは思ったが、表情には出さなかった。
「いいカンジのザコが出てきたら適当に遊ばせてやるぜ。そしたらそのゾン兄ちゃんがお前の戦いっぷりを撮影すっから」
「…ツォンです」
JJの誤りを、ツォンは再び辛抱強く訂正した。
「ま、そんだけ美人ならどうやっても映りは良いだろうから安心__」
バキッと音を立てて木の枝が落ち、ベヒーモスが姿を現した。
「来たぞ!」
ライフルを構えたクロフォードがスコープの中に見たのは、美しい銀色の髪だった。
「……!」
ハッとしてクロフォードがライフルを降ろした時には、ベヒーモスの頭は胴体から離れていた。
セフィロスは何事も無かったかのように、剣を振って血を飛ばす。
「い…きなり飛び出して来んなよ!撃っちまうとこだったじゃねえか!」
JJの言葉に、セフィロスはゆっくりと振り向いてJJの方を見る。
そして、すっと右手を上げた。
「…なんだよ。文句あん__」
「JJ、後ろ……!」
エレオノーレの声に振り向いたJJが見たのは、バジリスク__と言うより、バジリスクがブリザガで凍りつき、粉々に砕け散る姿だった。
「……マジかよ…」
呆然と、JJは呟いた。

クロフォードは、第3のモンスターがいない事を確かめてから、セフィロスに向き直る。
「モンスターとの戦い…慣れているのか?」
「実戦では、初めてだ」

ではシミュレーションで訓練を積んだという訳か?__驚愕と共に、クロフォードは内心で呟いた。
だがシミュレーションはあくまでシミュレーションだ。
どれほどシミュレーションで訓練を積もうと、大概の者は初戦では戸惑う。
だがセフィロスは躊躇いもせずに2頭のモンスターを斃した__それも、一撃で。

「…もう一つ、訊く。何故、ベヒーモスを剣で斃し、バジリスクにブリザガを使った?」
「バジリスクの弱点は氷属性。ベヒーモスに魔法を使うとフレアで反撃される」
何故、そんな当たり前の事を訊くのかと言いたげな表情で、セフィロスは答えた。
「……そうなのか?」
エレオノーレに、JJは小声で聞いた。
「その通りよ。もっと勉強しなさい__と言っても、私たちタークスは使える魔法が限られているから、物理攻撃を仕掛けるしか出来ないけれどね」
ツォン、と、クロフォードは部下の名を呼んだ。
「今の、撮ったか?」
「い…いえ。済みません……」
正直に言って、呆気に取られている内にすべてが終わっていた。
カメラを構えるどころか、それをしなければならない事さえ忘れていた。
「いきなりだったから無理も無い。だが、任務では全てがいきなり起きる。肝に銘じておけ」
「…はい」






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