Checkmate

(2)



「ジェネシス・ラプソードスと、アンジール・ヒューレー__最近、その2人が頻繁にお前の執務室に出入りしているようだな」
セフィロスの血圧を測りながら、宝条は言った。
「だから?」
そう、警戒するな、と、宝条。
「あの2人は、他の連中とは違う。お前が気に入ったのなら、側に置くのも良いだろう」
「他の連中と…違う……?」
鸚鵡返しに、セフィロスは訊いた。
宝条は眼鏡の位置を正し、測定データをPCに打ち込む。
そして、次は脳波と心電図だと言った。
いつもの事なので、セフィロスは大人しく診察台に横たわった。
絹糸のような銀色の髪が、無機質な診察台に彩を添えるように広がる。
「お前も知っているだろうが、あの2人は1年ちょっとで1stまでのし上がった実力者だ。ついでに言えば、お前と歳も近い」
だから、と、宝条は続ける。
「あの2人と遊びたければ、私は別に止めんよ。但し、定期健診はちゃんと受けろ。お前の義務だ」

宝条の言葉を、セフィロスは意外に思った。
今まで誰かが__主には護衛についているタークスか、研究所の助手だが__自分に近づいて来ると、宝条が彼らを追い払ってしまっていた。
その事を不満に思う反面、彼らの不躾な質問や驚愕の表情に辟易していたセフィロスは、一人でいる事を好んでもいた。
それでも時折、言い様の無い疎外感に苛まされる事はある。
だから今は、ジェネシスやアンジールと共にいられる時間が楽しい。

「……どうしてあの2人は、他の連中とは違うんだ?」
心電図と脳波の測定が終わって診察台に上体を起こすと、そう、セフィロスは訊いた。
1年足らずで1stになった実力と年齢。それが理由だとは、思えない。
だが宝条は答えない。
代わりに、カプセルに入るようにと促す。
セフィロスは渋々と、高濃度魔晄を浴びる為に、カプセルに入った。
「…リユニオン」
カプセルの扉を閉めると、そう、宝条は呟いた。



「覚悟って、どういう意味だろうな…」
JJが部屋を出て行くと、アンジールは言った。
さあ、な、と、ジェネシスは肩を竦める。
「それにしても、チェスを選んだのは失敗だった」
「…失敗?」
ぼやいたジェネシスに、アンジールは訊き返した。
「確かにセフィロスはチェスに興味を持った。それは良い。だがゲームに熱中するだけで、何時間、一緒にいてもろくに話も出来ない」
「まあ…それは確かにそうだな」
「それにチェスの上達が予想以上だった。わざと負けるのも、もう、限界だ」
ジェネシスの言葉を、アンジールは意外に思った。
「お前、今までわざと負けたりしていたのか?」
当然だろう、と、ジェネシス。
「負けるばかりでも、勝つばかりでも面白くない。ゲームとは、そういう物だ。だから俺はセフィロスがチェスに興味を持つように、適度に勝ったり負けたりしていた」
「……俺は全力で負けたがな」
「だからもう、お前じゃ相手にならないんだ。それなのに……」
セフィロスは、アンジールが側にいる事を望む__そう思うと、ジェネシスは不愉快にならざるを得なかった。
自分よりアンジールの方が人に好かれやすい性格なのは判る。
だがそれでも__理不尽だ。

「…ジェネシス」
そう、アンジールは幼馴染の名を呼んだ。
「お前は、セフィロスの理解者になりたいんじゃないのか」
「だったら何だ?」
訊き返したジェネシスに、アンジールは改めて向き直る。
「セフィロスに興味を持たせる為にわざとゲームに負けるとか、そういう駆け引きめいた事をするのは、不誠実じゃないか?」
アンジールの言葉に、ぴくりとジェネシスの指が震える。
「セフィロスを理解したいなら、正々堂々と接すれば良いじゃないか。確かにセフィロスには両親の事とか、余り人に話したくない面があるようだから気を遣うのは判る。だがだからと言って__」
「もう、良い」
そう、ジェネシスはアンジールの言葉を遮った。
「お前の言いたい事は判る。何も言わなくたって、お前の言いたい事は判ってるんだ」
言って、ジェネシスはチェス盤に視線を向けた。
初めはジェネシスが持参したチェス盤を使っていたが、セフィロスはどこからか白大理石と黒曜石で出来た高価なチェス盤を手に入れ、今はそれでゲームしている。
それが意味する事を、アンジールは充分には判っていないのだと、ジェネシスは思った。
セフィロスは、特別な存在なのだ。
誰よりも美しく、誰よりも強く、誰よりも高貴だ。
そんなセフィロスに近づくのに、『誠意』だけで事足りると思っているアンジールは笑止だ。
だが現実には、セフィロスはアンジールの方を気に入っているらしい。

「……理不尽だな」
そう、ジェネシスは呟いた。
「何が…だ?」
訊き返したアンジールに、ジェネシスは肩を竦めた。
「お前が人に好かれやすい性格なのは判る。だが他ならぬあのセフィロスが、お前の方を気に入っているなんて…」
「…別にそういう訳じゃ無いだろう」
「じゃあ、俺一人で来てもセフィロスが会おうとしないのは何故だ?相手をするのは俺だけなのに、お前にも待っていろと言う理由は?」
苛立たしげに、ジェネシスは言った。
アンジールは、意外に思った。
ジェネシスが一人でここに来ていたのは知らなかったが、確かにセフィロスは、アンジールもここで待っているのを期待していた。
理由は、判らない。
考えられる理由は、と、ジェネシスは続けた。
「お前の方が俺より気に入られているか、セフィロスが俺たちを二人一組でしか認識していないか、そのどちらかだ」

いずれにしても不愉快だと、ジェネシスは内心で毒吐いた。
こんな不愉快な思いをするのは、昔、村祭りでダンスのパートナーに狙っていた娘が、アンジールにダンスの相手を申し込んだ時以来だ。
あの時は手練手管を尽くしてその娘のパートナーの座を勝ち取ったが、祭り当日になってどうしてそこまでしてその娘と踊らなければならないのか判らなくなり、約束をすっぽかしてアンジールに詰られた。
だがあの時と今とでは状況が違う。
今、ジェネシスが気を引こうとしている相手は、田舎の小娘などではなく神羅の英雄なのだ。

「……ジェネシス」
静かに、アンジールは幼馴染の名を呼んだ。
「セフィロスは6年前からずっとこの部屋に一人で篭もっていたって、さっきのタークスが言ってたよな」
「…だから?」
「俺はセフィロスは人嫌いなんだと思っていた。だがどうも、そういう訳じゃないらしい」
あいつはただ、と、アンジールは続ける。
「孤独なんだと思う。余りに孤独だったから、どうやって人と付き合っていいか判らないんじゃないか?」
「だから俺よりも、付き合い易いお前の方を気に入ってるって訳か」
「そうじゃない。気に入るとか入らない以前に、人との接し方が判らないだけだと思う」

アンジールの言葉を、ジェネシスは心中で反芻した。
初めて会った時にアンジールの握手を無視したり、任地へ向かうヘリの中でずっと黙っていた事を思い出す。
セフィロスが正確に何歳なのかは判らないが、6年前にはまだ子供だった筈だ。
その頃から戦地に狩り出され英雄として持て囃される一方、誰も寄せ付けず、この高価な家具で飾られた部屋に、たった一人で閉じこもっていたのだ。

「…俺はセフィロスの孤独を癒してやりたい。ただの暇潰しの相手でも何でも良いし、それをするのは俺でもお前でも構わない」
セフィロスが一人でいたいのなら、それを邪魔する積りは無いが、と、アンジールは続ける。
「俺たちと一緒にいる時のセフィロスは、結構、楽しそうじゃないか?」
「……そうだな」
アンジールの言葉に、不快な感情が鎮まるのをジェネシスは感じた。
アンジールに嫉妬し、対抗意識を燃やすなど無意味だ。
いつになったらセフィロスが心を開いてくれるのかは判らないが、今は性急にそれを求めるべきでは無いのだろう。
今はただ、セフィロスが楽しそうにしているのなら、それだけで良い。



「チェックメイト」
3時間半後。
定期健診から戻ったセフィロスは、アンジールの予想よりもあっさりとジェネシスを負かしてしまった。
定跡破りなんて卑怯だと怒るジェネシスの様子からして、わざと負けた訳では無さそうだ。
「定跡にこだわりすぎるお前が悪い」
言って、セフィロスは幽かに笑った。
その笑顔が見られただけでも良しとするか、と、ジェネシスは思った。
セフィロスに憧れている人間は五万といるだろうが、セフィロスの笑顔を見られるのは恐らく自分とアンジール、2人だけなのだから。

セフィロスの友人になる積りなら、覚悟を決めておけ__JJのその言葉の意味をアンジールが知るのは、3年後の事になる。








この話は最初はJJが軽いノリでセフィの初陣の時の話とかする予定だったんですが、6年の間に何があったかを考えたら、軽いノリは無理になりました。
6年の間に何があったかは、いずれ書きます。
定期健診は週1度。3時間もかかるのは、宝条が隅々まで舐めるようにチェックするから__では無くて、その内2時間、魔晄に浸かってるからです。
アンジーは困っている人も、友達のいない『可哀想な』子も、放っておけないんですね。
だからジェネと友達な訳です。
セフィはチェスボードをプレジデントに頼んで買って貰いました。
何か欲しいものがあったら社長に言えば良いんだと、セフィは思ってます。

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