海に入る時うきわ持参な【セフィロス】
(1)
「今から買い物に行って来るが、何か必要なものはあるか?」
その日の夕方、リビングで寛いでいる友人たちに、アンジールは訊いた。
「水着」
「__え…?」
セフィロスの言葉に、アンジールは訊き返した。
「ビーチパラソル。浮き輪。それから…何が要るんだ?」
「何って…お前まさか、海に行く気か?」
逆に訊き返され、幾分か面食らってアンジールは言った。
セフィロスは頷く。
「母が、この星の海に行ってみたいと言うから」
「オレもオレもー。オレも行くー♪」
ヒラヒラと手を振り、満面の笑顔で言ったのは、ザックスだ。
対照的に、ジェネシスは不機嫌そうな表情になる。
「だが…今は冬だぞ?」
「知っている」
「……冬の海で泳ぐのは、ちょっと無理だろう」
「何故?」
「泳ぐには、寒すぎる」
アンジールの説明に、セフィロスは納得いかなげな表情を浮かべた。
「俺は、別に寒くない」
「まあ…確かにそうかも知れんが……」
アンジールは、語尾を濁した。
セフィロスは体温がとても低く、暑さも寒さも殆ど感じないのだ。
汗もかかない。
「どうせなら、コスタ・デル・ソルに行こうぜvあそこなら、一年中、夏みたいな気候だし」
「駄目だ」
ザックスの言葉を、ジェネシスが言下に否定する。
「あんな人の多い所でセフィロスの素肌を晒すなんて、許せん…!」
「ジェネシス、落ち着け」
今にもレイピアを抜き払わんばかりの幼馴染を、アンジールは宥めた。
それから、セフィロスに向き直る。
「お前は色が白すぎるからな。強い日差しを浴びるのは無理じゃないか?」
「…なるべく直射日光は避けろと、宝条に言われた事はあるが…」
不満そうに、セフィロスは言った。
「昔、海に行った時は、研究開発部門特製の日焼け止めとやらを使わされた」
「__ああ、あの時か」
その時の事を思い出して、アンジールは言った。
「あの時って?」
「俺たち3人が、ミッションで海に行った時の事だ」
ザックスの問いに、アンジールは答えた。
その時のミッションは、モンスターの掃討が目的だった。
神羅の海軍基地の近辺に大型の獰猛なモンスターが出没するようになり、軍艦が沈められるなどの被害にあっていた。
無論、神羅軍もモンスターと戦ったが、ドラゴン級のモンスターが相手となると、一般兵ではとても歯が立たない。
止む無く海軍提督がソルジャー部門にモンスター掃討の要請を出し、アンジールとジェネシスを名指ししてきたのだった。
「海軍から指名されるなんて、アンジール、有名だったんだな」
「有名と言うか、悪名と言うか…」
感心したように言ったザックスに、アンジールは苦笑した。
「ある戦略の事で、神羅軍の元帥たちの顔を潰すような事をしてしまったからな…」
「俺は神羅軍の問題点を指摘してやっただけだ」
むっとした表情で、ジェネシスが口を出す。
その言葉に、ザックスは納得したように頷いた。
「要するに、嫌われてたワケね」
でもさ、と、ザックスは続ける。
「何でセフィも一緒だったんだ?」
「海に行ってみたかったからだ」
そう、セフィロスは答えた。
ジェネシスたちからミッションで海に行くと聞き、同行を申し出たのだ。
「あれで暑くないのか…?」
セフィロスの革のロングコートを見遣り、呟くようにジェネシスが言った。
その年の夏は平年に増して気温が高く、海面からの照り返しもあって基地近辺はかなりの暑さだった。
しかも凪に入っていて、全く風が吹かない。
「暑がっているようには見えんが…。本人に訊いてみたらどうだ?」
「神羅軍の将軍たちが夏でも長袖なのと同じ理由かも知れないだろう?」
アンジールの言葉に、セフィロスに視線を向けたままジェネシスは言った。
セフィロスは、基地の指令官と話をしている。
アンジールとジェネシスの2人だけが来るものと思っていた司令官は、予想外の英雄の来訪に恐縮しているようだ。
「あれはセフィロスの私服じゃないのか?」
傍らの幼馴染を見遣り、アンジールは言った。
「そう言えば、お前も私服を作ったんだよな」
「作るには作ったが…」
曖昧に、ジェネシスは語尾を濁した。
その年、彼ら2人は1stに昇進して2年目だった。
まだ年齢が若いのと昇進が早かったせいで、1stになったばかりの頃は色々と風当たりが強かった。
丸1年経って、周囲から実績を認められ、自分たちでも自信が持てるようになっていた。
そこでジェネシスは、自分用の戦闘服を用意したのだ。
ミッションの時に制服を着ずに私服着用が許されるのは、1stの特権の一つだ。
尤も、実際にはセフィロス以外の全員が制服を着用している。
戦場で私服でいれば目立つし、目立てばそれだけ危険が増える。
だから、わざわざ自腹を切って自らを危険に晒すような真似は、今まで誰もしなかったのだ。
だが、セフィロスに憧れてソルジャーになったジェネシスは、1stに昇進したその日に戦闘用の私服を発注していた。
発注はしたが、昇進したばかりの頃は周囲の目が厳しかったので、暫く自重しろとアンジールに説得されて、今まで我慢していたのだ。
1stになって2年目のその年、ジェネシスは改めて私服を新調した。
が、それをミッションに着てきた事はまだ無い。
理由は単純だ__暑いから。
セフィロスの私服に倣って革のロングコートを作ってみたは良いが、季節は折悪しく夏だった。
革もロングコートも、とても着れたものではない。
「せっかく作ったんだから、着てくれば良かっただろう?それとも、記者がたくさん集まりそうな派手なミッションの時までお預けか?」
言って、アンジールは笑った。
ジェネシスがどんな戦闘服を作ったのか、この時まだアンジールは知らなかったのだ。
ジェネシスはアンジールを見、ちょっとむっとした表情を見せてから、視線をセフィロスに戻した。
「神羅軍の将軍が夏でも長袖を着ているのは、それが制服だからじゃなくて、威厳を保つ為…だ」
「じゃあ、お前は、セフィロスが威厳を保つ為に暑いのを我慢してあれを着ていると__」
途中で、アンジールは口を噤んだ。
司令官との話を終えたセフィロスが、こちらに歩み寄って来たからだ。
「モンスターの襲撃は夜間が主だが、最近では昼夜を問わず襲って来るそうだ」
「じゃあ、待ち伏せて、退治するか?」
「それだと、何日かかるか判らない」
アンジールの問いに、セフィロスは言った。
モンスター達の襲撃頻度はまちまちで、連日の事もあれば1,2週間おきの時もある。
「じゃあ、どうするんだ?」
「奴らの巣を見つける」
ジェネシスに問われ、セフィロスは言った。
「今まで襲って来たモンスターの数からして、近くに巣があるのはまず間違いない。襲撃が始まったのは比較的最近だから、どこかから群れが移動して来たのだろう」
「それで、どうやってモンスターの巣を見つけるんだ?」
「地図で探す」
「地図で?」
鸚鵡返しに、ジェネシスは訊き返した。
セフィロスは頷く。
「モンスターが営巣する地形は、種族ごとに大体、決まっている。特にドラゴンのような大型のモンスターが営巣できる場所は決まっているから、探し出すのはそう、難しくない」
セフィロスは用意させた周辺地図をテーブルに広げ、何箇所かにチェックした。
それから、チェックした場所の詳細な情報を、基地の兵士に訊く。
そして、基地から数キロの山間に、モンスターの巣があると結論付けた。
「疑う訳じゃないが…本当にこれだけでモンスターの巣のありかが判るのか?」
「ああ」
アンジールの問いに、短くセフィロスは答えた。
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