海に入る時うきわ持参な【セフィロス】

(2)



その日は既に夕刻だったので、3人は基地内に用意された部屋に泊まる事にした。
そして翌朝早朝、神羅軍が用意したヘリで出発する。
セフィロスが予想した通りの場所にドラゴンの巣があり、3人がかりで掃討した。
モンスターの種類に関して事前に十分な情報があった為もあり、掃討自体は、特に支障も無く1時間程度で片が付いた。
「…一つ、訊いても良いか?」
周囲の安全を確認してから、アンジールがセフィロスに言った。
「モンスターの生態から営巣地を割り出す理論は大体、判ったと思うが…似たような条件の場所がいくつかあったのに、ここだと断定したのには理由があるのか?」
セフィロスは僅かに考えてから、首を横に振った。
「別に理由は無い。ただ、何となく…だ」
「理論にしても勘にしても、大したものだな」
心から、アンジールは言った。

ミッションに同行するたびに、セフィロスの能力には感心させられる。
使える魔法の数の多さと威力の強さ、比類ない剣技、持久力と瞬発力の高さ。
状況判断の的確さと、揺らぐことの無い冷静さ。
武器やモンスターに関する知識の豊富さと、応用能力の高さ__
どれ一つを取っても感嘆に値するのに、その全てを具有しているのだ。
伊達に『英雄』と称されている訳では無いのだと、改めて思った。
その想いと共に、アンジールは改めてセフィロスを見た。
累々たるモンスターの屍骸の前に立つセフィロスには、ある種の威圧感すら覚える。
セフィロスはその玲瓏な美貌の故に女性のファンも多いが、やはり戦場に立つ姿は鬼気迫るものがある。

それにしても、と、アンジールは思った。
真夏に革のロングコートで暑くないのか…と。
胸元は大きく開いているが、長袖に革の手袋をしている。
ブーツは膝上まであって、膝の上下でベルトで止めている。
あれでは熱の逃げる場所が殆ど無い。
しかもこの炎天下で、数十頭のドラゴンを相手に戦ったのだ。
雪のように白い肌と涼やかに揺らぐ白銀の髪のせいか、見た目で暑苦しいと感じる事はない。
が、それでも、本人は暑い筈だ。
アンジール自身、制服のタートルネックが汗で湿っているのを感じていた。
「もう一つ…訊いても良いか?」
思い切って、アンジールは言った。
セフィロスは、黙ったままこちらに視線を向ける。
「その格好で、暑くないのか…?」
「暑い?」

鸚鵡返しに、セフィロスは訊き返した。
その瞬間、アンジールは質問した事を後悔した。
馬鹿げた質問だし、ジェネシスの言っていたように威厳を保つ為に暑いのを我慢しているのだとしたら、質問自体が失礼だろう。

「質問の意味がよく判らないが…」
「あ…ああ、済まなかった。下らない質問だ。忘れてくれ」
セフィロスの機嫌を損ねたと思い、アンジールは謝った。
その頃、アンジールたちはセフィロスと親しくなり始めたばかりで、まだ遠慮があったのだ。
が、セフィロスは不思議そうな表情を浮かべる。
「暑いとは、どういう意味だ?」
「悪かった。どうでも良い事だった」
「俺は、質問の意味を訊いているんだが…?」
尚も食い下がられ、アンジールは思わずジェネシスを見た。
ジェネシスは暫く躊躇ってから、口を開いた。
「もしかして、あんたには暑いとか寒いとかいう感覚が無いのか…?」
「感覚の一種なのか?__さあ…無いと思うが」

セフィロスの言葉に、アンジールとジェネシスは顔を見合わせた。
その頃、2人は既にセフィロスの体温がとても低い事を知っていたが、暑さ寒さの感覚が殆ど無い事は、この時まで知らなかったのだ。

「暑くないんなら、それで良いんだ」
軽く笑って、ジェネシスは言った。
相手の気持ちを和らげる、極上の笑みだ。
「それより、撤収しよう。早く基地に戻ってシャワーを浴びたい」
「そうだな。俺も早く汗を流したい」
ジェネシスとアンジールの言葉に、セフィロスは何度か瞬いた。
それから、口を開く。
「俺は、海に行きたい」
「…海?」
「元々、海に行きたかったから、お前たちのミッションに同行したんだ」
セフィロスの言葉に、そうなのか?と、ジェネシスは訊いた。
「それで、海で、何をしたいんだ?」
ヘリに向かって歩き出しながら、ジェネシスは訊いた。
「…スイカ割り」
ぽつりと、セフィロスが言う。

……は……?

思わず、ジェネシスとアンジールは顔を見合わせた。
「スイカ割りって…ビーチとかで目隠ししてスイカを割るあの遊びの事か?」
「目隠しをするのか?それは聞いていない」
アンジールが確認すると、そう、セフィロスは言った。
「浮き輪は持ってきたが」

……浮き輪……?

もう一度、ジェネシスとアンジールは顔を見合わせた。
「…浮き輪とスイカ割りがどう、関係するのか判らないんだが…」
思い切って言ったアンジールに、「俺にも判らない」と、セフィロス。
「俺は海に来るのが初めてなので、判らないんだ。お前たちなら判ると思ったが…」
「その……済まないが、どういう事なのか、順を追って説明してくれないか?」
ドラゴンにコンフュでもかけられたのだろうかと訝しみながら、アンジールは言った。
「お前たちが海に行くのだという話をしたら、プレジデントが一緒に遊んで来れば良いと言ったんだ。だが宝条が、陽射しの強い場所に行くなどもってのほかだと言い出して…」

そもそも海軍提督がモンスター掃討にアンジールたちを指名したのは嫌がらせなので、そこにセフィロスが同行するのは意外だった。
セフィロス本人はとも角、ソルジャー統括や会社の上層部は、その辺の事情を承知しているからだ。
だがセフィロスはアンジールたちが海に行くとしか言わなかったので、プレジデントは彼らが休暇でどこかのビーチに行くものと思ったのだ。
そして、まだ子供なのだからたまには息抜きさせてやるべきだというプレジデントと、海に行かせるのは反対だという宝条の意見が分かれた。
プレジデントは宝条の高飛車な態度が気に入らず、セフィロスをアンジールたちに同行させる事を社長命令で決めてしまったのだ。
すぐに休暇では無く、ミッションだったのだと知ったが、既に引っ込みがつかなくなっていた。
そんな経緯があって、今回のミッションにセフィロスが同行する事になったのだ。

「…大体の経緯は判ったが、どこから浮き輪が出て来るんだ…?」
「海に行くから必要なものを揃えてくれとプレジデントの秘書に頼んだら、用意してくれた。水着は宝条に没収されたが」
アンジールの問いに、セフィロスは答えた。
プレジデントの秘書は事情を把握していなかったのだろうと、アンジールは思った。
そしてこんな事ならば、出発前にセフィロスの意図を確認しておけば良かったと後悔する。
「…残念だが、セフィロス」
そう、アンジールは言った。
「ここは軍港だからな。泳げるような海も、スイカ割りをやれるような砂浜も無い」
「…そうなのか?」
幾分か落胆したように、セフィロスは言った。

その表情が曇るのを、アンジールとジェネシスは黙ったまま見つめた。
セフィロスは、任務以外で神羅本社ビルを出た事が殆ど無いのだ。
海に来たのも、今回が初めてだ。
どうせならば、もっと思い出に残るような経験をさせてやりたかった。

「…今回はミッションだったが、次は休暇で一緒に海に行かないか?」
暫くの沈黙の後、ジェネシスが口を開いた。
そうだな、と、アンジールも続ける。
「ちゃんとしたビーチなら、スイカ割りも、砂で城を作るのも出来る」
「貧乏くさいな、アンジール。シュノーケリングとか水上スキーもあるだろう?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは言った。
アンジールは笑った。
「俺は貧乏症なんだ。それに、別に金をかけなくたって、ビーチバレーとかバーベキューとか、楽しみは幾らでもある」
「…何だか判らないが、面白そうだな」
言って、セフィロスは口元に幽かな笑みを浮かべた。
「それじゃ、基地に戻って、休暇の予定を立てよう。海軍基地の危機を救ったんだから、休みくらい貰えるだろう」
「お前が立てると貧乏臭い計画になりそうだから、プランは俺に任せるべきだ」
アンジールの言葉に、ジェネシスは言って笑った。
そしてどこの海が良いか話しながら、3人はヘリに乗り込んだ。







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