大事な話しの途中で噛んでしまう【セフィロス】

(3)



一瞬、部屋がしんと静まり返るのを、アンジールは感じた。
ギスギスした険悪な空気が、一気に緊張に包まれたそれに変わる。

「ばかな…!そんな事ができる訳、無いだろう」
言ったのは、ハイデッガーだ。
「ソルジャーと神羅軍とでは、ただでさえ進軍にかかる速度が違う。神羅軍が要塞に到着するのを待っていたのでは、武器庫への奇襲など__」
「神羅軍が、通常の3倍の速度で進軍すれば済む話だ」
ハイデッガーの言葉を遮って、セフィロスは言った。
そして、将軍に視線を向ける。
「出来るな?」
「……無論だ」
低く、将軍は言った。
出来ないなどと言えば、神羅兵がソルジャーに劣る存在だと認めるようなものだ。
プライドの高い将軍が、そんな屈辱に甘んじる筈が無い。
「だが……今回はあくまで陽動作戦だから、要塞攻略用の武器弾薬の用意などしておらんぞ」
困惑気な表情でセフィロスと将軍を交互に見、ハイデッガーは言った。

無茶だ、と、アンジールは思った。
ウータイ国境の奥深くにある要塞まで通常の3倍の速度で進軍などすれば、それだけで神羅軍はかなり疲弊する筈だ。
その上、十分な武器弾薬も無しに、要塞陥落など、出来る筈が無い。
ソルジャーが武器庫を破壊するにしても、それは更に前線にいるウータイ軍への補給が絶たれるだけで、要塞の備蓄には影響を及ぼさない。

「武器弾薬の必要など無い。今回は、交戦などしない」
「何だと……?」
セフィロスの言葉に、呻く様にハイデッガーは言った。
「交戦もせずに、どうやって敵の要塞を……」
「武器庫が破壊されれば、その報告は即時に要塞に伝えられる筈だ。そのタイミングで神羅軍が要塞を包囲し、降伏を勧告する」
「そ…それは、つまり……」
緊張が高まり、部屋中の耳目がセフィロスに集中する。
一呼吸おいて、セフィロスは口を開いた。
「そうだ。ムケチュカイジョウだ」

……は?

アンジールは、己の耳を疑った。
ムケチュカイジョウって何だ?もしかして、無血開城って言いたかったのか?
嫌、今のはきっと俺の聞き間違いだ__そう、アンジールは自らを納得させた。
そして、改めてセフィロスの作戦を反芻する。
作戦自体は、余りに大胆だ__無謀と呼べる程に。
神羅軍は武器も弾薬も不足した状態で、兵たちは無茶な行軍で疲弊するだろう。
降伏勧告を拒絶されて交戦になれば、苦戦を強いられるのは目に見えている。
だが、ウータイ側にしてみれば、武器庫破壊の報告と同時に、一千もの神羅の大軍に包囲されるのだ。
要塞に到着する前に神羅軍の動きをウータイ側が察知できたとしても、通常の3倍の速度での進軍など、予想も出来まい。
心理的には、かなり動揺する筈だ。
しかも神羅軍を率いるのは、ウータイでは『白銀の死神』と恐れられるセフィロスなのだ。
それだけでもウータイ軍は恐慌をきたし、士気はかなり下がるだろう。
セフィロスが軍の重火器による集中砲火を浴びても全くダメージを受けない事は、敵味方共によく知っている。
過去には、セフィロスの姿を見ただけで降伏したウータイの部隊もあった程だ。

「大胆な心理作戦だが……危険すぎないかね?」
幾分か困惑したように、ハイデッガーが言った。
「もしも勧告が受け入れられず、交戦になったら、今回の装備ではとても__」
「装備の不足は、俺が補う」
躊躇いも無く、セフィロスは言った。
その言葉が誇張で無いのは、この場にいる全員が理解している。
それだけの実績を、セフィロスは上げてきたのだ。
『英雄』の称号は、伊達では無い。
「最悪、逃げ帰る事になっても、神羅軍の退路は確保できる。ウータイは要塞を護れれば十分な筈だから、追撃まではすまい」
「確かに……それはそうだが…」
言い淀んだハイデッガーに、セフィロスは改めて向き直る。
「わざわざ神羅軍の1個連隊を動員しておきながら、ただの陽動では人員の無駄遣いだ」
だが、と、セフィロスは続けた。
「ウータイの要塞一つを陥落、それもムケチュカイジョウさせたとなれば、功績として十分だろう」

……はい……?

再び、アンジールは己の耳を疑った。
さっきは聞き間違いだと思ったが、今回は確かに『ムケチュ』と言った。
それは、間違いない。
1回目はちょっと噛んだだけかとも思ったが、2回ともなるとどう判断して良いのか判らない。

セフィロスとは任務の時に何度か話した程度だが、滑舌が悪いように感じた事は1度も無い。
それに、『無血』はそれほど発音し難い単語でも無い筈だ。
だとしたら……?
盗み見る様に、アンジールはセフィロスを見た。
作戦ボードの前に立つセフィロスは堂々たる美丈夫で、英雄の名に相応しい威厳と風格を感じさせる。
大胆でありながら敵の心理を突いた作戦も見事だし、それを成功に導くだけの実力もある。
そのセフィロスが同じ単語を何度も噛むとか間違うとか、到底、考えられない。
きっと『ムケツ』はバノーラ訛りか何かで、ミッドガルでは『ムケチュ』が正しいのだろう。
或いは、『ムケツ』は古い言い方で、『ムケチュ』が新しいのかも知れない……

自分を無理やり納得させて、アンジールは周囲を見回した。
険悪な空気は緊張へと変わり、今は__妙な雰囲気になっている。
神羅軍の将校たちは互いに顔を見合わせ、2ndのソルジャーたちも同様だ。
その中で、口元に笑いを浮かべたのは神羅の将軍だ。
「一見、無謀だが、細部まで計算された見事な作戦だな」
言って、一歩、前に進み出る。
「そしてこの作戦の成功の鍵は、我々神羅軍が通常の3倍の速度で進軍できるかどうかにかかっている。これは困難な作戦ではあるが、その成功が我が軍に取って非常な名誉となるのも事実だ」
何しろ、と、将軍は続けた。
「目標はウータイの要塞陥落、しかも、『ムケチュカイジョウ』なのだからな」

すうっと、部屋の空気が冷えるのを、アンジールは感じた。
折角、険悪だった雰囲気がセフィロスの作戦で良い意味での緊張に変わっていたのに、将軍がそれを台無しにしてしまったのだ。
プライドの高い将軍としてはセフィロスの言動が許し難かったのだろうが、こんな仕返しの仕方は陰険すぎる。
自分のすぐ隣に立っているジェネシスの怒りが、アンジールには手に取るように感じられた。

「そうだ。ムケチュカイジョウだ」
将軍の嫌味を無視して__と言うより、気づかなかったかの様に__朗々たる美声でセフィロスは言った。
冷えた空気が、セフィロスの言葉で再び妙な雰囲気へと変わる。
「情報によれば、ウータイ政府はこの戦争を神羅による一方的な侵略であると決め付けているようだ。今回の作戦が成功すれば、我々が侵略者などでは無く、戦線の拡大やそれに伴う人的被害の増加を望んではいない事を示す布石となる」
「…すばらしい」
短く、ハイデッガーが言った。
その隣で、ソルジャー統括も頷く。
「今回の作戦でムケチュカイジョウを成功させられれば、我々神羅が正義である事を世界に示す事にもなる」
ハイデッガーの言葉に、ソルジャー統括は更に何度も頷いた。
それから、アンジールたちソルジャーに視線を転じる。
「武器庫の破壊の際に、人的被害は出すな。今回の作戦の目標は、ムケチュカイジョウだ」
「判っている」
言ったのは、ジェネシスだ。
再び、口元に幽かな笑みが浮かんでいる。
そしてジェネシスの視線の先には、困惑気な表情の将軍がいた。
傍らの副官を見、口を開きかけてやめる。
『ムケツ』は古い言い方で、『ムケチュ』が新しいのかも知れないと、アンジールと同じ悩みに陥ったらしい。
が、すぐに何かを決意し、背筋を伸ばして将校たちに向き直った。
「今回の進軍は困難だが、一人の脱落者も出すな。英雄セフィロスに遅れる事無く随行して、必ずムケチュカイジョウを成功させる」



「…あの時の作戦は、伝説になったな」
口元に笑みを浮かべ、ジェネシスは言った。
神羅軍の上層部はソルジャー部門と牽制し合う関係だが、一般兵の殆どはセフィロスに憧れている。
そのセフィロスに随行して名誉ある作戦に参加するのだとなれば、いやが上にも士気が上がる。
その結果、無謀と思われた進軍でも一人の脱落者もおらず、敵味方共に一人の負傷者も出す事無く要塞陥落に成功したのだ。
そうして、新たな『伝説』が一つ、生まれた。

そうだな、と、ジェネシスの言葉にアンジールは応えた。
「参ったのは、あれ以来、俺とジェネシスが有名になってしまった事だな」
「ああ、確かに。暫くは社内でも街中でもサインだの写真だのをせがまれて、ゆっくり食事もできなくなった」
苦笑したジェネシスに、そうなのか?と、セフィロスが訊く。
「あんたが殆ど出歩かずに執務室に篭っている気持ちが、少し理解できた」
それにしても、と、アンジールは思った。
結局のところ、セフィロスは噛んだのか、言葉を間違って覚えているのか、謎のままだ。
が、そんな事はどうでも良い。
作戦は無事に成功し、アンジール達同様に神羅軍の指揮官達もヒーローとなり、神羅軍の面子も保たれた。
あの時の作戦では、参加した全員が『英雄』と讃えられたのだ。
言うまでも無く、一滴の血も流さない作戦を立案して成功に導いたセフィロスの名声は以前にも増して高まり、戦闘能力だけでなく知性も志も高い真の英雄として、連日、ニュースのトップを飾った。
が、碌に覚えていないところを見ると、本人にとっては些事だったのかも知れない。
それでも、本人がどう思おうが、あの時のセフィロスの功績は大きい。
それを思えば、噛んだかどうかなど、どうでも良い事だ。

食事が済むと、キッチンはジェネシスの淹れたアール・グレイの薫りで満たされた。
神羅屋敷の1日は、今日も平穏である。









■大事な話しの途中で噛んでしまう【セフィロス】
セフィロスは噛んでも平然としていると思います。
人が噛んだのを聞いても、平然としています。
『英雄』が余りに堂々と噛むので、周囲は困惑したに違いありません。
てかもう、森川ボイスで堂々と噛まれたら、即行で辞書が書き換えられそうです(笑)

ちなみに、うちのセフィが『口の利き方を知らない』のは、宝条に育てられたせいです。
その後、アンジェネとの付き合いを通じて社会性を身につけて行きますが、それ以前は小さな子供がキツイ事を平気で言うのと同じ感じだった訳です。
思った事を、そのまま正直に口にしてしまってたんですね。
逆に、人に嫌味を言われても気付きません。
純粋培養なので、裏表のない素直な性格なんです。


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