気まぐれというより、多分、恥ずかしがっているのだろう__そう、オラトリオは思った。慣れない__初めての__事なのだから。その割には、オラトリオがたじろぐ程、積極的な時もあるが。
 戸惑わされる事は多いが、それでもオラトリオは幸せだった。そして、オラクルも幸せなのだと信じていた。
 信じて疑わなかった。

 その日、<ORACLE>に戻ったオラトリオは、ゲートの前に二人の姿を見た。何やら険悪な雰囲気だ。
「師匠、ご令嬢。どうしたんです?」
「オラトリオ様、ちょうど良いところにいらして下さいましたわ。お兄様の事、オラクル様に謝っておいて下さいませ」
「俺様は何もしとらん」
どうしたのかとオラトリオが聞く前に、むっつりと腕組みして、コードは言った。
「何もどころか、お兄様、オラクル様を怒らせてしまいましたの。私からもお詫びいたしますわ」
「…さいですか」
面白くないことになりそうだと、オラトリオは思った。エモーションがこう言うからには、オラクルの機嫌はよほど悪いに違いない。
「先に師匠に話を聞かせて頂いた方が良いみたいっすね」
「ああ…。俺様もお前に話がある」

 オラトリオとコードは、コードの「家」に向かった。途中、何があったのかオラトリオは訊ねたが、コードは答えなかった。
「一体、オラクルに何を言ったんです?」
コードの家に着くなり、改めてオラトリオは聞いた。
「お前を好きだというのは本当かと聞いた」
「それで?」
「いきなり怒り出した。非難される謂れは無いと言ってな」
オラトリオは、軽くため息を吐いた。
「この前、わざわざお願いしたじゃないっすか」
「だから俺様、余計なことは何も言っておらん。ただ確認しただけだ」
「ご令嬢もご一緒で?」
コードは首を横に振った。
「エレクトラは後から来たんだ。俺様がいる事は知らなかった。オラクルは、エレクトラに口もきかなかった」
「まさか」
オラクルは元々、おっとりした性格だ。時には拗ねたり怒ったりする事もあるが、誰かに八つ当たりなどしない。幾らコードに対して怒っていても、エモーションを無視するなど考えられない。だからこそエモーションは、コードがよほど酷い事をしたのだろうと考えたのだ。
「師匠。この際だから本当のことを言って下さいよ。一体、オラクルに何を言ったんです」
「『お前がひよっ子を好きだというのは本当か』__この通りだ。他には何も言っとらん」
「本当にそれだけなんすか?」
「くどい」
短く、コードは言った。きっと、コードの口調は非難めいていたのだろう。少なくともオラクルはそう、取った__それにしても、それだけでエモーションに対してまで不機嫌な態度を取るだろうか…?
「最近、オラクルの様子に何か変わったところは無いか?」
オラトリオを眇め、コードは言った。
「変わったって言うより…」
今まで、二人は仕事上の相棒でしか無かった。暫く前からオラトリオはオラクルを意識するようになっていたが、態度には表さないでいた。その関係が、急に変わったのだ。オラクルの様子が以前と違うのは、当然だろう。
「あれほど感情的なオラクルを見たのは初めてだ」
独り言の様に、コードは言った。

「たでーま、オラクル」
オラトリオの言葉に、応えは無かった。オラクルはいつも通り、カウンターの中にいたが。
 ここ数日は、オラトリオの信号を察知すると、カウンターから出て来て出迎えてくれたものだ。それを思うと、オラトリオは気持ちが重く沈んだ。
 オラクルは、オラトリオを無視して仕事を続けた。重傷だと、オラトリオは思った。
「…師匠に悪気は無かったんだぜ?」
黙っているのが気詰まりなので、オラトリオは言った。
「そもそもお前が余計な事をコードに言ったりしたからだろう」
不機嫌なオラクルの言葉に、オラトリオは思わず、肩を竦めた。
「だからそれは悪かったって謝ったじゃねえか。何にしろ、エモーションにまで八つ当たりするこたぁねえだろ」
「何でそう、エモーションの肩を持つんだ」
恨めし気な視線を投げつけられ、オラトリオは面食らった。
「肩を持つって__」
「判ってるよ。お前は女の人の方が好きなんだろう?エモーションは可愛いし」
「ちょ…っと待てよ、オラクル」
オラトリオはカウンターを越え、オラクルの側に歩み寄った。オラクルは席を立ち、オラトリオから離れようとした。幾分か強引に、オラトリオは相手を抱きしめた。
「別にコードが何を言おうが、どうだって良いじゃねえか。これは俺達二人の問題だろ?」
オラクルは、黙ったままオラトリオを見上げた。その瞳が、心なしか潤んで見える。
「俺はお前が好きだし、お前も俺が好きだ__だろ?誰に対しても、疾しい事なんぞ何も無えぜ」
非難される謂れは無いし、それを気にする事もない__そう言って、オラトリオはオラクルを宥めた。

 夜になる頃には、オラクルは大分、機嫌を直していた。ソファに並んで腰を降ろし、他愛のないお喋りをしながら、時々、口づけを交わす。そうしている内に気持ちが昂ぶるのを感じ、オラトリオはオラクルを抱き上げた。
 プライヴェートエリアに入り、互いの服を剥ぎ取る。深く口づけ、舌を絡めあったまま、ベッドに倒れ込んだ。
「愛している、オラトリオ。愛している…」
「俺もだ。愛してるぜ、オラクル…」

 暫くの時間の後、二人は心地良い疲労に身を委ねていた。
「…私は欲張りなのかな」
そう、オラクルは言った。
「欲張り?」
「私たちはリンクされているだろう?だから、いつでも繋がっている。でもそれだけじゃ、不十分なんだ」
言いながら、オラクルはオラトリオの身体に回した腕に、力をこめた。オラトリオはオラクルの髪に指を絡めた。
「お前が欲張りなら、俺も同じだな」
「お前も、同じ様に思ってくれているのか?」
オラトリオは、軽く笑った。
「お前とは良い相棒だが、それ以上の関係になれて凄く嬉しいぜ。そうなりたいと、前から思ってた」
「前から?でもお前はそんな事、少しも言わなかったじゃないか」
幾分か恨めし気に、オラクルは言った。
「お前が受け入れてくれると思わなかったんだ。手厳しい統御者殿だからな」
「理由はそれだけなのか?」
「それだけって__」
「本当に、私はお前に愛されているのか?」
オラクルの言葉は、オラトリオの気持ちを重くした。今までずっと、オラクルは彼を信頼してきた。こんな風に、疑いを向けられる事など無かったのだ。
「愛している。お前の為なら、俺は何だってするぜ。お前を護る為なら、どんな事でも」
間近に相手を見つめ、オラトリオは言った。けれども、オラクルは不機嫌そうに眉を顰めただけだった。
「それはお前の仕事だろう。私の事をどう思おうと、お前は私を護らなければならない」
「…俺にどうしろと?それでお前の気が済むんだったら、俺はなんでもするぜ」
オラトリオの言葉に、オラクルは口を噤んだ。暫くそうして黙ったまま、オラトリオを見つめる。
「リンク以上の…繋がりが欲しいんだ」
やがて、オラクルは言った。
「その為にあるのでなければ、私のCG(からだ)など何の意味も持たない。ましてや感情や感覚なんか、仕事には無用のものだ」
 或いは、無用以上の。
 オラクルは、オラトリオの肩から胸にかけて、指を這わせた。
「お前を受け入れて私の中にお前を感じたように、私をお前の中に感じたい」
身体の位置をずらし、オラクルはオラトリオに覆い被さる。
「生殖は私たちには無縁だ。快楽が欲しければ、データだけ送り込めば良い。そんな事は、私は望んでいない」
オラトリオは、オラクルの背に腕を回した。
「感覚と感情の全てで、お前を感じたい。お前と私の間の繋がりを、強く深く感じていたい…」
「…お前の望むままに」
鈍磨する意識の中で、オラトリオは言った。


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