告白する前、ぬいぐるみで告白の練習をする【セフィロス】


(1)



「…ジェネシス?」
どんよりと暗雲をしょって現れた幼馴染に、アンジールは思わず眉を顰めた。
「どうかしたのか?セフィロスは?」
その日は秋晴れの穏やかな天気だった。
空は高く蒼く澄み、時折、吹く風は爽やかだ。
だがその爽やかさ全てをぶち壊しにしてしまう程、ジェネシスはどんよりしていた。
「……訊かないでくれ…」
低く呟き、ジェネシスは俯いたままテーブルに着いた。
アンジールはその傍らに歩み寄る。
「一体、何があった?セフィロスは部屋にいるんじゃないのか?」
アンジールの問いに、ジェネシスは答えなかった。
どうやら、かなり落ち込んでいるようだ。
「お前らしくない…な」
僅かに苦笑して、アンジールは言った。

ソルジャーだった頃のジェネシスはプライドがとても高く、幼馴染のアンジール相手ですら、自分の弱みを隠そうとしていた。
そのせいで、一人で思いつめてしまう事もあった。
自分の出生を知って失踪した時などは、特にそれが酷かった。
失踪などする前にどうして自分に一言、相談してくれなかったのだと、あの時にアンジールが何より思ったのはその事だった。

「……みっともなく落ち込んで無様だと笑いたければ笑え」
アンジールの方を見ることも無く、半ば独り言のようにジェネシスは言った。
アンジールは首を横に振る。
「落ち込んでるのがお前らしくないって言ったんじゃ無い。むしろ逆だ」
「逆……?」
顔を上げてアンジールを見、ジェネシスは訊いた。
そうだ、と、アンジールは頷く。
「確かにソルジャーだった頃のお前は落ち込む姿を人に見せるような奴じゃ無かったが、昔のお前はもっと素直だったろう?」
「……」
「それに、ここで暮らすようになってからのお前も、かなり素直だ」
素直とか言うレベルでなく感情むき出しなのだが、アンジールはそれを口には出さなかった。
ザックスと事あるごとに喧嘩するのは困るが、悩み事を隠されるよりはずっと良い。
「それで、セフィロスがどうしたんだ?ぬいぐるみと一緒に昼寝でもしていたか?」
笑って、アンジールは訊いた。
お茶の支度が出来たので、ジェネシスはセフィロスの部屋に呼びに行った。
そして、どんより落ち込んで戻って来たのだ。
「……ぬいぐるみと一緒に寝るように薦めたのは俺だからな。それだったら、別にどうも思わん」
「…そうか?だったら、どうした?」
この前は、そんな姿を見るのは耐えられないと言ってなかったか?と思いながら訊いたアンジールの問いに、ジェネシスは深く溜息を吐いた。
暫くテーブルの上のティーセットを見つめ、それから口を開く。
「どうやら俺の英雄は、恋をしているらしい……」
「それは……」
途中で、アンジールは一旦、言葉を切った。
「…別に悪い事じゃないだろう。どうしてそれでお前が落ち込むんだ?」
僅かに躊躇ってから、アンジールは訊いた。

ジェネシスが、セフィロスにプロポーズするとまで思いつめたのはつい先日の事だ。
が、それは飽くまで擬態した女の子に恋をしたのであって、本来のセフィロスに恋をした訳では無い筈だ__多分。

「お前がセフィロスに憧れて神聖視しているのは知っているが、英雄だって恋くらいするだろう?」
「判っている。友人としては、むしろ応援すべきなんだろうな」
だが、と、ジェネシスは続けた。
「とてもそういう気持ちになれないから、落ち込むんだ」
言って、ジェネシスは再び深い溜息を吐く。
「俺は自分の心の狭さに耐えられないんだ…。セフィロスが幸せになるなら友人として祝福すべきなのに、恋にかまけて俺たちの事など眼中になくなるかも知れないと思うと、セフィロスの心を奪った相手を呪いたくなる」
ジェネシスの気持ちは判らなくも無いと、アンジールは思った。
友人同士の間でも、ある種の独占欲や嫉妬のような感情が起きる事はある。
ジェネシスの場合、セフィロスに対する憧れが強すぎるので、そういった感情も強く出るのだろう。
「呪うだけでは済まないな…。レイピアで八つ裂きにして、跡形も残らないようにファイガで焼き尽くしたい」
前言撤回__思わず、アンジールは顔を顰めた。
いくら何でも、それは行き過ぎだ。
「まあ、落ち着け、ジェネシス。俺の思うに、お前が早とちりしているだけじゃないのか?」
一体、どうしてセフィロスが恋をしているなんて思うんだ?__そう、アンジールはジェネシスに問う。
その問いに、ジェネシスは再び深い溜息を吐いた。
「さっき部屋に呼びに行ったら、話し声が聞こえたので不審に思って鍵穴から覗いたら…」
途中で、ジェネシスは一旦、言葉を切った。
躊躇うような表情を見せ、それから意を決して口を開く。
「セフィロスが、ぬいぐるみ相手に告白の練習をしていた……」

……は?

思わず、アンジールは内心で訊き返した。
武勇の誉れ高き英雄、国中の少年少女の憧れの的だったセフィロスが、ぬいぐるみ相手に告白の練習……?
「そ…それこそ何かの間違いじゃないのか?俺には想像もつかんぞ」
思わずどもって言った幼馴染を、ジェネシスは恨めしそうに見た。
「だったら、自分で行って確かめてみろ」



こんな事をする意味があるのだろうかと疑問に思いながら、アンジールはセフィロスの部屋に向かった。
ノックをしようとすると、部屋の中から声が聞こえる。
セフィロスとジェノバが『会話』する時には言葉を使わないし、この屋敷に他に人はいない。
確かに不審な光景だが、元クラス1stのソルジャーたる者、覗き見などするべきでは無い__と思いつつ、アンジールは鍵穴に目を近づけた。
部屋の奥にあるベッドに、セフィロスが座っているのが見える。
そして、手に持ったぬいぐるみに語りかけている。
「君のその瞳、まるで星のように美しい。その瞳で、ずっと俺の事だけを見つめていてくれないか?」

…うわあ……

聞くんじゃなかったとアンジールは後悔したが、遅かった。
ジェネシスが落ち込んでいた気持ちが、別の意味で理解できる。
敵からは『白銀の死神』とまで恐れられた最強のソルジャー、どんな手ごわいモンスターでも一撃で仕留めた無敵の英雄が、ぬいぐるみ相手に告白の練習、それも聞いている方が恥ずかしいくらいの陳腐な台詞を、躊躇いも無く口にしているのだ。
「その唇はまるで一片の薔薇の花びら。俺だけに、触れる事を許して欲しい」

………

無言のまま、アンジールは踵を返し、セフィロスの部屋から離れた。







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