Checkmate
(1)
電話が鳴っている。
が、この部屋の主はそれが聞こえないかのようにチェス盤に向かったままだ。
対戦するジェネシスも、同じだ。
「…おい、電話が鳴っているぞ」
「うるさい」
中々電話が鳴り止まないので仕方なくアンジールは言ったが、セフィロスの反応は冷たい。
英雄の執務室の電話に勝手に出る訳にも行かず、アンジールが肩を竦めると、電話は鳴り止んだ。
が、すぐに控えの間の電話が鳴り始める。
控えの間で何やら話す声が聞こえ、それが終わったと思ったらノックもなしにドアが開く。
「セ〜フィ〜ロ〜ス。居留守なんか使ってんじゃねぇよ」
言ったのは、タークスのJJだ。
タークスは交代でセフィロスの執務室で『護衛』に当たっているが、その日はJJが当直だった。
「居留守なんか使っていない。電話を無視しただけだ」
「同じだっつーの。お陰でオレが宝条のオヤジに文句言われたじゃねぇか。今日は定期健診の日なんだろ?」
JJの言葉に、セフィロスは答えなかった。
相変わらずジェネシスと二人、チェス盤を睨んだままだ。
業を煮やし、JJは執務室の奥にあるソファ__そこでセフィロスとジェネシスの二人がチェスをしている__に歩み寄った。
「オレはお前の護衛であって、秘書じゃねぇっつーの。電話ぐらいちゃんと出ろ。そして定期健診に行って来い」
「まだ勝負がついていない」
JJの方を見もせず、セフィロスは言った。
ここ数週間ほど、セフィロスはチェスに熱中していた。
セフィロスにチェスを教えたのはジェネシスだ。
寿命の縮む思いをしてセフィロスから「また遊びに来てくれ」という言葉を引き出したジェネシスは、セフィロスの無聊を慰めるのに何が良いか散々悩んだ挙句、チェスボードを持って執務室を訪れたのだった。
最初、セフィロスはチェスの存在自体知らなかったが、ルールを教えるとすぐに覚えた。
最初はアンジール__チェスは、かろうじてルールが判るレベル__と五分五分の腕だったが、定跡を覚えてからは別人のように上達した。
今では、チェスの大会で優勝したこともあるジェネシスに迫る腕前だ。
「…その勝負、すぐに終わりそうなのか、ジェネシス?」
アンジールの問いに、当分かかる、とジェネシス。
「だったら先に健診に行って来たらどうだ、セフィロス?定期健診なんて、すぐに終わるんじゃないのか」
「3時間はかかる」
アンジールの言葉に、憂鬱そうにセフィロスは答えた。
それは大変そうだとアンジールが思った時、再び電話が鳴った。
JJは大げさに肩を竦め、電話に出る。
「セフィロスならたった今、そっちに向かいましたよ。もうすぐ着く頃じゃないっすか?」
言って電話を切ると、JJは再びセフィロスに歩み寄る。
「こいつらとまた遊びたかったら大人しく健診に行って来い。宝条と喧嘩になって不愉快な思いをするのはお前だぞ」
JJの言葉に、セフィロスは不満そうに相手を見た。
「…俺ならば、ここで待っているから」
それまで黙っていたジェネシスが言った。
宝条とトラブルになって、セフィロスに会いに来れなくなる事を懸念したのだ。
「お前もここにいるか?」
「え?__あ…ああ」
セフィロスに訊かれ、殆ど反射的にアンジールは答えた。
セフィロスはまだ不満そうではあったが、席を立ち、「そのまま手を触れるなよ」と言い置いて、踵を返した。
扉に向かうものだと思っていると、逆に部屋の奥に歩み寄る。
セフィロスが手袋を外した手をかざすと、壁が開いた。
開いた先は箱型の空間になっていて、セフィロスがその中に入ると、再び壁が閉まる。
「エレベータ?部屋の中に…か?」
唖然として言ったアンジールに、知らなかったのか、とJJ。
「お前たち、ここには何度も来てるんじゃねぇのか?」
「来てはいるが、あれは初めて見た。専用エレベータって事か…?」
ジェネシスの問いに、JJは頷いた。
「凄いな。どこに通じているんだ?」
「そいつは言えねぇな。オレ達には、守秘義務ってもんがあるんでね」
JJの言葉に、ジェネシスは幽かに眉を顰めた。
同じクラス1stのソルジャーである自分たちより、タークスの方がセフィロスについてより多くを知っているらしいのが気に入らない。
いつぞやツォンとかいう若いタークスも言っていたが、そもそもセフィロスにどうして護衛が必要なのか、それも解せない。
「健診に3時間もかかるんだったら、一旦、戻るか」
トレーニングでもしたいしと言うアンジールに、ジェネシスは再び眉を顰めた。
「ここで待っていると言ったんだから、待っていろ」
「3時間以内には、戻って来るさ」
「それでセフィロスが予定より早く帰ってきたらどうするんだ?」
ジェネシスの言葉に、今度はアンジールが眉を顰めた。
「そもそもどうして俺がここに残る必要があるんだ?セフィロスのチェスの相手はお前だけだろう」
そんな事、俺が訊きたい__咽喉まで出かかった言葉を、ジェネシスは噛み殺した。
東ウータイ戦役の問題点を指摘したのも、セフィロスにチェスを教えたのもジェネシスだ。
初めの内こそアンジールもチェスの相手をしていたが、今ではアンジールでは相手にならない。
だからセフィロスと勝負をするのはジェネシスだけなのに、何故かセフィロスはアンジールも一緒にいる事を望む。
正直に言えば、それは不思議でも何でもない。
アンジールは子供の頃から面倒見が良く、自分より幼い子は勿論、同い年の子供たちにも頼られていた。
そのせいで巻き込まれなくても良いトラブルにも度々巻き込まれていたが、「頼られると断れない」「困っている人を見ると放っておけない」のがアンジールの性分だ。
そしてそんなアンジールの性分は自然と人の輪を呼び、アンジールはいつも多くの友人に囲まれていた。
それはミッドガルに出てきてからも変わらない。
僅か1年半足らずで1stに昇進した事で、アンジールとジェネシスの2人を妬む者も少なからずいた。
が、ジェネシスの陰口を叩く者がいても、アンジールを悪く言う者は殆どいない。
1stになってからもアンジールは2nd時代の友人と親しくし、トレーニングに付き合ったりしてやっている。
そしてそういうアンジールの普段の振る舞いが、一種の親しみやすさを彼に備えさせているのだ。
アンジールに引き換え、自分には友人が少なかったのだとジェネシスには判っている。
少なかったどころか、アンジールしかいなかった。
女の子には人気があったが、その理由の半分が容姿、半分が地主の息子という地位にあるのだと、自覚している。
特定の相手と長続きしないせいで、不誠実だとアンジールに詰られた事がある。
だが元々向こうは__と言うよりお互いに__表面的なものだけに惹かれていたのだ。
長続きなど、する筈も無い。
その事を、今まで不満に思った事は無かった。
アンジールが人に好かれやすい性格なのも友人が多いのも、妬んだ事は無い。
だがセフィロスに関わる事となると、話は別だ。
東ウータイの問題に関して調べ上げ、対策を考えるのにどれだけの時間がかかった事か。
神羅軍内部の実情を知るのに、どれだけの手間をかけた事か。
そうやって自分は懸命になってセフィロスの気を引こうとしているのに、ただ側にいるだけのアンジールの方がセフィロスに気に入られているのだとしたら、理不尽だ。
尤も、ジェネシス自身、アンジールが側にいる方が落ち着くのだから、その事でセフィロスを責められはしないが。
「……お前ら、神羅軍の元帥たちを呼びつけた1stだよな」
ライティング・デスクの上に座り、JJは訊いた。
「呼びつけたのは、俺たちじゃない」
「そうまでしてセフィロスの気を引いて、どうする積りなんだ?」
JJの言葉に、部屋の空気が張り詰めたものに変わる。
「あいつに憧れている人間は五万といる。だが、近づけるのはごく一部だ」
そして、と、JJは続ける。
あいつは、誰にも心を開かない
「……そんな事、どうしてあんたに判る?」
ジェネシスの問いに、JJは肩を竦めた。
「あいつは6年前からずっとこの部屋に一人で篭もっていた。退屈だからたまに遊び相手を欲しがる時もあるが、本人が飽きるか、宝条の横槍が入って終わりだ」
「俺は__俺たちは、他の連中とは違う」
そう、ジェネシスは言った。
「他の連中は薄っぺらな好奇心で、セフィロスのプライバシーを暴こうとしているだけだ。俺の望みはセフィロスの理解者になる事。徒にセフィロスの偶像を崇拝している蒙昧な輩とは違う」
「…ガキのクセに、言う事だけは立派だな__で、お前は?」
アンジールに視線を向け、JJは訊いた。
「俺は…セフィロスの友人になりたいと思う。セフィロスがそれを望まないのなら、無理強いしようとは思わないが」
それでも、と、アンジールは続ける。
「誰にだって、友人は必要だろう。少なくとも、悩みを相談するくらいの相手は」
幽かに、JJは笑う。
「セフィロスに、悩みがあると思うか?あったとして、お前がそんな相談にのってやれると?」
「俺が解決してやれるとか思ってる訳じゃない。ただ……セフィロスが愚痴りたくなる時があったら、側にいて、聞いてやりたいとは思う」
アンジールの言葉に、JJはもう一度、笑った。
が、すぐにその笑みは消える。
「本気でセフィロスの友人になる積りなら、覚悟を決めておけ」
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