大事な話しの途中で噛んでしまう【セフィロス】

(2)



神羅軍はその名の通り、神羅カンパニーに雇われている職業軍人であり、その点ではソルジャーと何ら変わりは無い。
が、特に初期の頃のその構成員は殆どが旧時代の国軍人上がりで、自分たちが一企業の私兵と看做される事を嫌っていた。
そして彼らは、新しく台頭した勢力であるソルジャーを、自分たちの手柄を横取りする邪魔者であると看做す傾向が強く、特にプライドが高くて頑固な将軍たちにそれが顕著に見られた。

「これでは我が軍は、ただの囮では無いか」
ソルジャー統括の説明が終わるや否や、怒りを露にして神羅軍の将軍が言った。
「だからこれは陽動作戦なんだと言う説明を__してなかったんですか?」
困惑気に、ソルジャー統括がハイデッガーに訊く。
「予め言っておくと、反発されそうだったので__」
「当然だ。一体、何を考えておるのだ」
ソルジャー統括同様、困惑気な表情で言ったハイデッガーに、将軍は怒りの矛先を向けた。
命令系統としては、治安維持部門統括たるハイデッガーは、神羅三軍を指揮、命令する立場だ。
が、実際には筋金入りの軍人である神羅軍の上層部は、民間人であるハイデッガーを自分たちの上官とは認めておらず、軍をまとめているのは事実上、彼ら上層部だった。

「どうして作戦に同行しない将軍がここにいるんだね?比較的若い将校なら、何とか言いくるめられると思ったのに…」
ソルジャー統括を脇に呼んで、小声でハイデッガーは言った。
「私は呼んでませんよ。でも、こんな大軍を動かすのは滅多に無い事ですからね。将軍が出て来るのも当然でしょう?」
その時、ブリーフィング・ルームにいたのは、ソルジャー統括とハイデッガー。
神羅軍側からは、作戦に指揮官として参画する将校3人と上官である将軍、それに彼らの副官達。
ソルジャー側ではセフィロス、アンジール、ジェネシスと2ndのソルジャー2人だった。

「俺も、神羅軍を同行させるなんて聞いていない」
セフィロスの言葉に、部屋の気温が下がるようだと、アンジールは思った。
「な…にを言っているんだね、セフィロス?3日前に、ちゃんと話したじゃないか」
「軍の同行など聞いていない。せいぜい1,2名の神羅兵を、雑務係として連れて行くだけだと思っていた」
不機嫌そうなセフィロスの言葉に、ソルジャー統括の顔が青褪める。
が、セフィロス以上に不機嫌になったのは神羅の将軍だ。
「神羅軍の兵士を、ソルジャーの副官扱いされては困る。彼らは我々神羅軍の兵士であって、下位のソルジャーでは無いのだ」
「当然だ」
短く、セフィロスは言った。
「神羅兵にはソルジャーの素質が無い。彼らでは、ソルジャーにはなれない」

部屋の空気が凍るのを感じ、アンジールは傍らのジェネシスを見た。
ジェネシスは、まっすぐにセフィロスを見つめている。
彼らはセフィロスの後ろに立っているのでセフィロスの表情は窺えないが、対峙する将軍が怒っているのは厭というほど良く判った。
先ほどまでは将軍を宥めようとしていた将校たちも、今のセフィロスの台詞で気分を害したようだ。

「…そういう奢った考え方だから、我々を囮にしようなどという馬鹿げた考えが浮かぶのだ」
「……しかしだね、将軍。これは最小の被害で最大の戦果を上げる為に必要な作戦であって……」
途中で、ハイデッガーは曖昧に語尾を濁した。
将軍も、作戦の主旨は理解している筈だ。
彼らが気に入らないのは、神羅の大軍を動員しておきながら、功績がソルジャーのものとなる事なのだ。
ただでさえ彼らは、ソルジャーを自分たちの手柄を横取りする邪魔者と考えている。
今回の作戦では、ソルジャーに手柄を立てさせる為に神羅軍を利用する形になるのだから、反発するのも当然だ。
それが判っているから、ハイデッガーはこの作戦に乗り気では無かった。
陽動ならば、セフィロスに少数のソルジャーを伴わせるだけで十分な筈だ。
だが、陽動作戦ならば派手な方が効果的だからと、派手好きなプレジデントが神羅の1個連隊__規模は1000人以上__をセフィロスに同行させる事を命じたのだ。

その事で頭を悩ませたのは、ソルジャー統括もハイデッガーと同じだった。
セフィロスは、団体行動を好まない。
それなのに神羅軍の連隊を同行させるとなれば、下手をすれば命令拒否しかねない。
「だから神羅軍の方はちゃんと根回ししておいて下さいと言っておいたでしょう」
再び小声で、ソルジャー統括はハイデッガーに言った。
根回ししようとはした、と、ハイデッガー。
「単に陽動作戦に神羅軍を使うというだけなら、宣伝広告部門がいかようにも取り繕って、軍上層部の面子が立つようには出来ただろう。だが今回の陽動の中心はセフィロスだぞ?どう考えても、マスコミ向けの発表では、全ての功績がセフィロスのものになるのは目に見えている」
神羅軍より、と、ハイデッガーは続けた。
「君こそセフィロスを何とかしたまえ。ソルジャー統括だろうが」
「…たとえプレジデント直々の命令であっても、気に入らなければ平然と拒否する『英雄』相手に、私が何を出来ると…?」

困惑気に密談を続ける統括二人を、アンジールは横目で見遣った。
神羅軍__特に、その上層部__とソルジャー部門が互いに牽制し合う関係であるのは知っていたが、ここまで険悪だとは思っていなかった。
それにその当時はセフィロスの事をよく知らなかったので、神羅軍を同行させる事で不機嫌になる理由も判らない。
「何をこそこそ話しているんだね?」
将軍の言葉に、ハイデッガーがむっとした表情を浮かべた。
「この作戦はプレジデントも承認済み__と言うより、神羅軍を同行させるのはプレジデントのご意向だ。何より、作戦はもう、開始しているのだ」
「…宜しい。命令には従おう。だが、神羅兵がソルジャーより劣る存在であるかのように侮辱した事に関しては、謝罪して頂きたい」
視線をハイデッガーからセフィロスに移し、将軍は言った。
「俺は事実を言ったまでだ」

ピシッ…と、凍った空気にヒビが入るのを、アンジールは感じた。
何が気に入らないのか判らないが、さっきからセフィロスが口を開くたびに場の空気が険悪になって行く。
ソルジャー統括は俯いてしまっているし、ここは同じソルジャーである自分たちがとりなすべきなのだろうかと、隣の幼馴染を垣間見る。
ジェネシスは、幽かに口元に笑みを浮かべていた。
どうやら、この状況を楽しんでいるようだ。
内心で、アンジールは溜息を吐いた。
今回の作戦、始まる前から失敗が目に見えている。

「と…にかく、時間も時間だ。神羅軍に行軍の工程を説明したまえ、セフィロス」
「何故、お前が俺に命令する?」
ハイデッガーの言葉に、低くセフィロスは言った。
ハイデッガーの顔が、一気に怒りで紅潮する。
「……命令などしておらんよ。今回の作戦の最高責任者である君から、神羅軍に指示を与えてくれないかと『お願い』しているだけだ」
握りこぶしを震わせながら、理性を総動員してハイデッガーは言った。
ここまで険悪な雰囲気というものを経験するのは初めてだと、アンジールは思った。
そして、どうしてセフィロスはここまで棘のある言い方をするのだろうと訝しむ。
セフィロスが純粋に『口の利き方を知らない』だけなのだと気づくのは、もっと後になってからだ。

ハイデッガーの言葉に答える代わりに、セフィロスは作戦地図に歩み寄った。
地図上には、アンジールたちソルジャーが爆破する予定の武器庫と、囮として行軍する神羅軍の進路が、既に記入済みだ。
「これはただの武器庫だろう。こんな物を破壊するのに、わざわざ神羅の1個連隊を動かすのか?」
「…単なる武器庫では無く、敵の兵站補給の要所になっているんだよ。だから今回の目的は、武器庫の破壊と言うより、敵の補給路分断であって、今後の戦局に大きな影響を……」
セフィロスの言葉に、ソルジャー統括は言った。
痛むらしく、胃の辺りを押さえている。
「それならば、こっちの要塞を陥とす方が効果的だ」
武器庫の後方数十キロの地点にある要塞を指し示し、セフィロスは言った。
「そんな事は我々だって判っている」
不機嫌な口調で、ハイデッガーが言った。
「だがその要塞は、ウータイの国境からかなりの距離がある。その規模の要塞の陥落には少なくとも1個連隊の動員が必要だが、それだけの人員を安全に動かす為には、あらかじめ補給路の確保や制空権奪取などの準備が必要だ」
「つまり、今回の作戦は次の要塞陥落の為の準備になるんだよ」
ハイデッガーに続き、ソルジャー統括も説明する。
「だが機密保持の為に、この事は口外しないよう__」
「武器庫を破壊した時点で、次の狙いが要塞であるのはウータイに筒抜けになるだろう」
統括の言葉を遮って、セフィロスは言った。
「こちらがのんびり準備などしていたら、敵にも応戦の準備期間を与える事になる」
「…だったら、どうしろと?」
ハイデッガーの問いに、セフィロスがこちらに振り向く。
部屋の中の一同を見遣り、そして口を開いた。
「武器庫の破壊と同時に、要塞を陥落させる」






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