掃除が苦手な【セフィロス】
(1)
うららかな昼下がり。
セフィロスはリビングのソファにジェノバと並んで腰を降ろし、ジェネシスの弾くショパンに半ば耳を傾けながら、ジェノバの長い旅の話を聞いていた。
ジェノバはリユニオンによって生命を繋ぎながら、数万年の時をかけて星から星へと旅してきた。
毎日、語り聞かせても、話題は尽きない。
ジェネシスは鍵盤の上に指を滑らせながら、セフィロスが時折、幽かに笑うのを、飽くことも無く見つめた。
広々したリビングにはヴィクトリア様式の家具がゆったりと置かれ、時間までもがゆっくりと流れるようだ。
一方。
「ザックス!遊ぶな。真面目にやれ」
「りょーかーい♪」
モンスターとじゃれあいながら、ザックスは言った。
「お前ら。行儀良くしてないと、メシ抜き__あははは」
「ザックス…」
モンスターと一緒になって転げまわるザックスの名を、アンジールは咎めるように呼んだ。
「だって、こいつらくすぐるから__うわっ、止めろって。くすぐった…」
アンジールはこめかみを押さえ、軽く溜息を吐いた。
ザックスはモンスター達に懐かれているので、神羅屋敷に遊びに来た時は世話を手伝ってくれる。
それは良いのだが、仲が良過ぎて一緒に遊んでしまうので、餌やリがはかどらない。
「…ザックス。俺は部屋の掃除があるから、ここはお前に任せる」
「オッケー__あ、アンジール?」
軽く言ったザックスだったが、屋敷に戻ろうとしたアンジールを呼び止めた。
「前から不思議に思ってたんだケドさ、何で家事って全部、アンジールがやってんの?」
ザックスの問いに、アンジールは再び溜息を吐いた。
それから、口を開く。
「これには深い訳がある……」
ジェノバ・プロジェクトの全貌を知り、セフィロス達、3人は神羅を離れる事を決意した。
が、バノーラは神羅によって焼き払われてしまったので、行く当てが無い。
それで3人は、やむなくこの神羅屋敷に居を定める事にした。
自分たちを生み出した忌まわしい実験が行われた場所だ。
最初は、3人とも気が進まなかった。
だが、他に行く当ては無い。
生まれた場所に、戻るしか無かったのだ。
共同生活を始めたばかりの頃、アンジールは家事を分担しようと考えていた。
「お前たちが今まで家事をした事が無いのは判っているが、これからは自分たちだけで何でもやらなきゃならん。だから、家事も当番制にして、割り振ろうと思う」
アンジールの言葉に、ジェネシスは幾分か不服そうな表情を浮かべた。
バノーラの地主の一人息子として育ったジェネシスは、家事などした事が無い。
実家には使用人がいたし、ソルジャーになってからも、掃除はハウスクリーニング業者まかせ、洗濯は全てクリーニングに出し、食事は外食かデリバリーが殆どだった。
時々、アンジールの手料理を食べに行く時には多少の手伝いはしたが、その程度だ。
「家事って、何をやるんだ?」
一方のセフィロスは、幾分か興味ありげに訊く。
幼い頃は研究開発部門のトップ・シークレット、長じてからは神羅の英雄となったセフィロスは、ジェネシス以上に家事とは無縁だった。
子供の頃は研究所で育てられ、ソルジャーとなってからも神羅本社ビル内に部屋を与えられて住んでいた。
掃除などの雑務はすべて会社の雇った業者が行い、部屋は常に塵ひとつなく整った状態に保たれていた。
無論、清掃業者がセフィロスの目に触れる事は無い。
そしてそれは、セフィロスの執務室やブリーフィング・ルームなど、セフィロスが出入りする他の場所でも同じだった。
「取りあえずは、掃除だな」
そう、アンジールは言った。
坊ちゃん育ちの2人に、最初から完璧に家事がこなせるとは思えない。
徐々に慣れさせるしか無い。
「リビングとかキッチンとか、共同の場所は最初は俺がやるから、自分の部屋の掃除くらいはしてくれ」
「ヘルパーを雇ったらどうなんだ?」
不服そうに、ジェネシスは言った。
アンジールは首を横に振る。
「俺たちは表向き死んだ事になっているんだ。忘れたのか?」
「このあたりの住人は、そんな事まで知らないだろう?」
「だとしても、セフィロスの事は知っているだろうな」
セフィロスは表向き、負傷して入院中という事になっている。
入院先は極秘だ。
こんな所で暮らしていると知られると、厄介な事になる。
「掃除?」
不服そうなジェネシスの隣で、セフィロスが訊いた。
「自分の部屋を、掃除すれば良いのか?」
「そうだ。取りあえず片付けておいてくれ。後から掃除機を持って行って、使い方を教えてやる」
アンジールの言葉に、セフィロスは何度か瞬いた。
「片付けてしまって、良いのか?」
セフィロスの問いに、妙な訊き方をするなと思いながら、アンジールは答えた。
「ああ。きれいに片付けてくれ」
「判った」
言って、セフィロスは踵を返した。
「何を考えているんだ、アンジール。英雄セフィロスに、掃除をさせるなんて……」
尚も不服そうに、ジェネシスが言う。
「第三者をこの屋敷に入れる訳には行かんのだから仕方ないだろう?それより、お前もセフィロスを見習って、自分の部屋の掃除くらい__」
途中で、アンジールは言葉を切った。
2階で、爆発音のような大きな音がしたのだ。
「……!?」
顔を見合わせ、それからアンジールとジェネシスは、階段を駆け上がった。
セフィロスの部屋の前まで駆けつけ、開いたままのドアから中を見る。
そして、固まった。
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