海に入る時うきわ持参な【セフィロス】

(3)



「結局…海での休暇は実現しなかったな」
ぽつりと、アンジールは言った。
宝条が強行に反対したせいだった。
その時の事を思い出したのか、セフィロスが不快そうに眉を顰める。
宥めるように、ジェノバがセフィロスの手を軽く撫でた。
「……宝条博士が反対していたのは、強い日差しを浴びることに対してだったよな」
数年前の記憶を手繰り寄せて、アンジールは言った。
「コスタ・デル・ソルじゃ問題かも知れないが、今は冬だし、こっちの海なら大丈夫じゃないのか?」
冬の海なら人も殆どいないだろうし、却って好都合だとアンジールは続けた。
そうだな、と、ジェネシスも頷く。
「冬じゃマリンスポーツは無理だが…冬の海というのも趣があって良いかも知れない」

会話の流れを聞いて、ザックスも嬉しそうに蒼い目を輝かせた。
「ビーチバレーやろうぜ♪あと、バーベキューも」
「…ペットは飼い主に似るとは、良く言ったものだ」
「でさ、セフィって泳げんの?なんならオレが教えてやろっか?」
「犬掻きがせいぜいの駄犬の分際で何をほざく。何より、セフィロスの珠の素肌を貴様ごときの目に晒すなど許せん…!」
相変わらずのザックスとジェネシスに、アンジールは軽く苦笑した。
それから、セフィロスに向き直る。
「冬の海では景色はいまいちかも知れんが…やっと海の休暇が実現するな」
ああ…と、セフィロス。
「皆一緒に海に行けるなんて、楽しみだ」
「あー……そうだな。その方が楽しそうなのは確かだが……」
途中で、アンジールは語尾を濁した。
「さすがに全員で行く訳には行かないだろう?こんなに大量のモンスターがいるのに…」

周囲を見回して、アンジールは言った。
いつの間に入り込んだのか、大小さまざまなモンスター達がセフィロスとジェノバの周りに侍っている。

「ここにモンスターだけを残して留守にする訳には行かないぞ」
「だったら、連れて行けば良い」
何でもない事のように、セフィロスは言った。
アンジールは眉を顰める。
「嫌…俺もできればそうしたいとは思うが__」
「やったな、お前たち。一緒に海に連れてって貰えるってさ♪」
アンジールが最後まで言うのを待たず、ザックスが明るく言った。
ザックスの言葉に答えるように、モンスター達が嬉しそうな唸り声を上げる。
「砂浜で星を見るのも良いな。冬の海と星空__詩心をかき立てる…」
うっとりと、ジェネシスが言った。
セフィロスとジェノバも、楽しそうに声もなく『会話』している。

……ちょっと待て

内心で、アンジールは言った。
これで反対したら、また俺一人が悪者になるのか?
また連日、ジェネシスに皮肉を言われたり、ザックスに責められたり、ジェノバに睨まれたり、セフィロスの恨めしそうな顔を見なけりゃならないのか……?
『彗星に乗ってアンドロメダ星雲にいるジェノバの友人を訪ねるツアー』は、アンジールの反対で無期延期になった。
その時の事が、アンジールの脳裏に蘇る。
まともな意見を言っているのは自分ひとりの筈なのに、自分ひとりが悪者にされて非難されたのだ。
いつもアンジールに餌を貰っているモンスターたちまでもが、暫くアンジールの言うことを聞かなくなってしまい、世話をするのにひどく苦労した。
もう、あんな思いは二度としたくない。
だが。
数十頭もいる大小さまざまなモンスターを連れて、数十キロは離れた海に行くなんて、どう考えても無謀だ。
誰かをモンスターのお守りに残さなければならないが、モンスターたちに懐かれていないジェネシス一人では無理だ。
アンジール一人で残ってジェネシスとザックスを一緒に行かせたら、彼らが喧嘩した時に仲裁する者がいない。
かと言って、ジェネシスとアンジールが屋敷に残って、天然さ加減ではセフィロスと良い勝負のザックスを付き添いにセフィロスとジェノバを海に行かせるのは心もとない。
そうなると、選択肢は殆ど無い。

「…仕方ない、ザックス。今回は俺とお前で留守番をしよう」
「えー、ヤダ。オレもセフィやオフクロさんと一緒に海に行きたい〜」
「俺も、嫌だ」
ダダをこねるザックスの隣で、むすっとジェネシスが言った。
「どうしてお前が嫌がるんだ、ジェネシス?この前だって、セフィロスとジェノバの3人で出かけただろう?」
「だから…だ」
言って、ジェネシスはセフィロスの方を見遣った。
セフィロスはジェノバと見つめあい、無言で『会話』をしている。
こういう時の2人は、周囲を完全に無視する。
確かに彼ら母子と3人だけで出掛けたら、ジェノバの言葉が判らないジェネシスは、疎外感を味合わされる羽目になるだろう。
だが、ジェネシスとアンジールがセフィロスとジェノバに同行して、ザックスだけを残すのではザックスが可哀想だし、モンスターとザックスの組み合わせで留守番させるのも何となく__嫌、かなり__不安だ。

「レジャーシートとクーラーボックスとやらも必要らしい。手に入れて来てくれ」
悩むアンジールに、おっとりとセフィロスが言った。
「ちょっと待ってくれ、セフィロス。お前とオフクロさんを海に行かせてやりたいのは山々なんだが、モンスターたちをどうにかしないと__」
「だから、連れて行けば良いだろう?」
アンジールの言葉を遮って、セフィロスは言った。
アンジールは、頭痛を覚えた。
一体、どう説明すれば判ってくれるのかと悩む。
「お前のペットが残れば万事解決するだろう、アンジール。何を悩んでいる?」
「えー。オレも行くー」
「犬は犬らしく、他のペットと一緒に大人しく留守番をしていろ」
「オレは犬でもアンジールのペットでもねーよ」
むっとして言ったザックスに、ジェネシスは冷笑する。
「確かに、犬では無く、駄犬だったな。それにアンジールのペットでも無い。勝手にアンジールの周りをうろつき回る野良犬だ」
「オレが野良犬なら、アンタは金魚のフンだろ?他に友達がいないからって、いっつもアンジールとセフィにくっついてさ」

ザックスの言葉に、ブチっと派手な音を立てて、ジェネシスの何かがキレた。

「くたばれ、駄犬…!!」
「お…おい、ジェネシス。止め__」
割って入ったアンジールの顔面に、ジェネシスのファイガが直撃する。
「アンジール…!」
「アンジールを盾にするなんて、卑怯だぞ、駄犬」
「もう、許せねえ。今日こそ決着を付けてやる!」
どこから取り出したのか、バスターソードを抜いて、ザックスが言った。
対するジェネシスも、どこから出したのか、抜き身のレイピアを構えている。
「バーベキューって、何だ?」
その傍らで、おっとりとセフィロスが呟く。

どうして俺の友人たちは、常識が通じなかったりワガママだったり人の話を聞かないヤツばっかりなんだ?__薄れてゆく意識の中で、アンジールは思った。

「肉とか野菜とかを網で焼くんだ。炭火とか使って」
ニパっと笑って、ザックスが言った。
「そうか。美味そうだな」
「シーフードも悪くないぞ?むしろ、その方があんたの口には合うだろう」
「それも良いな」
いつの間にかジェネシスも剣をしまい、何事も無かったかのようにセフィロスに笑いかける。
「じゃあ、釣り道具、持ってこうぜv釣ったばかりの魚を焼いたら、新鮮でうまいぞ」
「そうなると、釣り船の手配も必要だな。いっそクルーザーでもチャーターするか」
「良く判らないが、楽しそうだな」
ザックスとジェネシスの言葉に、セフィロスは微笑った。

どうして3人でまったり楽しそうにしてるんだ?
どうして誰も、俺にケアルかけようとしてくれないんだ?
どうしていつも、俺一人がこき使われたり苦労させられたり顔面ファイガされたり……

延々と内心でのた打ち回るアンジールを他所に、神羅屋敷の一日は、その日も平穏に過ぎて行った。








■海に入る時うきわ持参な【セフィロス】
セフィは多分、プールとか海とかに遊びに行った事が無いので、海に何を持って行って良いのか判らないと思います。
誰かに「浮き輪が必要」だと言われたら、素直に持って行くと思います。
で、行ってから「これは何に使う物なんだ?」とか訊いちゃう訳です。

ちなみに、回想シーンでの1st3人は17歳です。
セフィは10歳ごろから既に大人並みの言葉遣いという設定なのですが、アンジェネ@17歳は、もうちょっと青年ぽい口調にしようかとも思いつつ、でもその辺の高校生みたいな喋り方でも変だし「誰だ?これ」状態になるので結局、おっさん口調になってます(^^ゞ



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