告白する前、ぬいぐるみで告白の練習をする【セフィロス】


(3)



「お前…それは、一体……」
最初に沈黙を破ったのはアンジールだった。
セフィロスは、両腕いっぱいにぬいぐるみを抱えている__いや、正しく言えば、ぬいぐるみがセフィロスの両腕にしがみついているのだ。
問われたセフィロスは、うんざりしたような表情を浮かべた。
「懐かれた」
「懐かれた……?」
鸚鵡返しに、アンジールは訊いた。
セフィロスの左腕に3つ、右腕に2つ、良く見ると右脚にも1つ、ぬいぐるみがしがみついている。
12歳の少年の姿だからまだ可愛いと言えなくもないが、青年の姿では想像したくない。
「脚は止めろと言っただろう。歩き難い」
幾分か不機嫌そうにセフィロスが言うと、脚にしがみついていたぬいぐるみが、ぽとりと床に落ちた。
「どういう……事なんだ…?」
唖然とした表情で、ジェネシスが訊く。
セフィロスは僅かに肩を竦めた。
「調伏しようとしたんだが、どうやら失敗したらしい」
「調伏…!?」
「嫌…調伏は違うな。屈服……か?__お前たちも離れろ」
セフィロスが言うと、腕にしがみついていたぬいぐるみ達もぽとりと床に落ちる。
その様に、アンジールとジェネシスは思わず顔を見合わせた。
「多分、人間の言葉で一番、近いのは折伏だ」
「……頼むから、俺たちにも判るように説明してくれ」

アンジールの言葉に、セフィロスは少し困惑したような表情を浮かべ、傍らのジェノバを見た。
それから暫くの間、2人で見つめ合う。
おそらく、『会話』しているのだろう。
それから、セフィロスはアンジール達に向き直った。

「母が、俺も自分の使い魔を持つべきだと言うから、ぬいぐるみを折伏しようとしたんだ」
「ぬいぐるみを、折伏……?」
鸚鵡返しに、ジェネシスが訊く。
セフィロスは頷いた。
「初め、母に教わった通りにやったが、うまく行かなかった。2千年の間に、この星の言葉は大分、変わってしまったらしい」
「まさか、あんたがぬいぐるみに向かって告白めいた事を喋っていたのは、あれは折伏だったのか?」
セフィロスは頷いた。
それから、何故、知っている?と訊き返す。
「俺の記憶に間違いが無ければ、折伏というのは言霊の力を借りて妖魔を服従させ、使役とする行為の筈だが」
セフィロスの質問をはぐらかして、ジェネシスは言った。
再び、セフィロスは頷く。
「大体、そんなところだ」
「それなら、どうしてぬいぐるみを__」
「ちょっと待ってくれ。話に付いていけない」
ジェネシスの言葉を、アンジールは遮った。
「言霊とか妖魔とか、俺には何の事だか判らんぞ」
「東洋には、言葉に霊力が宿るという信仰がある。それが言霊だ。西洋の昔話の呪文みたいなものだ。妖魔というのはまあ、モンスターの類だ」

そう、ジェネシスがアンジールに説明する。
アンジールは、改めてセフィロスに向き直った。

「つまり、ぬいぐるみに愛の告白をして、自分に従うように仕向けた…って事なのか?」
「愛の告白?」
逆に、セフィロスが訊き返す。
「何を言っているんだ。あれは、折伏の為の言霊だ」
「瞳が星のように美しいとか何とか言うアレが…か?」
「何故、お前まで知っている?」
セフィロスに問い質され、アンジールは困惑した。
が、すぐに正直に話そうと決める。
「すまん。悪いとは思ったが、立ち聞きした」
アンジールの言葉に、セフィロスは眉を顰める。
「何故、そんな真似をした?」
「…本当に悪かった。だが、俺もジェネシスもお前の事が心配で__」
「そんな真似をして、お前たちまで折伏されてしまったらどうする気だ?」

……は…?

内心で、アンジールは固まった。
いつもはアンジールを固まらせる側のジェネシスも、一緒に固まっている。
「あの告白__嫌、言霊は、そんなに強力なのか…?」
ある意味、もの凄い衝撃ではあったがと思いながら、アンジールは訊いた。
セフィロスは、小首を傾げる。
「俺は折伏は初めてだったから、それほど強い力は無いと思うが…」
ふと気づくと、さっき床に落ちたぬいぐるみ達が、行儀良くセフィロスの足元に集まって侍っている。
どうやら、セフィロスの告白__もとい、言霊__は、ぬいぐるみたちに魂を吹き込んだらしい。
ある意味、強力なモンスターを屈服させるよりも凄い力だ。
「それにしても……どうしてぬいぐるみなんだ?」
「折伏に慣れない内は、小物から始めるのが鉄則だからだ」
確かにぬいぐるみは小物だが、この場合の『小物』とは、ザコモンスターとかの事じゃないのか…?__内心でアンジールは疑問に思ったが、口には出さなかった。
もっと別な事が気になったからだ。
「最初、お袋さんに教わった通りにやって上手く行かなかったと言ったが、だったら『瞳が星』とか『唇が薔薇』とかいう台詞はどこから出てきたんだ?」
「研究所の書庫にあった資料を参考にした」

……はい…?

再び、アンジールは固まった。
「ここの地下の研究所か?そんなところにあんな……」
途中で、アンジールは口ごもった。
まさかあり得ないとは思うが、現にぬいぐるみ達には魂が宿り、セフィロスに服従__と言うか、懐いているのだ。
人間をモンスター化させるような研究を行っていた神羅の事だ。
モンスターを折伏する言霊の研究も、行われていたかも知れない。
「どういう研究課題だったんだ?」
「詳しくは判らないが、タイトルは『狙った相手を必ず落とす100の言葉』だ」

……はあ…?

三度、アンジールは固まった。
そしてそんなアンジールの当惑など目に入っていないように、セフィロスは続ける。
「読んでも意味は良く判らなかったが、『落とす』というのは陥落させるという意味だろう?それならば、折伏に通じるものがあるかも知れないと思って試してみたんだが、結果は予想外だった」
「………」
すぐには何も言えず、アンジールはセフィロスと足元のぬいぐるみを交互に見遣った。
さっきは行儀良く侍っていたぬいぐるみ達だが、今はセフィロスの脚にすりすりと擦り寄っている。
折伏には失敗したが、『陥落』には成功したようだ。

詳しい経緯は不明だが、おそらくその本は、かつてここの研究室にいた助手か誰かが持ち込んでそのまま置き忘れた物だろう。
無論、研究用の文献では無く、休憩時の息抜きか何かの為に。
そしてここの研究所は、もう20年以上、使われていない。
すなわち、その本が出版されたのも、20年以上前という事になる。
聞いているだけで歯が浮くような陳腐さは、そのせいなのだろう。

「何と言うか…何事も最初から上手く行くとは限らないからな。余り気を落とすな」
「…そうだな」
アンジールの慰めの言葉に、短くセフィロスは答えた。
次はきっと上手くいくさ__そんなありきたりの励ましの言葉を、アンジールは口に出す前に噛み殺した。
大小さまざまなモンスターに混じってぬいぐるみが屋敷内をうろうろする姿は、出来れば余り見たくない。

「でもまあ、心配するような事は何も無いと判って安心した__なあ?」
言って、アンジールはジェネシスを見た。
ジェネシスは瞬きもせずにセフィロスを見つめ、その蒼い瞳が輝いている。
------マズイ
反射的に、アンジールは思った。
「セフィロス…。ぬいぐるみの次は、俺で折伏の練習をしてみないか……?」
「駄・目・だ」
セフィロスが答える前に、アンジールが言った。
その言葉に、ジェネシスのうっとりした表情が、険悪なそれに変わる。
「何故、止めるんだ、相棒?」
「発情期の猫みたいにセフィロスの脚に擦り寄るお前の姿なんて見たくない」
ブチッと派手な音を立てて、ジェネシスの何かが切れた。
「邪〜魔〜だ〜〜!!」
ジェネシスの放ったファイガが、アンジールの顔面を直撃する。
「…お茶は?」
顔面から黒煙を上げて倒れたアンジールの姿など目に入っていないかのように、おっとりとセフィロスが訊いた。
「あ…ああ、済まない。今すぐ、淹れる」
再び恍惚とした表情に戻って、ジェネシスが言った。
何事も無かったかのように、セフィロスとジェノバはテーブルに着く。
「それで…さっきの折伏の話なんだがな、セフィロス…」
「@#▲×○■……!!!」

床の上でのた打ち回るアンジールを他所に、神羅屋敷の1日は、その日も平穏に過ぎて行った。








■告白する前、ぬいぐるみで告白の練習をする【セフィロス】
セフィは告白の練習なんてしないと思います。
常に直球勝負。
なので、『ぬいぐるみで告白の練習をするセフィロス』ではなく、『ぬいぐるみに告白するセフィロス』になりました(^^ゞ
セフィに告白されたら、それがどんな陳腐なセリフであろうと、ぬいぐるみですら陥落まちがいなしです。
意味が判っていなくて棒読みでも…です。
そしてぬいぐるみにしがみつかれるセフィは、少年の姿でも青年の姿でも可愛いと思います。
てか、ぬいぐるみになってセフィにしがみつきたい。



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