掃除が苦手な【セフィロス】

(2)



セフィロスの部屋は、爆風で吹き飛ばされたように全ての家具が無くなり、壁には大きな穴が開いていた。
「な…にをしたんだ、セフィロス…?」
「ブリザガで一旦、凍らせてから、サンダガで吹き飛ばした」
唖然として訊いたアンジールに、おっとりとセフィロスは答えた。
「ブリザガで凍らせて、サンダガで吹き飛ばした……?」
鸚鵡返しに、アンジールが訊き返す。
セフィロスは頷いた。
「一旦、凍らせることで、効果的に撤去できたたと思う」

……なんですと……?

内心で、アンジールは呻いた。
その隣で、軽くジェネシスが笑う。
「さすがはセフィロスだな。2つの魔法を組み合わせて、相乗効果を出すとは」
「嫌……ちょっと待ってくれ、セフィロス。大体の予想はついてるが、一応、訊かせてくれ__何で、こんな事をしたんだ……?」
答えが判っていながら、アンジールは訊いた。
「お前が、部屋を片付けろと言ったから」
「……部屋ごと片付けろとは言わなかったぞ……」
「掃討しろと言っただろう?」
僅かに小首を傾げ、セフィロスが言う。
「……俺が言ったのは、掃除だ…」
「同じ意味じゃないのか?」
「………」

最早、何も言えず、アンジールは口を噤んだ。
セフィロスが信じられないくらいに世間知らずなのは判っていた。
判っていた筈だった。
だが、自分で掃除をした事が無いだけでなく、『掃除をする』という概念自体を持っていないのだとは思わなかった。
誰かが掃除をしなければ埃などが溜まって汚れていくのだと、セフィロスは知らなかったのだ。
業者が掃除をする姿を見たことも無く、常に塵ひとつなく磨き上げられた部屋しか見た事が無かったからだ。
そしてそのセフィロスに取って、『掃除』とは、『掃討』の同義語に他ならない。

「…何か、手違いがあったのか?」
何も言えず、リアクションを取る事すら出来なくなっているアンジールの姿に、幾分か心配そうにセフィロスが訊いた。
「大丈夫だ。何も問題は無い」
アンジールの代わりに、ジェネシスが答えた。
そうか、と言ってから、おっとりとセフィロスが呟く。
「だが…今晩、寝るのに困るな」
それが判るなら、何で部屋を吹き飛ばしたりした?
俺が『片付けろ』と言ったから?
素直にも程があるだろう…!?__内心で、アンジールはのたうった。

------片付けてしまって、良いのか?
------ああ。きれいに片付けてくれ

ついさっきセフィロスと交わした会話が、アンジールの脳裏に蘇った。
俺か?
俺のせいか?
俺が悪いのか……!?__思わず、アンジールは頭を抱えた。
「部屋は他にも沢山あるからな。使えそうな部屋を探そう」
蒼くなってぷるぷる震えるアンジールを尻目に、そう、ジェネシスがセフィロスに言った。
それから、アンジールを見てほくそえむ。
「先にセフィロスの新しい部屋を整えてから、自分の部屋を掃除する」
「……嫌…掃除は俺がやる……」
「そうか。悪いな、相棒__行こう、セフィロス。この機会に、インテリアを一新するのも悪くない」
不思議そうな表情でアンジールを見ているセフィロスを促して、ジェネシスはその場から離れた。





「……という事があったんだ」
「へえ。やっぱセフィってすげえな。サンダガとブリザガを組み合わせるなんて、思いつきもしなかった」
『凄い』のは、そこじゃない__内心で、アンジールは突っ込む。
ザックスは、頭の後ろで腕を組んだ。
「今度、オレもやってみようかな。ファイガとブリザガの組み合わせとか」
それじゃ、お互いに威力を打ち消しあって無力になるだけだろう__再び、内心でアンジールは突っ込んだ。
が、口には出さなかった。
ザックスの天然振りが、セフィロスと大して変わらないのを思い出したのだ。

何となく物悲しい気持ちになりながら、独りで壁の修理をした時の事を思い出す。
それでも、アンジールはすぐには挫けなかった。
掃除に関しては、セフィロス一人でやらせたのが間違いだったのだ。
側について手取り足取り教えてやれば、ちゃんと覚える筈だ__
そう考え、次には料理を手伝わせる事にした。
が、セフィロスが大根と一緒にまな板とテーブルと床まで綺麗に斬り捨てた瞬間に、自分の考えの甘さを知った。
ひとたびセフィロスの手にかかれば、ありふれた文化包丁も、妖刀と化すのだ。

「とに角…それ以来、家事は俺が一人でやっている。まあ、昼飯と晩飯の用意は、ジェネシスが手伝ってくれる時もあるが…な」
ジェネシスは気まぐれなので、手伝ったり手伝わなかったりだ。
ついでに言うと、ザックスに食事の支度を手伝わせると、つまみ食いばかりするので役に立たない。
「なんかアンジールって、母ちゃんみてぇ」
言って、ザックスは明るく笑った。
「……ははは……」
他にリアクションのしようも無く、力なくアンジールは笑った。

どんよりしつつ室内に戻ったアンジールの耳に、ピアノの調べが甘やかに響いた。
リビングを覗くと、ピアノの前にジェネシス。
ヴィクトリア様式のソファには、セフィロスとジェノバがゆったりと座り、優雅を絵に描いたような光景だ。
アンジールは黙ったまま踵を返し、晩のおかずは何にしようかとぼんやり考えた。
午後からは植木の世話と、買い物。
たまには、使っていない部屋の空気も入れ替えないといけない。
今日も、忙しい。
そう思ったら、前向きな気持ちが沸いて来るのをアンジールは感じた。
元々貧乏性なので、のんびり座っているより身体を動かしている方が、性に合うのだ。
天気が良いから、洗濯物が良く乾くだろう。
ザックスが来ているから、夕飯は少しボリュームのあるメニューにしようか__そんな事を考えながら、無意識に鼻歌を口ずさむ。

神羅屋敷の1日は、今日も平穏である。









■掃除が苦手な【セフィロス】
苦手と言うより、家事全般、全く出来ないと思います。
英雄は雑用なんてしないんです。
7本編(無印)では、自分の目の前にあるバルブを「閉じてくれ」って、クラウド(実はザックス)に言ってたくらいですから。

ちなみに、『ニブルヘイム便り』シリーズでは、ニブル焼き討ちは起きていません。
ついでながら、ジェネシスが弾いてたのはノクターン第2番です。

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