トンガリコーンを指にはめて食べる【セフィロス】
(1)
「ザックス。ちょっと洗濯物干すの、手伝ってくれないか?」
「りょーかーい♪でもその前に、コレ食ってからな」
その日もアンジールは朝から忙しく家事をこなし、リビングにいたザックスに手伝いを頼んだ。
ヴィクトリア調のテーブルの上には、不似合いな庶民的なスナック菓子が置いてある。
「あれだけ朝飯、食っといて、まだ食うのか、お前は」
「だって、腹減るんだもん」
「…まあ、モンスターたちと一緒になって、はしゃぎ回っていれば腹も__」
途中で、アンジールは言葉を切った。
「セフィロス…。何をしているんだ……?」
半ば唖然として訊いたアンジールの視線の先にいるのは、とんがりコーンを指にはめているセフィロスだ。
「とんがりコーンを食べている」
言って、セフィロスは指にはめたとんがりコーンを口に運んだ。
「な?そうやって食べると美味いだろ?」
「さあ…。特に変わりは無いと思うが」
ザックスの言葉に、セフィロスは言った。
アンジールは、軽く溜息を吐く。
「ザックス…。セフィロスにおかしな事を教えるな」
「えー。おかしな事じゃねーもん。ゴンガガじゃ、みんなこうやって食べてたし」
「食べ方はとも角として、食事時間以外にセフィロスにものを食わせるな。昼飯が食えなくなるだろう?」
セフィロスは元々、少食だ。
人間の食べ物を摂取するようには、身体が出来ていないからだ。
特に数日前から少年の姿になっているので、一層、食が細くなっている。
それで、セフィロスが少ない量でもきちんと栄養が採れるように、アンジールは献立を考えるのに苦労していた。
それなのにザックスがジャンクフードを食べさせたのでは、苦労が水の泡だ。
アンジールの言葉に、ザックスは不満そうに頬を膨らませた。
「アンジールって、本当に母ちゃんみてえ。『肉ばっかり食べてないで、野菜も残さず食べなさい』『甘いものを食べ過ぎたらダメ』『ご飯の前に』__」
途中で、ザックスは言葉を切った。
ガタッと派手な音を立てて、ジェネシスが席を立ったのだ。
またレイピアを抜いてザックスと喧嘩を始めるのかとアンジールは身構えたが、そうはならなかった。
「ジェネシス…?」
呼びかけたアンジールを無視するように、ジェネシスは無言のまま踵を返し、部屋を出て行く。
「…何かあったのか?」
「さあ」
アンジールの問いに、短くザックスは答えた。
その傍らでは、セフィロスが納得いかなげな表情で、指にはめたとんがりコーンを見つめている。
「セフィロス。そのくらいで止めておけ。ザックスはこれを頼む」
ザックスに洗濯物の籠を渡し、アンジールはジェネシスの後を追った。
「どうしたんだ…?」
ジェネシスは、自分の部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
アンジールが声を掛けても、答えない。
ジェネシスのこんな姿を見るのは初めてだと、アンジールは思った。
ここ数日、セフィロスが12歳くらいの少年の姿になっている事で、ジェネシスが幾分かナイーブになっていたのは判っている。
が、朝食の時までは別段、変わったところも見られなかったのに、今のこの態度は変だ。
「独り言なら、付き合うぞ…?」
ジェネシスの隣に腰を降ろし、そう、アンジールは言った。
訊いても答えないなら、話したくないのだろう。
だがそれでも、放っておくのは心配だ。
アンジールはそれ以上は何も言わず、ジェネシスが口を開くのを辛抱強く待った。
時折、窓の外をモンスターが飛び交う姿が見える。
それ以外は、静かだ。
「__劣化が…」
やがて、聞き取れるか取れないか位の小さな声で、ぽつりとジェネシスが言った。
「劣化?まさか…また劣化が進行しているのか?」
驚いて、アンジールは傍らのジェネシスを見た。
ジェネシスは、暗い表情で俯いたままだ。
確かに元気は無いが、顔が赤い以外は外見上の変化は感じられない。
「それは…確かなのか?見た目は特に変わったところは無いようだが……」
熱でもあるのだろうかと訝しみながらアンジールは訊いたが、ジェネシスはただ俯くばかりだ。
すっと背筋が寒くなるのを、アンジールは覚えた。
セフィロスに細胞を分けて貰って移植し、ジェネシスとアンジールの劣化は食い止められた筈だった。
だがその効果がいつまで続くのか、保証はない。
またセフィロスに細胞を貰って移植し、それで再び劣化が止められるのならば良い。
だがもしかしたら、次はうまく行かないかも知れない。
元々、彼ら2人は『失敗作』だったのだ。
ジェノバの能力を余す事なく受け継いだセフィロスとは違う。
「と…に角、セフィロスに相談しよう」
「駄目だ」
アンジールの言葉に、ジェネシスは首を横に振った。
アンジールは眉を顰める。
「何を言うんだ、ジェネシス。俺たちの劣化を止められるのは、セフィロスだけなんだぞ?」
ジェネシスは、すぐには何も言わなかった。
暫く黙ったまま俯き、それから口を開く。
「…逆の可能性もある事を、俺たちは考えるべきだった……」
「逆…って、どういう意味だ?」
ジェネシスは顔を上げ、間近に幼馴染を見る。
ソルジャー特有の蒼い瞳が、暗く淀んで見える。
「そもそも俺たちが劣化なんかする身体になったのは、胎児の時にジェノバ細胞の影響を受けたせいだ。言い換えれば、俺たちを劣化させたのは、ジェノバだ」
「それは……」
「ジェノバが選んだ後継者は、セフィロスだけなんだ。ジェノバはセフィロスだけを慈しみ、愛し、俺たちとは言葉も通じない」
反論できず、アンジールは口を噤んだ。
宝条は彼ら2人を失敗作と看做したが、ジェノバに取っても、彼らは生まれて来るべきではなかった存在なのかも知れない。
「つまり……ジェノバの意思が、俺たちを滅ぼそうとしている…と言うのか?」
「違うと、言い切れるか?」
アンジールの言葉に、逆にジェネシスは訊き返した。
だとしても…と、アンジールは呻くように低く言う。
「もしもそうだとしても、セフィロスは俺たちを滅ぼそうなんてしない筈だ」
ジェネシスは、口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「ジェノバの望みに背いてまで、セフィロスが俺たちとの友情を守ろうとすると思うのか?俺たちは、一度はセフィロスを裏切ったのに……」
「……」
すぐには何も言えず、アンジールは口を噤んだ。
セフィロスと初めて会い、時間をかけて友情を育んでいった日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
常にセフィロスの側にいた2人は、『英雄セフィロス』に憧れる他のソルジャーや一般兵の羨望の的だった。
そして彼らも、セフィロスの友人である事を誇りに思っていた。
だがセフィロスが育った環境が余りに特殊だったせいで、親しくなった後も踏み込めない領域が、セフィロスの心にはあった。
逆にセフィロスは、兄弟のように育って言葉も無く通じ合える2人との間に、越えられない壁を感じていたようだ。
ジェノバが復活してからのセフィロスの幸せそうな姿を見れば、ジェノバと自分たちのどちらをセフィロスが優先するか、火を見るより明らかだ。
「……セフィロスと、話そう」
やがて、アンジールは言った。
「ジェノバが俺たちを目障りだと思っているなら、これ以上、一緒に暮らすのは無理だろう。だが、セフィロスがどう思っているのか、それをはっきり確かめるのが先じゃないのか?」
「セフィロスと話をするなんて、無理だ…」
ジェネシスは、俯いて首を横に振った。
ジェネシスの気持ちは判らなくも無いと、アンジールは思った。
セフィロスの口から、ジェノバの望みを叶える為に自分たちを見殺しにするのだとはっきり聞かされたら、ジェネシスは酷いショックを受けるだろう。
少年の頃からずっとセフィロスに憧れているジェネシスに、それがどれほど耐え難い苦しみか、アンジールには良く判る。
それにセフィロス自身も、友人たちに酷な言葉を言いたくなくて、敢えて黙っているのかも知れない。
だがそれでも、と、アンジールは思った。
今は全てが憶測に過ぎないのだ。
セフィロスの意思を確認もせずに勝手に絶望するのは、余りに愚かしいし臆病すぎる。
アンジールは、立ち上がってジェネシスに向き直った。
「お前が言い出しにくいなら、俺がセフィロスと話してみる」
「さっきは俺がやられたんだ。次はお前の番だぞ?」
苦しげに呻くジェネシスに、アンジールは胃の辺りが重苦しくなるのを感じた。
「セフィロスに……何かされたの…か?」
「俺たちはセフィロスの…ジェノバの力を甘く見ていたんだ。ジェノバは、俺たちには想像もつかない能力を秘めている」
ごくりと、アンジールは唾を飲み込んだ。
「一体……何があった…?」
背筋に冷たい汗が伝って落ちるのを感じながら、アンジールは訊いた。
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