チョコレートの『小枝』を真顔で『こわざ』と読む【セフィロス】


(1)



「ただいまー♪」
「お帰り。ご苦労さん」
元気良くキッチンのドアを開けたザックスを、アンジールは笑顔で迎えた。
数日前からザックスが泊まっているので、モンスターの世話や家事を手伝っている。
その日は、村まで食料の買出しに行っていた。
「キャベツが無かったからレタスにしたんだケド、似たようなモンだよな?」
「値段的にはちょっと痛いが…。まあ、無かったなら仕方ない」
主婦のように細かい事をぼやくアンジールの隣で、ザックスが買い物袋からチョコレートを取り出した。
「お釣りで好きなもの、買って良いって言ったから、これ買ったv」
嬉しそうに言ったザックスに、アンジールは幽かに眉を顰める。
「甘いものが食いたければ、うちで作ったクッキーがあるだろう?」
「それも食べるけどさ。これ、好きなんだよねー」
さっそく箱を開けたザックスに、「懐かしいな…」と、アンジールは呟いた。
「懐かしい?」
チョコレートを齧りながら、ザックスが訊いた。
ああ…と、アンジールは頷く。
「そのチョコレートには、ちょっと思い出がある…」





「何でソルジャーがレセプションなんかに出なきゃ、ならないんだ?」
「さあ、な」
ぼやいたアンジールの隣で、短くジェネシスは言った。
主な招待客は、神羅カンパニーの法人顧客のエグゼクティブと夫人たちだ。
要するに、魔晄エネルギーを大量に購入してくれるお得意様を招いたパーティであって、ソルジャーが出席するのは不自然だ。
「警備ならまだ判るが…」
会場警備に当たっている3rdのソルジャーたちを見遣って、アンジールは言った。
彼ら2人は、あくまで『客』として招待されていた。
より正確に言えば、『客』としてレセプションに出席するように、命令されていたのだ。
そのミッションを受けた時、2人は疑問に思い、理由をソルジャー統括に尋ねた。
が、それが社長命令だという以外は、何も判らなかった。
「滅多にない機会なんだ。楽しめば良い」

着飾った女性たちに会釈を返しながら、ジェネシスは言った。
神羅カンパニーの得意客が主な招待客だが、それにしては若い女性が多い。
彼女たちは会場を飾る花よりも派手やかに着飾り、レセプションの華やかさを盛り上げていた。

「楽しめと言われても、こんなお上品なオードブルじゃ、腹の足しにもならん。それより…ミッションなんだから、貸衣装代を経費で請求出来るんだよな?」
窮屈そうに襟元を調えながら、アンジールは言った。
ジェネシスは幼馴染のタキシード姿を改めて見、そして笑う。
「馬子にも衣装という諺があるが…」
「笑いたきゃ、笑え」
「似合っていると、誉めた積りだがな」
アンジールが口を開きかけた時に、若いタークスの男が歩み寄って来た。
アンジールとジェネシスも何度か会った事がある、ツォンだ。
「セフィロスはまだなのか?」
「セフィロス?」
ツォンの言葉に、逆にアンジールは訊き返した。
「セフィロスも、ここに来るのか?」
「…そういう事か」
独り言の様に、ジェネシスが呟く。
アンジールは、不審そうに眉を顰めた。
「どういう事だ?」
「俺たちは、ダシにされたんだ__違うか?」
ジェネシスの言葉に、ツォンは軽く肩を竦めた。
「これも仕事なんだ。文句を__」
ツォンの言葉は、どよめきでかき消された。
人々の視線が一斉に一点に集中し、若い女性たちが小走りにそちらに歩み寄る。
視線の先には、セフィロスの姿があった。

その瞬間、ジェネシスは思わず息を呑んだ。
明らかに特注と判る仕立ての良いタキシードに身を包んだセフィロスは、周囲の視線を一斉に浴びながら、それに奢るでもなく嫌悪するでもなく、超然としてそこにいた。
ジャケットの黒がセフィロスの肌の白さを際立たせ、大理石の彫像を思わせる。
普段、身に着けている戦闘服は大きく胸元が開いているが、襟の高い服で肌を覆った姿は、却ってセクシーだ。

「妙に若い女性が多いのは、セフィロス目当てか…」
納得顔で、アンジールは言った。
「で、俺たちがダシにされたって、どういう意味だ?」
「黙ってセフィロスの言葉に集中しろ」
セフィロスの方に視線を向けたまま、ジェネシスは言った。
アンジールは軽く眉を上げてから、幼馴染に倣ってセフィロスに意識を集中させる。
彼らの立っている場所からセフィロスのいる場所は離れているし、会場の音楽や人々のざわめきに邪魔されて、普通なら会話は聞こえない。
が、ソルジャーは五感が通常の人間より鋭敏なので、意識を集中させればその距離でも聞き取れる筈だ。

「遅かったな、セフィロス。着替えに手間取ったのか?」
「…俺はこんな所に来たくなかった」
プレジデントの言葉に、不機嫌そうにセフィロスは言った。
プレジデントは一瞬、むっとした表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。
「やっと宝条君を説得したんだから、そう言うな。それに、いつも無骨なソルジャー相手でうんざりだろう?たまには、こういう場で羽根を伸ばしたまえ」
言って、プレジデントはシャンパングラスを取り上げ、セフィロスに勧めた。
「飲食は禁止です、社長」
止めたのは、セフィロスに僅かに遅れて会場に現れた年配の女性だ。
プレジデントは顔を顰める。
「宝条君も随分だな。レセプションへの出席は許可するが、飲食は一切、禁止だなどと…。毒が入っているとでも思っているのか?」
プレジデントの言葉が終わらない内に、セフィロスはアンジールたちの存在に気づいた。
そして、プレジデントには何も言わず、まっすぐにアンジールたちに歩み寄る。
居並ぶ女性たちなど全く目に入っていないかのように大股に歩き、招待客たちは気圧された様にセフィロスに道を空けた。

「本当に、お前たちも来ていたんだな」
「ミッションだからな。仕方ない」
ジェネシスの言葉に、「そうか」と、セフィロス。
「俺も来たくは無かったが、お前たちも来ると言うから、仕方なく来たんだ」
「…なるほど。ダシだな」
「何?」
思わずぼやいたアンジール、セフィロスが訊き返す。
「こっちの話だ。気にするな__それより、プレジデントを放っておいて良いのか?」
見るからに不機嫌そうなプレジデントを瞥見して、アンジールは訊いた。
さきほどの年配の女性が、プレジデントを宥めているようだ。
「レセプションに出席する事と、最後のプレス・カンファレンスに出る事は約束させられたが、それ以外の義務は無い」
「そうは言っても……お前、社長も招待客たちも完全に無視しただろう?」
「無視なんか、していない」
不機嫌そうに、低くセフィロスは言った。
アンジールは、軽く肩を竦めた。
「俺も、ソルジャーをこんな場に引っ張り出すのはどうかと思うが__」
途中で、アンジールは口を噤んだ。
ジェネシスが手を上げて、止めたからだ。
ジェネシスに目配せされてアンジールが後ろを見ると、数人の男女がこちらに歩み寄っている。
ビジネス・スーツに身分証を下げているので、招待客では無い。
よく見ると、手にレコーダーやメモ帳を持っている。
このレセプションを取材に来た記者たちだ。
そして、彼らがある程度まで近づくと、すっと黒いスーツの男たちが現れて、行く手を阻む。
タークスたちだ。

「レセプションと言うより、あんたを取材に来たらしいな」
そう、ジェネシスが呟いた。
「プレス・カンファレンスまでは、写真も質問も禁止だ」
相変わらず不機嫌そうに、セフィロスは言った。
タークスがガードしているので、記者たちは一定の距離をおいてこちらを伺っている。
質問と写真は禁止だが、『英雄』の言動を一挙手一投足もらさず記録しようと狙っているらしい。
そしてその周囲では、着飾った招待客たちがセフィロスに視線を集中させている。

「…ここまで注目されると、視線で窒息しそうだな…」
思わず、アンジールがぼやいた。
自分たちが注目を浴びている訳でないが、それでも異様な熱気のようなものは感じる。
ただでさえ人付き合いが苦手なセフィロスが、この状況に不機嫌になるのは仕方ないかも知れない。
「だが…『英雄』のタキシード姿を拝めるなんて、滅多に無い機会なんだ。少しはファンの気持ちも考えてやったらどうだ?」
「俺は、見世物じゃない」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは一層、不機嫌になったようだ。
幾分か困惑し、ジェネシスとアンジールは顔を見合わせる。
「少し、お邪魔して良いかしら?」
その時、話しかける者がいた。







back/next
wall paper by かぼんや