初陣

(1)



「タークスの副主任、クロフォードだ」
言って、男は右手を差し出した。
意味が判らず、セフィロスは傍らの宝条を見遣る。
「ただ手を出せば良いんだ」
宝条の言葉に、セフィロスも右手を差し出した。
「明日、君と一緒に__」
途中で、クロフォードは口を噤んだ。
一瞬、驚愕の表情を見せるが、すぐにそれは消える。
「君と共に、任務に就く。私の他に、彼らが同行する」
クロフォードの他には、若い男が2人と女が1人いた。
黒いスーツ姿を、セフィロスは珍しく思った。
若い男の1人が、右手を差し出す。
「オレはジャック・ジュニ__ひっ…!」
短い悲鳴を上げて、若い男は握手したセフィロスの手を振り払った。
「JJ…」
窘めるように、クロフォードは部下の名を呼ぶ。
訳が判らず、セフィロスは自分の手を見た。
不機嫌そうに、宝条は眉を顰る。
「握手なんぞ、せんで良い」
「…失礼しました。これはジャック・ジュニア。通称JJ。隣がエレオノーレ。それから、ツォン」
エレオノーレはセフィロスに微笑み、ツォンは軽く会釈した。
JJは、驚愕の表情でセフィロスを見つめたままだ。
「…その端の男は、まだ子供じゃないのかね」
後ろ手に腕を組んだまま、宝条は言った。
「ツォンは確かに新人ですが、訓練は6週間、みっちり受けてありますし、今期の新人としてはトップの成績です」
フン、と、宝条は鼻を鳴らす。
「せいぜいセフィロスの足手まといにならんようにする事だな」



「なんなんすか、あの嫌みったらしいオヤジは」
研究室を出ると、JJは不満そうにクロフォードに訊いた。
「ドクター宝条。科学部門の統括責任者だ」
「それよりJJ。さっきはどうしたのよ?」
エレオノーレに問われ、JJは大袈裟に両手を広げた。
「あのガキの手が、信じられないくらい冷たかったんだ。蛇でも掴んだかと思ったぜ」
「手が冷たいくらいで何よ。あの子、傷ついてたわよ?」
「手を振り払ったのは悪かったと思ってるぜ。だけどよ…」
クロフォードに向き直り、JJは続けた。
「あのガキ、一体何者なんすか?」
「それを知る必要は無い。私たちの任務は彼と共にムスペルヘイムに出向き、そこに巣食うモンスターどもと戦うセフィロスを護衛し、戦いぶりをモニターし、そして監視する事だ」
「…本当にあの子が、モンスターと戦うんですか?」

幽かに眉を顰め、エレオノーレは訊いた。
任務説明は予め受けていたが、セフィロスというのは15,6の少年なのだと思っていたのだ。
だがつい今しがた会ったばかりのセフィロスは、せいぜい12歳かそこいらだ。

「戦わせろ、というのが上からの命令だ。だが我々は彼の護衛も命じられている。危険に晒す事は無いさ」
副主任の言葉に、エレオノーレは安堵したように表情を和らげた。
「だけどアレって本当に人間?造り物かなんかじゃねえの?」
「JJ…。いい加減にしなさいよ」
「だって、顔とか綺麗過ぎるだろう?手も冷たかったし、何より科学部門が絡んでんだ」
JJ、と、クロフォードが言う。
「余計な詮索はするな。任務は冷徹にこなせ__それが、我々タークスの掟だ」
「判ってますよ。『考えるな。行動しろ』…ってね」
ツォンはそれまでJJたちのやり取りを黙って見ていたが、彼らの会話が終わるのを待って、口を開いた。
「副主任。一つ、お聞きして宜しいですか?」
「おう!何でも訊いてくれ」
「でしゃばるな、JJ__何だ、ツォン?」
割って入ろうとしたJJを窘め、クロフォードはツォンに視線を向けた。
「最後の『監視する』、ですが、モニターするのとは別なんですか?」

ツォンの言葉に、エレオノーレとJJが顔を見合わせる。
クロフォードは、改めてツォンに向き直った。

「君は初任務だから説明しておくべきだったな。これは、訓練所では教えないし、一切、資料にも載っていない。つまりは非公式なのだが__」
一旦、クロフォードは言葉を切り、それから続けた。
「我々タークスに『監視』命令が出された時、それはターゲットに逃亡の虞がある事を意味する。そしてもしターゲットが逃亡した時は、あらゆる手段を講じてそれを阻止しなければならない」
「それは、つまり……」
表情を強張らせたツォンに、クロフォードは頷いた。
「基本は生け捕りだが、それが無理なら始末しろ…という意味だ。逃亡は、絶対に阻止する」

すっと背筋が寒くなるのを、ツォンは感じた。
タークスがどういう組織なのかは判っている。嫌、判っている積りだ。
だが年端もゆかない子供をモンスターと戦わせ、逃げたら殺せ、などという任務を実際、命じられる事になろうとは……

「初任務でいきなりこんなのに当たっちまって、アンラッキーだったな、ゾン」
「…ツォンです」
名前の発音を間違われるのは日常茶飯事なのだが、ツォンはいつもそれを辛抱強く訂正する。
ツォンの家は、彼の祖父の時代にウータイからこの国に移り住んだ。
ツォン自身はこの国の生まれでウータイには行ったことも無いし、自分をウータイ人だと思ったことも無い。ウータイの国籍は無いし、この国で市民権を得ている。
彼と同じ境遇の者の中にはウータイの名を捨ててこの国風の名を名乗っている者もいるが、ツォンには理解できない。
名を捨てる事は自らの出自を捨てることであり、自らの原点を否定する事だからだ。
「だけどお前は訓練成績も良いらしいし、将来有望株だからな。今の内にこーゆーのに慣れとけば、後がラクだぜ」
「心配しなくても大丈夫よ、ツォン。任務の第一目的はセフィロスの護衛ですもの。何も悪い事は起きないわ」
「ホントに人間かどうかも判らねぇようなガキだけど、護れと言われれば護るさ」
エレオノーレはJJを見、溜息を吐いた。
クロフォードは明日、使う機材を資材部で受け取っておけとツォンに指示し、その場は解散となった。






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