東ウータイ戦役

(1)



セフィロスの理解者になる。
そう、高らかに宣言したものの、いざ実現するとなると前途多難だ。
何しろセフィロスは任務の時以外、執務室に篭もり切りで姿を現さない。
その上、セフィロスが任務に出る事は滅多に無い。
ウータイ戦が長引き、アンジール、ジェネシスを含むソルジャー達はたびたび遠征に狩り出されていたが、既に英雄として勇名を馳せているセフィロスは、よほど重要か困難な任務でもない限り、出撃させないのが神羅カンパニーの方針だ。
ジェネシスはアンジールと共に着々と戦果を挙げ、次のセフィロスの任務でも指名されて同行を命じられる事を狙っていたが、肝心のセフィロスが、全く任務に出ないのだ。
余りに日が開いてしまえば、セフィロスに忘れられる可能性すらある。

「セフィロスに会いに行くぞ」
遠征後の休暇の始まったその日、業を煮やしたジェネシスがアンジールの部屋を訪れて言った。
1stになってすぐにジェネシスはソルジャーの寮を出て部屋を借りたが、アンジールは節約の為、寮に残っている。
ソルジャーの寮は駐屯地の兵舎と同じ扱いなので、起床・消灯時間や外出許可など様々な制約はあるものの、無償で住む事が出来る。
寮内の食堂も無料だ。
ソルジャーも2ndまでは寮で起居する事が義務付けられているが、1stになれば自由だ。
と言うより、1stになってまで不自由な寮に残る者は、アンジールの他にはいない。
2nd以下でも結婚すれば寮を出られるので__と言うより、家族用の部屋が寮には無い__寮を出たいが為に結婚する2ndもいるくらいだ。
「会いに行く…だと?」
幼馴染の突然の発言に驚いて、アンジールは訊き返した。
「その通りだ。任務に出て来るのを待っていたんじゃ、次にいつセフィロスに会えるのか、判ったもんじゃない」
「だがそんな事をして、統括に叱られないか?」
「『英雄の執務室を訪問すべからず』とは、軍規のどこにも書いていない」
一応、調べた、とジェネシスは付け加える。
しかし、と、アンジールは難色を示した。
「統括はとも角、当のセフィロスが嫌がらないか?人嫌いだからこそ、執務室に篭もっているんだろう?」
「セフィロスはプライベートな事を訊かれるのが嫌いなだけだ」

初めてセフィロスの任務に同行した時の事を思い出しながら、ジェネシスは言った。
2度目の時はアンジールの実家の不幸もあったし、両親の事に言及してセフィロスを不機嫌にさせてしまった事もあって、1週間の遠征に同行した割には殆ど話も出来なかった。
だが初めての任務の時の感触からして、セフィロスは人と話す事自体が嫌いという訳ではなさそうだと、ジェネシスは考えていた。

「だとしても…呼ばれてもいないのにいきなり行くのか?アポとか取らなくて良いのか?」
「深窓の令嬢を口説く時にはこの位の押しの強さが必要なんだ。いちいち礼儀正しく執事なんぞを通していたら、最初のきっかけすら掴めない」
「セフィロスは令嬢じゃないぞ」
幾分か呆れて言ったアンジールに、ジェネシスは笑った。
「難攻不落、という点からすれば、令嬢より姫君に近いな」
だが、と、ジェネシスは続ける。
「退屈な姫君に話し相手が必要なように、暇を持て余している英雄殿にだって話し相手は必要だろう」
「セフィロスが暇だと思うのか?」
考えても見ろ、と、ジェネシスは言う。
「セフィロスが任務に出るのはせいぜい2,3ヶ月に一度だぞ。書類仕事はそれなりにあるのかも知れないが、他のソルジャーの指導にあたる訳でもなく、執務室に篭もりっきりだ」
「まあ、確かに…。暇かもな」
「問題は、女だな」
女?と、アンジールが訊く。
「無聊を慰める為に女を連れ込んでいるなら、当然、門前払いを喰らうだろう」
まさか、と、アンジール。
「昼間っから執務室に女を連れ込むようなタイプには見えなかったぞ?」
「だがこの前のウータイ遠征では、日替わりで女を現地調達していた」
「…どうしてそんな事が判る?」

初めてセフィロスに会った時にもジェネシスはそんな事を言っていたなと思い出しながら、アンジールは訊いた。
遠征先でアンジールとジェネシスは同じテントだったが、セフィロスとは別だったし、場所も離れていた。

移り香だ、と、ジェネシスは説明する。
「毎日、違う香を漂わせていた」
「……同じ女性が、違う香水を使っていた可能性だってあるだろう」
「1日目はサンダル・ウッドだった。東洋で白檀と呼ばれる深遠な香だ。2日目は甘いバニラ。タイプが違いすぎる」
詳しいな、と、半ば感心し、半ば呆れながらアンジールは言った。
「俺は香なんて全く気付かなかったぞ?」
「本当に幽かな香だからな。だからあれは本人がつけてるんじゃなくて、移り香だ」

ジェネシスがそう言うならそうなのだろう、と、アンジールは思った。
アンジールは香水の事など全く判らないが、バノーラにいた頃からジェネシスは女の子に人気があったし、ミッドガルに来てからもデートの相手には事欠かない。
女性に香水をプレゼントした機会も、香水の匂いをさせて__つまり移り香だ__寮に戻って来た事も何度かあった。
だが、特定の相手と長続きした事は無かったし、言うほど深い関係でも無かったようだ。
ジェネシスは気まぐれなので、昨日まで夢中だった相手にあっさり飽きてしまう。
その気まぐれなジェネシスが4年も前からずっと憧れ続けているのが、他ならぬセフィロスだ。

「…もしもお前の言う通りなら、セフィロスは無骨なソルジャーの話し相手なんて欲しがらないんじゃないか?勝手に押しかけて、この前みたいに機嫌を損ねたらどうする」
お前は別に来なくても良いんだぞ、とジェネシスが言うと、そうは行くかとアンジールが答える。
「お前一人じゃ、不安だ」
「素直に自分もセフィロスと話がしたいと言え」
ジェネシスの言葉に、アンジールは肩を竦めた。






back/next