告白する前、ぬいぐるみで告白の練習をする【セフィロス】


(2)



「俺の言った事、嘘じゃ無かっただろう?」
どんよりした空気をしょって戻って来たアンジールに、ジェネシスは言った。
アンジールは頷く。
「何と言うのか……まあ、想像以上だった」
「どうする、アンジール?」
「どうするって……」
アンジールは、口ごもった。
「世間知らずのセフィロスに遅い春が来たのなら、俺たち友人としては応援すべきじゃないのか?」
少なくともあの告白の台詞は、もうちょっとマシなものに変えさせるべきだろうなと、アンジールは言った。
「いくらセフィロスでも、あんな歯の浮くような台詞で告白されたんじゃ、相手が引くだろう」
アンジールの言葉に、ジェネシスの表情が幾分、険しくなる。
「恋愛下手の癖に、ずいぶんと上から目線だな」
「俺はそんな積りで言ったんじゃ__」
「とにかく、問題はそこじゃない」
相手の言葉を遮って、ジェネシスは言った。
「セフィロスが告白しようとしている相手が誰なのか、それを突き止めるのが先決だ」
「突き止める…?」
鸚鵡返しに、アンジールは訊いた。
「セフィロスは世間知らずで素直なんだ。つまり、騙されやすい。どこぞの性悪女に誑かされて弄ばれない様、事前に防いでやるのが友人としての義務だろう」

それは余計なおせっかいというものじゃないのか?__言いかけて、アンジールは止めた。
普通に考えたらおせっかいも良いところだが、セフィロスの世間知らず振りを思うと、そうとも言い切れない。
恋をして傷つくのも一つの経験だから、余り過保護にする必要は無いと思うが、放っておいては心配だという気持ちは、アンジールにもある。

「…じゃあ、本人にそれとなく訊いてみるか」
「それは駄目だ」
言下に否定したジェネシスに、アンジールは幽かに眉を顰めた。
「どうして駄目なんだ?本人に訊くのが一番だろう」
「それでもし、相手がとんでもないアバズレだったらどうする?」
キッとアンジールを見据え、ジェネシスが訊く。
「その場合は……セフィロスを説得して、諦めさせた方が本人の為になるだろうな」
「そのせいでセフィロスが俺たちを怨んだらどうする?そのアバズレのせいで、俺たちの友情が壊れてしまうかも知れないんだぞ?」
「それは……」
再び、アンジールは口ごもった。

自分たちはもう、ソルジャーには戻れない。
そして、他のどんな職業にも就けない。
人目を避け、この神羅屋敷で共にひっそりと暮らす他に道は無いのだ。
気まずくなるのは、避けたい。

「事は全て隠密裏に運ぶべきだ」
言い切ったジェネシスに、アンジールは軽く溜息を吐いた。
こそこそするのは、気が進まない。
「しかし…本人に訊かなかったら、どうやって調べるんだ?まるで雲を掴むような話じゃないか」
そうでも無い、と、ジェネシス。
「セフィロスは滅多に外出しないからな。接触する相手は限られている」
「確かに…言われてみれば、その通りだ」
「最近ではDFFのインタ版の撮影と、ジェノバと一緒に買い物に出かけた時だけだ。ジェノバと買い物に行った時は俺も一緒だったし、女の子に擬態していたから可能性は殆ど無い」
だが…と、アンジールは腕を組んだ。
「DFFのインタ版の撮影は、新たに追加された技のシーンだけだったから、すぐに終わっただろう?撮影の後もセフィロスの様子に特に変わったところは無かったし、やはり可能性は低いと思うが…」
「やっぱり、お前もそう、思うか…」
言って、ジェネシスは何やら深刻な表情になった。
「となると、セフィロスの身近にいて、セフィロスが愛情を注ぐような女性は他にいない…な」
「どういう意味だ?」
訊いたアンジールに、判るだろう?と、ジェネシス。
「そんな相手は、一人しかいないと言っているんだ」
「もしかして…ジェノバの事を言っているのか?」

訊き返したアンジールに、ジェネシスは頷く。
アンジールは笑った。

「なんだ。そういう事か」
「何が『そういう事か』、だ。お前には、事の重大さと深刻さが判らないのか?」
噛み付くように言ったジェネシスに、アンジールは面食らった。
「何を怒っているんだ、ジェネシス?あの2人は母子じゃないか」
「母子だから問題だと言っているんだ」
「だから、何が__」
途中で、アンジールは口を噤んだ。
そう言えば、セフィロスは唇に触れるとか何とか言っていた。
あの表現は親子の情愛を現す言葉と言うより、恋人同士の睦言だ。
「……まさか、それは無いだろう。いくら仲が良くても……」

ジェノバが復活したばかりの頃、一糸まとわぬ姿のジェノバとセフィロスが添い寝する姿を想像して思わず赤面してしまった時の事が、アンジールの脳裏に蘇った。
ジェノバには別の部屋を用意したから今ではセフィロスと寝室を共にしている訳では無いが、昼間は殆ど一緒にいるようだ。
それに何より、2人は一緒に風呂に入って互いの髪を洗ってやる程に仲が良い。
それでも、と、アンジールは首を横に振る。

「あの2人は母子として仲が良いだけだ。多少は愛情表現が行き過ぎる事があっても、それは二十数年分の空白を埋めたいだけだろうし」
「その濃縮された愛情が昂じて、恋愛感情に変わった可能性が無いと言い切れるのか?そしてもし、セフィロスの恋の相手がジェノバなら、俺たちが止めても聞き入れる筈が無い」
ジェネシスの言葉に、アンジールは口を噤んだ。
ジェネシスの言う事にも、一理ある。
「可能性が無いとは言い切れないが……だがもし、相手がジェノバなら、ぬいぐるみで告白の練習なんかしないんじゃないか?」
「本来のセフィロスならば…な」
だが、と、ジェネシスは続ける。
「今のセフィロスは、ジェノバの望みを叶える為に12歳前後の少年の姿になっている。もしかしたら、心まで12の少年なのかも知れないぞ?」
「そうは言っても、あれは一種の擬態じゃ無いのか?」
「他の少年に擬態した訳じゃない。セフィロス自身の12歳ごろの姿だ。そして12歳と言えば、ちょうど思春期にさしかかる位の年齢だ」
つまり、と、真剣な表情で、ジェネシスは続けた。
「反抗期であると同時に、異性への関心が高まる年齢でもある。母としてのジェノバに反抗する一方で、異性としてのジェノバへの興味が沸いても不自然ではない」

いや、それ不自然だから__アンジールは思ったが、口には出さなかった。
ジェネシスの目が据わっている。
こういう時に下手に反論すればどうなるのか、長い付き合いで良く判っている。
ジェネシスは、この世の終わりのような顔をして、深く溜息を吐いた。
「このまま放っておけばとんでもない悲劇になるが、かと言って、ジェノバに関わる事となると、セフィロスは俺たちの説得にも応じまいし……」

果たして、それは本当に悲劇なのだろうか__ふと、そんな疑問がアンジールの頭に浮かぶ。
インセストはこの星の人間にとっては禁忌だが、ジェノバは他の星から飛来した生命体だ。
有性生殖によって子孫を増やすのでは無く、リユニオンによって生命を繋ぐのだとも言っていた。
だとすれば禁忌に対する考え方も、この星の人間とは異なるかも知れない。
それにセフィロスはジェノバが産んだ訳では無く、2人は遺伝的な同一体だ。
母子という定義も、厳密には当てはまらないかも知れない……

その時、キッチンのドアが開き、アンジールの思索は中断された。
「セフィロス……」
キッチンに現れたセフィロスの姿に、アンジールとジェネシスの2人は絶句した。







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